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占星術の雑談です。
想うままメモするだけなので、何の書籍を読んでの感想なのかは伏せます。
(個人的雑感であるため常体です。偉そうですみません)

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■モダン派と古典派の対立

最近、古代の占星術テキストの英訳が進んでいて、欧米では「モダン派」・「古典派」の対立が激しくなっているらしい。

ざっくり分けると色々な創作を加え、太陽星座占いなどのビジネスにも寛容な現代占星術が「モダン派」
古代の占星術テキストに従おうとする原理主義が「古典派」。※

前者は、近現代の占星術がビジネスや宗教の思惑による歪みを含むことを知らず、鵜呑みで信じている人を含む。
日本人を始めとする東洋人は何も知らず信じている人が多いはず。

後者の「古典派」は、主にホラリー占星術師たちが牽引しているよう。
元々、古代の占星術はオーメン(予兆)の延長にあり、吉凶判断がメイン。やがてそれが国家の未来予測、マンデーンへ発展した。(と、されている)
この未来予測技法としてホラリー占星術が伝わっているが、これは古典占星術の文献を読み解かなければ会得できない。
そのために古典文献を求めたホラリー師たちが、原理主義者となって
「古典文献だけが絶対!」
「古典文献に従え! その他の近代知識は間違っている!」
と主張しているわけだ。

まるで宗教分野のような争いが占星術界隈でも起きていて、危険な匂いがする。
宗教のように殺し合いにならないことを願う……。

まあ、モダン占星術派の人たちは「稼ぎたい」というビジネス発想を持つ人が主なので殺人に走ることはないと思う。ただ、彼らがいずれ生活をおびやかされ切迫した状況に陥れば、どうなるか分からないが。
それより現状、圧倒で怖いのは古典原理主義者のほう。


■古典原理主義者の言う「裏付け」とは

古典主義者の人の本を読んでいて背筋が寒くなったのは、
「海王星・天王星・冥王星などの惑星を占星術に入れることは間違っている。
何故なら、古代テキストの裏付けがないからだ」
という発想。
サインやハウスについても、万事がこの「文献の裏付け」という主張を通す。(サイデリアル派の人はもっと極端な原理主義で、さらに古代に固執する)

文献を「裏付け」と呼ぶことに違和感を覚える。
そもそも、占星術の基礎がどのようにできたのか、古典テキストが誰から与えられた技術知識を記したものなのかの「裏付け」がないでしょうに。

あなた方は、その知識がどこから来たか知っているのか?
知らないのに、何をもって正当だと言うのか?
ただ古い文献に書かれているというだけで正しいと主張する根拠は何だ?

それが科学ではないことは明らか。
古典文献が正しいことの合理的な立証は不可能。
この人たちが、まるで自分たちが歴史学者であるかのように誇り「文献」という権威を振りかざしていることに違和感を覚える。

モダン派も、古典派も。
どちらも現実鑑定という「判例」は完全無視して争っている……。
誰か現実の、目の前の人を見てくれ!
と叫びたくなるのは私だけか。

たとえば古代から冥王星すら影響してきたことは明らかで反証の余地もなく。→古代人で冥王星クリーンヒット・死、の事例
現代で、海王星・天王星・冥王星が全く無意味だと述べる占星術師は、現実を徹底的に無視できる奇妙な才能の持ち主と言えるだろう。


■筆者はモダン派? 古典派?

私自身に関して言えば「モダン派」でも「古典派」でもない。
ビジネス的な都合で解釈を歪めているモダン占星術は明らかに誤りだと思うが、かと言って絶対的な古典主義、文献主義とも違う。
何故なら上に書いた通り近代に発見された惑星が現実に影響する事例を見ているし、近代の神秘主義たちの占星術解釈(サビアンシンボルなど)のほうが古典文献よりも正確だということを知っているからだ。

文献でも、モダンの流行でもなく。
ただ現実の鑑定例という裏付けだけが信じるに値すると思っている。

【関連記事】
『占いは歴史学ではない。(ゲッターズ飯田さんを見て思う) 』

もちろんそれが、何故にそうなるのかの理屈は分からない。
我々人類にはとうてい理解不可能だと自覚したほうがいい。

スピリチュアルを取り入れる神秘主義者を「下等」と断じて見下す占星術師が多いのだが。
世間から見ればモダン主義・文献主義のあなた方も「下等」で「怪しげなスピリチュアリスト」と見られていることに気付くべきだと思う。
人類の理解が及ばないものを「形而上」「スピリチュアル」と呼ぶ。
我々占星術に関わる者は全員、現代科学で立証できない怪しげな「スピリチュアル」に依拠していることを自覚しなければならないはず。

占星術家たちよ、歴史学者ぶって、自惚れるな! と思うね。

高次元の者たちへの畏敬を忘れずに生きるべきと思う。
遠い世界への畏れと謙虚を失えば真実は見えなくなる

(と、自分にも言い聞かせている)


※「古典」と言っても英訳されているものはプトレマイオス前後、アラビアの文献等であるらしい。そこにはもう「太陽が個人の魂を表す」などと書かれているとのことなので(その伝聞が捏造でなければ)、既にエジプトでラーの洗礼を受け、太陽崇拝信仰に変容した後の文献と思われる。
原理主義者たちがこの文献を絶対的な聖書として掲げているのは、やっかいだなと思う。モダンも古典も「太陽崇拝」では一致しているので手を組む可能性はある。
……しかし、インド等に伝統として残っているのは事実なのだから古代でアセンダントサインが重視されていたことを否定しようがないだろうに。それなのに何故、必死で消し去ろうとしているのか。
アセンダントサインを「魂」と読む古代思想が、ほんのここ三十年の間にあらゆる占星術書物から消し去られようとしている。この横暴さに少々恐怖を覚える。私は陰謀論者ではないのだけど、占星術界でも何者かの意図が強くなりつつあることは否定できない。(なお、「何者か」とは陰謀論を撒き散らしている張本人たちだと思われる。一神教の神は太陽でなければならない、という理屈から)

/政治や社会だけではなく、占星術まで思想集団の思惑に侵されている気がして悲しくなった。どの分野も自分の所属する団体の利害で動いている嘘つきばかり。誠実に、「自分の頭で考えて」真実を求めていこうとする人はいないのだろうか?
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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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