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プライベート創作日誌+占星術メモ

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吉野 圭(Yoshino Kei)
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「諸葛亮は曹操を目指していた?似ている二人を解説」にコメント

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吉野 圭(Yoshino Kei)
迷ったけど、あえて「歴史ネタ」としてこのカテゴリにし全公開でコメントを書こう。

疲れるから嫌だ、と言いつつ『はじ三』さんで気になるタイトルの記事を読んでしまった。

 ⇒そんな! 諸葛亮は曹操を目指していた? 似てる二人を解説

……客観的に見て、目指していないと推測されます。笑
むしろ反面教師で、最もなりたくなタイプでしょう。

あのさ
女性ってこういう設定好きだよね?
「正直に見える人が、実は腹黒で簒奪(欲望のまま地位をうばいとる)の策略を練っていた」
などという。

何故なのだろう。
『大奥』で見られるように、女性社会は常に裏読みの歴史だったからか?
(これは性差別的な表現かな。でも自分の周りの女性たちを眺め、男と比べた感想として言っています。だから加来耕三氏はある意味、女性的思考の持ち主と言える)

男はバカなので、わりと見たままですよ。笑
女性が見たら「どうしてこんなにストレートなバカ丸出しなの!?」と呆れるほどに。

特に諸葛亮は正道の戦争をしたことから、並みの男よりも内面のままストレートな言動をするタイプだったと思う。善良とは言わないが。
(これは私が言うと客観性に欠ける意見と思われるだろうが、名前を隠されて戦争のやり方だけ見た時、私は彼に「正直者」の判定を降す)

※実は、戦争のやり方を見ればその人のタイプが分かる。メール文で本質タイプが見抜けるのと同じくらい明瞭に。乱世時代の人物の性格が知りたかったら、軍隊の動かし方を見れば一目瞭然だから参考にして

上記事から引用しコメントしていく。
諸葛亮が勝ち組の曹操の配下にならずに流れ者の劉備を操縦して天下に覇を唱えさせることを選んだのは、自分が曹操のようになりたかったからかもしれませんよ!?
いや、俺ならもっとうまくやる、くらいに考えていたかもしれません!
皇帝・劉禅は諸葛亮の言いなり
フィクションの影響を受け過ぎ。
劉禅は全く「言いなり」ではないし、劉備も「操縦」されたわけではない。

改めてフィクションの弊害を感じる。
そもそもどれだけ劉備を低く考えているのだろうか、このフィクションという妄想に侵された人々は?
同時代の人間だったら絶対にそんなことは思わないはずだというのに。同時代のツイッターで言えば大炎上する発言。

あと、激しく首を傾げたのは「曹操が法治主義」という評価。
曹操が法治主義? ――それは「汚職を許さない」と言って粛清しまくっている習近平を「法治主義者、公正で素晴らしいトップ」と評価するのと全く同じ。

東洋の歴史マニアさんたちは「法治主義」の用語を欠片も理解していない点、恐怖を感じる。

まず、「法治主義」とは政府・権力に対して使われる言葉という大前提を理解して欲しい。
自分の感情にまかせて民衆虐殺をしたり、意見されたというだけで腹を立て家臣を処刑したりする人間(曹操)は、「法治主義者」とは呼ばない
法で管理されるのは、誰よりも第一に政府・権力。その法に管理された権力によって庶民が統治され、初めて「法治」が通る。
権力側が恣意である限り「法治」とは呼ばない。それは100%人治なのだ。
参考として、現代中国を見よ。公表された法文だけを見れば「法治」のように思えるが、100%人治でしかないだろう。この点、曹操と全く同じ。
(だから現代中国政府は、曹操を絶大に賛美していて彼の評価を上げるために必死で宣伝している。「曹操や始皇帝を目指している」のは現代中国)

人治と法治、見分けることがそんなに難しいのか?
だとすればこんな国でこれから憲法改正が行われることが恐怖でしかないね。

皇帝をないがしろにして権勢をふるったのは曹操も諸葛亮も同じなのに、どうして曹操は悪者扱いをされ、諸葛亮は忠臣と呼ばれてきたのでしょうか。
それは、曹操が王朝交代に失敗し、諸葛亮は失敗したためです。
……呆れるな。
「諸葛亮は失敗した」とは簒奪を狙っていたと断定した発言ではないか。
現代で生きている人間だったら、名誉毀損で訴えることができる次元の不当な決めつけ。

何故、評価が違うのか?
そんなことは分からないが、当時の人たちが曹操に恐怖と嫌悪を抱いていたことだけは確かだと思う。
私が一般庶民の立場だったら少なくとも、自分たちを虐殺して・恣意的に家臣を処刑し続けた100%人治の権力者を評価することは絶対ないと言い切れるよ。
(「悪者扱い」なのかどうかは知らない。ただ自分の身を守るためにそういう権力者は表れて欲しくないと願うのは確か)

諸葛亮は、現代ならごく普通の政治をした人間というだけであって、決して高い評価を得るような人物ではない。
しかし人々はおそらく恐怖の独裁者と比較して、真っ当であるというだけでも評価を高めたくなったのではないか。二度とあんな恐怖を感じることがないようにと願って。


歴史を『大奥』的な妄想や、陰謀論だけで読み解くのはどうかやめて欲しい。
もっと当時に生きた人々(一般庶民)の「肌感覚」に寄り添った解釈をすべきだ。
フィクションの妄想では「温故知新」など絶対に不可能。当時の人々の「肌感覚」を、今に生きる自分たちに置き換えて感じなければ、歴史を学ぶことに何の意味もない
今、ここにある危機を察知するために歴史を学んでくれ。
それができないなら歴史本を読むのをやめて欲しい、害しかないから。

――間もなく憲法改正もあるというのに、こんなレベルではいけない。

三国志カテゴリ
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渡辺直美さん炎上に思う。「美醜がわからなくなる装置」が必要か?

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吉野 圭(Yoshino Kei)
渡辺直美さんがグッチの広告に出たところ、世界中で大炎上したというニュースに触れて考えたこと。

今回の件では海外の人たちが
「これは何かのジョークだよね?」
「ブタはグッチを着るな」
「痩せたモデルを出せ」
等々と批判コメントを寄せているらしい。
炎上もワールドワイドになってきたのは凄いね。

まず、直美さんの対応が「カッコイイ!」との声には賛同。
世界で炎上しているのに萎縮することなく、さらっと受け流す態度は尊敬する。
文字通り、痺れますよ。
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@gucci 青山店リニューアルパーティーにお邪魔しました🙋‍♀️🌈 どんな体型でもファッションを楽しめる素敵な時代になりました🙌と思ったら @gucci 公式のインスタで私の写真が世界で大炎上😂クソデブ祭り😂痩せたモデルを出せ祭り😂フォロー外します祭り😂いい感じで盛り上がってます😂(興味ある方見てみて🤣) みんな私の魅力にびっくりした様子😘?まだ2%しか出してないのに痺れちゃったのね🤗まだまだこれからよ😂❤️🌈 GUCCIさんありがとうございます💖 #GUCCI #GUCCIAOYAMA #カッコ良い皆様と #マリネェさんかっこよすぎ #みんなにも自由に好きな事を楽しんでほしい🔥

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他人を体型や容姿で差別する人の気が知れないな。

私自身は、人の美醜がよく分からない人間であるらしい。
いや、たぶん全く分からないわけではない、さすがに渡辺直美さんが標準より体重が多いことくらいは目で見て判断できる。笑
容貌認識ができない障碍でもない。人の顔はちゃんと見分けています。
美醜もおそらく分かっている。ただあまり関心がないので、他人の「美醜」の判断基準がよく分からず、容姿に関する話で盛り上がっている人たちの輪に入って行けないということはある。
(私は幼い頃から芸能人やアイドルに熱狂する気持ちが分からず、友達と話が合わないので苦労した)

本当に、顔かたちについては「どうでもいい」と思うのだよね。不潔かどうかだけは少し考えるけど。

自分の中で他人の価値を決める判断基準に外見が関与していない。※
だからこそ視覚情報のカットされた文字情報で考えるほうを好む。


いっぽう視覚優位で、見た瞬間に相手の本性を見抜く人も事実存在する。
たとえば私の上司は「人は見た目」と豪語し、初対面で相手の性格を見抜いてしまう能力を持つ。詐欺師などの犯罪者や、「これから売れるタレント」などもよく的中させている。
この人たちは容姿で差別しているのではなく、現実に何か超常的な処理能力で本質を察知しているらしい。
いずれにしても大切なのは魂、中身の本性。
“魂が着ている皮”である顔形など何ら関係がないと思っていることでは、人の容姿に関心のない私と同じなのだと思う。


前に紹介したテッド・チャン『あなたの人生の物語/メッセージ』に収録された短編、『顔の美醜について』は人の顔の美醜が判断できなくなる装置“カリー”が発明されたという設定だった。
この“カリー”を脳に取り付けると、他人の顔は認識できるのだが、「美醜」という判断基準を失うというもの。

上の炎上事件のように、世界中あまりにも容姿での差別が酷いなら、全ての人にテッド・チャンが提案した“カリー”を付けさせる必要がある。
ついでに、その他の差別感情を失わせる機械も。

いや、そんな装置を強制される法律が定まる前に気付いて欲しいな。人を容姿で差別すべきではないのだと。
美を称えるのは構わないがその逆を排除すべきではない。
地上から完全に美が失われたら皆さん悲しいだろう。
美から生まれる芸術も否定すべきではないと、私は思うし。

小説内で、“カリー”を使って差別心をなくすという「補助された成熟」に反対している人物の言葉が正しい。
 いや、ちがうさ。それは成熟じゃない。エキスパート・システムに自分の判断をゆだねているだけだ。成熟とは差異を見きわめた上で、だが、それは重要でないとさとることなんだ。
私も全く同様に思う。
おそらく自分が脳内でやっている処理はこの「差異を見きわめた上で、それは重要でないとさとる」なのだろう。
(犯罪や危険行為をする相手でない限り、差異を意識しないこと) →故に、霊感商法など犯罪目的で近付いて来るカルト信者などはアウト。このへん区別できない人が多いのだが、犯罪は「多様性」という言葉で認められる行為ではない。誰かが犠牲となり泣く行いを「多様性」で許容してはならない

“差異を見極めたうえで重要ではないと悟る”。
これはそんなに難しいことではないから誰でもできるはず。
できればいつか、人類が全員、自然にこの脳内処理をする日を見てみたいね。


※「自分の中で他人の価値を決める判断基準に外見が関与していない」、だからこそ人間性にはなおさらシビアになっているということはあると思う。「差異」で差別はしないのだけど、本性が卑しく汚かったり、嘘をつくなど「悪事」をする人には関わりたくない。だからある意味、普通よりも狭量ということになってしまうのかもしれない。
外見の基準より心の基準のほうが厳しいのは、当たり前。
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クリス・ハート「いのちの理由」~私が生まれてきた理由

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吉野 圭(Yoshino Kei)
これもまた偶然なのだけど、前記事で占星術の「ライフステージ」を考えていたとき、ちょうどバックのYouTubeで流れていた曲の歌詞がホロスコープのハウス順(1~7)に合っていたので鳥肌が立った。

「その考えは正しい」
とのオーディエンスからのメッセージだろうか?
最近、YouTubeのオート再生を使ってメッセージを送られている気がする。笑

それはともかく、この歌の歌詞に感動した。その通りだと思う。
『いのちの理由』

私が生まれてきた理由は 父と母とに出会うため
私が生まれてきた理由は 兄弟たちに出会うため
私が生まれてきた理由は 友達みんなに出会うため
私が生まれてきた理由は 愛しいあなたに出会うため

春くれば 花おのずから咲くように 
秋くれば 葉はおのずから散るように
しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ
悲しみの花の後からは 喜びの実が実るように


歌詞も良いが。やはりいいなあ、クリス・ハートさんの歌声。
「身近な日々」をゆっくり味わい、一段落ついたらまた歌って欲しい。
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ハウスと年齢域の関係を読み解く。ホロスコープは折り畳み、鏡として見る

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吉野 圭(Yoshino Kei)
人生について考えながら占星術のハウスを眺めていたとき、浮かんできたことをメモ。
※これは思いつきのメモです

昔から私は、円形で表されるホロスコープの図とライフステージの関係を不思議に思っていた。
魂が東の地平線(ASC)から昇り、天頂(MC)を通り、西の地平線(DSC)へ沈む。これは分かりやすい。
でもその後、DSC→IC(地下)→ASCと死後世界を通って生まれ変わるというイメージは実態と合っておらず分かりづらかった。

上は右回りの考え方だけど、現代占星術はむしろ逆に、
1ハウス(誕生)→3(兄弟・友人との対面)→6(就職)→7(結婚)→10(職責を果たす)→12(老衰)→次の1へ……
というイメージで左回りにライフステージが進む。
そのわり、8ハウスでいきなり「死」というのは不可解。
結婚後の中年期に親が死んで「遺産を相続する」と解釈するのなら、左回りで筋が通るのだけど。
8ハウスは文字通りにホロスコープ持ち主の死を表すこともあり、それが結婚直後に当たる位置にあるのは疑問。
それとDSCは、様々な人物の例を見ていても
「晩年または死後に確定するその人の評価、その人が生きた結果として周囲に起こる反応」
であることは確か。
だとするとやはり「死」は8ハウス、晩年以降はDSCと考えるのが妥当では?
9ハウスが「遠方」なのは、人生の頂点を経て来世への想いを持つようになるからでは…… などと考えていた。

それで、ふっと思い浮かんだ。
もしかしたらホロスコープの円は、地平線(ASC-DSC)で折りたたんで二つに重ねるとイメージしやすいのでは?

つまり上下は、陰と陽だ。
表と裏の同じ時系列を表す。

0地点のASCからスタートして、表の社会ではMCの高みを目指し、DSCで有終の美を目指す。
(だから12ハウスが、「容貌・見た目」を表すのだ。肉体的な見た目の印象は、幼少期に造られる。それに幼少期は自由がきかず、社会的に見れば幽閉されているようなもの)

もう一つ、裏側はプライベート。
同じく0地点のASCからスタートした魂は、1ハウスで本来の性質を地上へ根付かせ、3ハウスで兄弟や友人との関わりを学び、4ハウスで家系や国家に属するアイデンティティを定着させ、6ハウスで負担を担う(現代なら就職する)。そしてDSCへ向かう7ハウスで生涯の伴侶を見つけ、プライベートを完結させる。

こんなふうに、円の上と下とは鏡関係にあり、同時に進むのだろう。
こう考えるとオーソドックスな占星術とも整合性が取れると思う。
/結局はオーソドックスな読み方に戻る感じ。何か当たり前のことを書いているようで、「何を今さら」と思われるかもしれない。


もちろんこれはライフステージに着目した考え方で、各ハウスが全人生のその要素に関わっているのだから、順番だけに囚われてはいけないのだけど。

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インテリ差別をしている国は滅亡必至

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吉野 圭(Yoshino Kei)
えぐい歴史の話です。画像リンクは避けますが、文字だけでもショックを受けてしまう方はご注意を。


昨日、家族が池上彰氏の番組を観ていて、初めてポル・ポトによる「インテリ大虐殺」を知ったらしくショックを受けていた。

※ポル・ポトの大虐殺: 1970年代のカンボジア。勉強をして頭が良くなった人間は国家の敵だと言って、知識人たちを虐殺した政策。学校教師や医師はもちろん、メガネをかけている者、本を読んでいる者、少しでも意見を持った者はただそれだけで皆殺しにされた。国民の半数である約300万人が虐殺されたという。
大丈夫な方は検索して詳しいことを知ってください ⇒ポルポト虐殺

私もこの出来事について知ってはいたが、ポル・ポト自身が名家の出身で、学校に行き教師も勤めた経歴があったことは初めて知り驚いた。
てっきり勉強が苦手なタイプだと思った……自分に学がないのでインテリを恐れて皆殺しにしたのだろうと。
そうではなく自分自身が名家出身でインテリだからこそ、そのことがばれて追いやられるのが恐ろしく(共産主義は貴族階級を憎む)、他のインテリを殺したのか? それとも自分だけが他者を圧倒する状況に身を置きたかったのか。

「ポルポトは何故、あんなことをしたのだと思いますか?」
当時の生き残りに池上氏がインタビューしていたのだけど、誰もが
「分からない……」
と目を伏せた。
それはそうだろう。
とにかく、おかしくなっていたことは間違いない。あるいは元々サイコパスの人格障碍者か。真っ当な心を持たない者の行いなど、誰にも理解できるわけがない。
西洋人は「悪魔に乗っ取られ操られたのだ」と言うだろう。そう思いたくなるのも分かる。でも、悪魔に乗っ取られたわけではなく、ああいう人間が存在することは現実だ。――もし仮に「悪魔」と呼ばれるほどの強力な悪霊がいたとしても、それだって元々は人間だった魂。結論、マイナスに傾いた人間ほど怖いものはない。

それでポル・ポト政策を眺めていて、自分にも過去インテリを責めたことがあったなと思い出した。
これは駄目だなと思う記事はリライトした。

 『学業に励むことは、悪いことではないのだが【知識至上主義者とは?】 』
他にもあったらご連絡ください。

当たり前だけど私はインテリを憎む者でもないし、差別する者でもない。
それどころか学問に勤しむ人を尊敬する。可能なら皆、そうあるべきだと思う。
ただ知識を誇って学歴だけに胡坐をかき、勉強が苦手な人たちを「DQN」などと呼んで見下す人はポル・ポトに似て最低だと思うだけだ。
この差別主義者に対して、
「知識を誇るだけではなく自分の頭で考えて勉強しろ。他人を尊重しろ」
と言いたいだけ。

インテリ差別、DQN差別、どちらも完全に同じ。醜い犯罪だ。
恥ずべきと思う。

勉強ができるとか、できないとか、そんな表面上のカテゴリ分けだけで人間の価値が決まるわけがない。
どちらにも素晴らしい人はいるし、悪事をはたらこうとする迷惑な人もいる。
インテリというだけで犯罪者だと思い込む、二時間ドラマに洗脳された人が間違っていることは確か。だが、その逆も同じ。
なんでこんなに簡単なことがわからないのだろう。
血液型差別や、星座差別をして悪口を言っている人も全く同じ。血液型はナチスが使ったものだと知らないの?)

いつになったら人類はお互い本質で付き合えるようになるのか。
もっと表面のカテゴリだけではなく心を見ることはできないのか?

追記
あと、「差別をなくすため」と言って徹底的に個性や属性を排除し、一律に同じ評価を与え・同じ富を与えるのも間違っている。そんなものは公平・平等とは呼ばない。それぞれ違う個性や属性があって、なおかつお互いを認め合っている状態が「公平・平等」と言える/そして能力や行いに応じ、相応しい評価をするのが「公正」だ

私は、勉強できる者・苦手な者がお互いの良いところを認め合い、尊敬し合って同等に生きる世界が夢だ。
しかしいっこうに叶わない。
現代で私は「インテリ差別」を受けたうえ、金がなく学歴が得られなかったことで「学歴差別」を受けてきた。どちらの側にも差別されるという、真っ暗な人生だ。日本、この国にはどちらを向いても差別しかない。※

他者を認め合い尊敬し合って自分の個性を活かして生きる、そんな世界はあの過去に一瞬、実現しただけだったのだろうか。
お互いを認め合った、あのグループは確かに奇跡だった。
徳のあるリーダーがいなければ叶わないなんてな……悲し過ぎる。


※日本は有能な人間を徹底的に潰すシステム。まず、有能な家系から財産を奪い、その子供たちは金で「足切り」している(奨学金を故意に用意せず大学へ行けないようにする)。それでもうっかり世に出てきた者がいたら、権力で暗に潰す。これは緩やかなポル・ポト政策と言える。馬鹿と悪人だけがトップに行けるよう作り上げてきたこの国は、滅亡必至。

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