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前記事で呟いた件について詳しくご説明します。

■一見、矛盾しているように思えるのは段階が違うため

問題点をもう一度書くと、かつて私が『【質問】サインとは何か』という記事で
A.
目の前の事実を無視して、「理屈でこうだからこうなるはず」と押し付けてしまっては必ず相手の不利益になります。
と書いていた文が、『枝葉に囚われるのは何故? 「削ぎ落とす」のが、俯瞰思考のコツ』
B.
分類を把握せずに、
「〇〇座の人には明るい人が多かった」「〇〇座の人は性格悪くて冷たかった」
という、たまたま自分が見かけただけという人の情報を蓄積していくだけでは永久に本質は理解できません。
という箇所に矛盾しているように見えるというもの。

これは全く次元(状況)の違う時点での話をしているためです。

そんなに難しいことを言っているわけではなく、単純に違う手順の話をしているだけのことです。
語り掛けている相手の段階も違うと言えます。

A.の記事では、サインの解釈をきちんと把握しているはずの鑑定者へ向けて書いています。
「すでに星座(サイン)の定義が定まっている」という状況にある今、個々のホロスコープを分析する場合です。
鑑定しているとき、もし個々のケース(事実)に照らし合わせてサインの解釈が違うと感じられたら、無理に解釈を捻じ曲げてサインの定義を変えてしまうのではなく大元の手法――太陽星座を本質性格として見ることや、物理次元の天文学とサインを一致させる理屈――が間違っていることを考えて欲しいという話。
現実こそ正解なので、手法が合っているかどうかは、現実を見て判断すべきだと述べています。

B.の記事は、まだ「星座(サイン)の定義がよく分かっていない」人に向けて書いています。
サインの定義を理解する際には、図示したように「本質」を見なければなりません。
サインの定義という軸を身に付けていないうちから、「〇〇座の人は明るかった」「〇〇座の人は冷たかった」などの偶然に見かけた情報を蓄積して解釈を勝手に作り上げてはいけない、ということです。

いずれもサインは高次元の概念としてすでに存在している、という大前提があります。


■法令と判例にたとえるなら

サインの概念は、何故かは分かりませんが「すでにあるもの」です。
これは天界の法令に喩えることができると思います。
あくまでもサインという「法令」が先にありますから、この定義を個人が勝手に変えることはできません。
だから定義を変えるほどの拡大解釈もNGだ、ということになるのです。

※法的判断は、あらかじめ定められた法律のなかで行わなければなりません。
 人間界の話ですが参考になれば:『法治とは何か?』罪刑法定主義について等

しかし個々のケースに当てはめて判断するときには、判断の手がかりが必要です。
その手がかりが、「判例(はんれい)」に喩えられる事実となるわけです。

「判例」とは、人間界だと裁判所が
「この事件はこういう法令に当てはめて、こういう判断になる」
と示した判断のことです。
あくまでも定められた法令が先にあり、その範囲のなかで判断しているのが「判例」です。
下位の法律家は、この「判例」を基準として法的な判断をしていきます。

同じように、高次元で定められたサインという「法令」があるなら、その定義のなかで判断していくことになります。
最高裁の「判例」に等しいのが、現実ケースという明らかな事実です。


……などという解説で、伝わるでしょうか? 
む、無理?? 
選んだ喩えが悪かったかもしれない。苦笑

伝わりにくい喩えで、本当にすみません。
また機会があるごとに説明していきます。

★むしろ、昔書いたこの記事のほうがスッキリ分かりやすく書いていたかもしれない。
(占星術サイト)『「天の法令」として読む占星術』


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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei
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