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前記事の続きで、本題。
法律についての話です。なるべく難しくなり過ぎないよう、雑談として書きます。

■東洋人の法律オンチぶり


先日、中国政府が「自由・平等・公正・法治」という言葉を「共産党による法の濫用は自由」という意味のニュースピークとして作り変えたことを知り、アンチテーゼとしてこれを書きたくなった。

本来の意味での、
公正とは何か?
法治とは何か?


前記事で引用した知恵袋の質問で強く危機感を覚えたのだけど、東洋人には法律オンチが多く、何が「公正」で何が「法治」なのかよく分かっていない人が多い気がする。
だからこそ中国政府が「法治」というニュースピークを掲げたときに、
“何かおかしい気がするけど、何がおかしいのか分からない”
と首を傾げることになってしまい、人権侵害の独裁がまかり通ることになる。

数年前に日本で起きた、「法的安定性(ホウテキアンテイセイ)」論争もそう。
政治家たちはあまりにも法律オンチ過ぎて、憲法学者たちが何を言っているのか僅かも理解できないようだった。
誰もが政策に関する話と、法的解釈に関する話の区別さえもつかず、論点をごちゃごちゃにして話をしていた。
だから学者が「違憲の可能性」を指摘している最中に、横から見当違いの政策論争を投げつけるという愚を犯す。まるで幼稚園児の会議を見ているかのようだった、あの幼稚な話し合いが世界中に配信されたことを思うと心底恥ずかしい。

これは東洋が、長らく人治の土壌であったことの弊害なのか。
いっこうにリーガル・マインド(法的精神)が根付かない。
「法治」が何であるのかが理解できていない。


■「法治」とは何か


では、何が「法治」なのか?

具体例として前記事の質問文をもとに書いてみる。
彼女の話はほとんどフィクションの妄想設定なのだけど、これだけ史実(陳寿の書いた文章)に基づくのかな。
そして、法正が罪を犯した時も「法正は蜀に必要だから」と不問にしました。馬謖に対しては厳格さを見せましたが、(……以下、妄想炸裂。笑)
法正の罪を不問? 何のことかよく分からなかったのだが、もしかしたら法正が行った私刑を「罪」と言っているのか。(なんで当時の法律を知らないのに、勝手に「罪」と呼んでいるのかは不明。この質問者のリーガルマインドも法正レベル)

「法正、自分を中傷した者を勝手に処刑」
これは確かに、現代日本では許しがたい罪。
中国ではありがちで当たり前な人治主義だけどね……現代中国では日常の光景として見られることだろうな。

むしろ裴松之がこのことに
「家臣が賞罰権を握れば国家の基礎がゆらぎ、~諸葛氏の言い訳は政治と刑罰の在り方において当を失している」
と怒っているのが意外だった。この国の人にしてはめずらしく真っ当な意見。全くその通り、感心。

なお、諸葛亮が「法正は蜀に必要だから」という理由だけで罪を不問にするということは絶対にないと思う。
(申し訳ないがこの箇所の陳寿の文は嘘ではないだろうか? 陳寿の評は良いとして、本文には意図的な嘘・フィクションが散見される。いつも思うが陳寿の書くフィクションのクオリティは『三国演義』なみに酷い)

私刑は純粋に、法に照らして処罰することができないため、黙認するしかなかったのだと考えられる。
現代・民主主義国家なら処罰できるこのような職権濫用も、当時の法では処罰できなかった。特にこの当時、諸葛亮たちは入蜀したばかりで法整備もまだだったと思う。理論的に処罰不可能。そもそもその法整備自体が、諸葛亮一人ではなく法正とともに行ったもの。当然だが法正は自分が処罰されないと分かっていて職権濫用している
法律で明確に刑罰が定まっていない場合には、何人も裁くことはできない

いっぽうで馬謖の場合、明確に法律で定まった「上位の命令に背いてはならない」という軍法違反があった。
これに背いたことにより大勢の犠牲者を出したのだから、不問にすることは考えられない。
たくさんの兵士が死んだのに、諸葛亮が自分と親しい部下だからといって不問にしたら遺族はどう思うか? 兵士の親御さんは?

人ではない、予め定められた法によって裁くのだ。
それが法治。

ここでポイントは、
予め定められた
というところ。
法でまだ罪として定まっていないことは、法で罰することはできないという大原則がある。

これを、現代の法律用語では
罪刑法定主義(ざいけいほうていしゅぎ)
という。

法を厳密に運用するなら殺人でさえ法律で罪と定まっていなければ、裁くことはできないのだよ。
誰がどう見ても罪だと感じていても、ただそれだけで法が罰することは不可能。

――この罪刑法定主義には批判があるのだけど、法に落ち度があって殺人者を死刑にすることができず、納得できない人がいるなら私刑するしかなくなる。だからなるべく落ち度がないよう作らなければならないというのが、立法者の義務。
法はコンピュータのプログラムに似て、定まったプログラムしか実行できない宿命なのだ。
でもこれが法というものの本質。

「法治」とは、そこまで厳格でなければならないもの。

それが東洋人には分からず自分の感情とごちゃ混ぜにしているので、西洋人から
「法律オンチ」
と呼ばれる。

法律オンチであるがために、たとえば中国共産党が「党の指示に従う」という魔法の呪文を入れて人権侵害をしたときに抵抗できなくなる。
日本においても国が法文の解釈を奔放に行ったときに、見当違いの指摘しかできない。
恐ろしい状況だと思う。


■「フレキシブル」「適宜に」という意味


もう一点、私がよく使う「フレキシブル」や「適宜に」の意味について。

たとえばこちらの記事で、「風水でも欲張り過ぎなければ構わない」と私は書いた。
このフレキシブルさについて、
「恣意的なのでは? 風水がダメというなら全て禁じなきゃダメじゃん、嘘つき」
という批判が来るのだけど、そうではなくて実際、法の運用には「適宜」な幅がある。

(風水がカルマにどの程度影響するかなど、あの世の法については数量的に正確なことが分からないが、ここでは人間界の法に喩えて考えてみる)

たとえば
“風水のやり過ぎはいけない”
という法文があったときに、小さな行いから大きな行いまで禁じて一律の罰を科すのは不当になる。

もし、たいして影響のない改名まで「風水罪」で罰せられるとしたら、人の夢や楽しみを奪ってしまうだろう。
そのような不当さを俗語で「杓子定規(しゃくしじょうぎ)」と言う。

法の運用は杓子定規に行うと結局は不公平となる。

だから同じ括りの罪であっても、
「この程度の行いは被害が軽いから、軽い罰で済まそう」
と裁判官は判断する。
この刑罰の量の判断が、
刑の量定(けいのりょうてい、量刑のこと)
というもの。

たとえばよく耳にする「執行猶予(しっこうゆうよ)」。
これは罪は罪なのだけど、一度目だから刑罰を執行するのを少し待って反省するかどうか見ようね、という判断。

これが、
「適宜に」
ということ。
決して自由奔放にその場で有罪無罪を定めることとは違う。
あくまでも予め定められた罪と罰の範囲で、「適宜に」罰を決めるのが正しい法の運用と言える。


■まとめ


ネットでも現実でも、こういった話が多くの人に通じない。
東洋のリーガルマインドは今のところ絶望的だと私は感じている。

だからこそ権力による法の濫用が横行する。
もっと幼少期からリーガルマインドを叩き込むべきではないだろうか?



8/11追記

補足。道徳と法治の関係

初めて法的な話に触れる方が必ず疑問に思うはずのことを書いておきます。

私はよく「人道に照らして間違っている」などという表現をします。
これは「道徳」の規準
もし私がこの道徳を最重視しているとするなら、
「法で統治するべきと主張するのは、おかしいのでは? (お前は人治派なのでは?)」
と思う人がいるでしょう。

東洋では、法治と道徳は対立するものだと考えられがちです。
おそらく東洋で長いこと人治が一般的だったのは、道徳基準だと人治でなければならないと信じられてきたからでしょう。

しかし本来、道徳と法治は同じもの。
と言うより、同じであることを目指さなければなりません。

国民の人権を極端に制限する独裁国家でない限り、法律は人間が自然に持つ道徳観に沿って作られます。
このため理論上は道徳と法律が同じであるはずなのです。

もし、道徳と法律が対立するなら、それは法律が間違っていることになるので修正しなければなりません。
しかし修正されるまでの期間は、たとえ王様などの権力者でも法律を守らなければならない。
何故なら何らかの法律を破ることを許してしまうと、全ての法律を守らなくていいことになってしまうからです。
国民全員が誰も法律を守らなくなった時、社会秩序は乱れ、国家も崩壊してしまいます。

法が定められている限り、法に基づいて治めなければならない。
これが「法治」です。

なお、私は法治を貫くことも道徳の一部であると考えています。
社会の秩序と人々の安全を守ることは、間違いなく人としての道に適うからです。
それが、ソクラテスが命を投げうって教えたかったこと※なのではないかと考えています。

※古代ギリシャの哲学者ソクラテスは不当な民衆裁判で死刑の判決を受けた。弟子たちは彼に「不当な判決だから従わないで欲しい」と言ったが、ソクラテスは「法律は守らなければならない」と言って毒を飲んだ(死刑を受け入れた)。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei
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