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北海道の皆様が停電で大変な時にブログ更新して申し訳ない。ここのところ災害が多いのでなおさら、書ける時に考えをメモしておかなければと思った。

■『ゼロ~一攫千金ゲーム』感想

福本伸行原作ドラマ『ゼロ~一攫千金ゲーム』を面白く観ている。
(原作タイトル:『賭博覇王伝 零』)

 ⇒『ゼロ』公式サイト

福本氏は『カイジ』などの原作者。
ブラックでハードなギャンブル漫画のイメージが強いが、『ゼロ』は謎解きゲームが主の異色作。
主人公も清廉潔白な秀才で、彼の作品の中では変わっているのではと思う。
(福本作品ではいつも借金を抱えた「クズ」と呼ばれる主人公が這い上がってくるイメージ)
ファンの間で『零』は「マイルド・カイジ」などと呼ばれているらしい。
それでも圧倒的に男性向けストーリーではないかと思う。女性視聴者をどうにか獲得しようとして、ドラマの役者をジャニーズでかためたところに製作者の苦労が窺える。

まあ、ドラマが盛り上がれば結構だと思う。ジャニーズ俳優さんたちも頑張っている。
加藤シゲアキ氏などは最初どうなのかなと思ったけど意外とはまり役かもしれない。
彼の不器用っぽい雰囲気が、
「善良で正義感が強い」
「正論を通そうとする」
という古典的な秀才タイプを正しく表している。
内心では四苦八苦して動揺しているのだが、表に出すまいと必死であがいている感じが出ていて良い。

創作の設定について少しだけ苦言を呈してしまうと、『ゼロ』のゲーム内容はいまいちスッキリしないかな。
ゲーム的な完璧さがない。美しさがない、と言うべきか?
後出しジャンケンのように主催者側にルール違反があるところが、創作としてご都合主義であり、カタルシス感に欠ける。
他の創作と比べて悪いが、ゲームの緻密さは『ライアーゲーム』に及ばないと感じた。


だけどそんな不完全を補って余りあるのが人間表現の素晴らしさ。
特に、#08は現代社会の問題点を正確に表現した秀逸作品で、この一話だけでも貴重だと思った。


ストーリー: 21人の参加者が必要で、一発逆転のチャンスがあるという「魔女の館」ゲームは、命の危険があるハード枠だった。
今のところ優勝に近いゼロに依存する21人の参加者たち。
安易な参加者に不安を覚えたゼロは、ゲーム会場へ入る前に全員に約束させる。
「皆さん。この中に足を踏み入れたら俺が絶対です。何があっても従ってください」
21人が承諾したのでゼロは覚悟を決め全員を引き連れて会場へ入る。

ところがゲームが始まりゼロが問題を解き始めると、理屈が分からない参加者たちは不安を覚え始めた。
ゼロに「説明をしろ」と詰め寄る参加者たち。
しかしタイムリミットがあるのでゼロはやむなく説明を省き、
「とにかく、こうなる法則なのです。間違いはありません。皆さんには簡単な足し算だけお願いします」
と言う。その態度が鼻についたのか、参加者たちの間に不穏な空気が流れる。
「チッ。偉そうに」「バカにしやがって」
という声があちこちから聞こえる。

それまでのゲームでゼロの実力を認めていた陰の支援者、セイギとユウキが機転をきかせたため参加者の不穏な空気は一時的に鎮まる。
ところが最初の解答でゼロが間違えたため、たちまち全員の不安が爆発。ゼロに反旗を翻す者たちが表れる。
「こんな独裁者の言うことを聴くべきではない!」
「民主主義であるべきだ。多数決でリーダーを決めよう!」
と反対票を募る者が表れ、挙手の投票によりゼロはリーダーの座から引きずり降ろされそうになり……。


――よくこんな短いストーリーの中に、現実の人間社会の問題を描き出したなと驚嘆して身震いした。
多数決による民主主義の「バグ(欠陥)」をよく表していて背筋が凍る。

独裁権を持つ者が、いついかなる時でも悪事を為すとは限らない。
リーダーが全員のためを想って働いていることもあるからだ。
(歴史を眺めても、そんなことはごくたまにしか起こらないのだけど)
もし正しい道に導こうとしている人がリーダーの座にいるなら、全員で信頼して委ねる判断が正しいだろう。
ところが
「衆愚政治」
としての欠陥ある民主主義が、安易な投票によりリーダーの足を引っ張ったらどうなるか?
全員が地獄の道へ転がり落ちるしかないのではないか。

これは多数決による民主主義の決定的なバグなのだ。

ドラマの中で、不安にかられた者が適当な答えを入力しようとしたとき、ゼロが言い放った言葉が核心を突いている。
「解答するということは、全員の命を背負うということだ。
あなたにその覚悟があるのか?
俺にはある。全員の命を背負う覚悟が」

たとえ虫唾が走ると言われても、本来のリーダーはこんなふうに全員の命を背負う覚悟でなければならない。
独裁権は、本当の意味での「民意」……ではなく、「民のためを想う心」で使わなければならない。

だけど、だからと言って独裁制度が正しいと断じるのは甘過ぎる。
「民のためを想う」ような独裁者は滅多にいない。
誰もが権力を得れば、ただその権力を自分のためだけに使おうとする。民を虐待することはあっても、救おうとする者など希少。まして国民の命を背負おうとする者など。

だから独裁政権も、民主主義も、今のところ欠陥があって使い物にならない。

「民のための政治」が行われる絶対的システムはないのだろうか? 
これが地上で解くべきラストゲームの命題だ。




■個人的な話

実はこの主人公のキャラクターは筆者には痛々しく感じる。
だから興味深くこのドラマを見ている。

ゼロの四苦八苦している様子が、
「まるで自分を見ているよう」
と言ってしまったら図々しいかな? いや本当にあり得ない図々しさ。

自惚れているわけではない。
もちろん自分はゼロほど優秀な人間ではないし、あそこまでブレずに自分を保つことはできない。もし現実にゼロのような人間がいたら凄いと思う。

自分はああまで完璧になれない。ブレずにいられない。
人の弱さに寛容でいられず、悪事に怒らずにいられない欠点がある。ダメ人間だ。

しかしゼロの「偽善的」に思えるだろう台詞に関してだけは、まるで自分を見ているようと感じて赤面する。
たぶん、ゼロが今どきめずらしい古典的な秀才だからだろう。
昨今の創作主人公は、雑魚キャラを圧倒する絶対的な天才ばかりで、こういう危ういタイプはめずらしい。
ゼロがゲーム主催者の非道を責めた時、主人公の弱さを感じて共鳴した。
「虫唾が走る」と言われるのも、よく分かる。


上の#08は最も痛々しい話だった。
特にゼロが説明不足により
「チッ。偉そうに」「バカにしやがって」
と言われる場面が辛かった。
心当たりは、あり過ぎる。身につまされるどころではない。
説明が無駄だと思って先へ進もうとする態度がいつも、「バカにしている」と思われ不快を与える。
自覚はしている。
しかし不器用ゆえに説明できず。
伝えようとしても、伝わらず。
それは絶望的に能力が無い、スペックが低いということを意味するのだけど、……しかし不器用な人間はどうすればいいのだろうな。
セイギやユウキのような、真に機転が利いて賢い仲間がいてくれないと解決不可能という。なんて情けない。
(余談だが、あの二人は何気に好きだ。敵のようでいて最も味方でいてくれる。真に強く賢い部類の人たちと思う)

今世、嫌われまいとして、分からない振り・無知な振りを装ってみたがなおさら辛かった。
あなどられてただバカにされるだけでは、全く何事も為し得ない。

いつも中間の、第三の道を模索して見つからずにいる。
ゼロのようにこの人生ゲームを諦めずに、答えを探し続けたい。
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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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