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『なぜ あの歴史は消えたのか』という番組の抜粋で、「織田信長は残虐なことをしていなかった」という話を見かけて慄いた。
信長の残忍な性格を表す「なかぬなら 殺してしまえ ホトトギス」、十七条憲法で知られる「聖徳太子」、江戸時代の身分制度「士農工商」…私たちが学校で習ったことが、歴史の教科書から消えつつある。大人が常識だと思っていた歴史は一体何だったのか?
「教科書が変わった!」を入り口に、衝撃的な“歴史の新常識”を紹介。様々な証言・検証に基づくVTRと歴史研究家・河合敦の解説から、歴史の謎と真実に迫っていく!
ここに出ていた歴史学者、河合敦氏が言うには
「織田信長が残虐だったというイメージは小説的な書物で作られたもの。本当は優しい人だった」
とのこと。
それでその主張の裏付けとして、信長が近親の者に優しい態度で接したり、たまたま見かけた農夫を労わるよう命令したエピソードを紹介していたのだが……。

いや、そうではなく。知りたかったのは、比叡山の焼き討ちや民衆虐殺が史実かどうか。
「こんな優しいエピソードがある」よりも、やってはいけないことをやったかどうか、が知りたかったのだけどね。
この歴史学者さんはそれらの残虐伝説が史実かどうかに触れることなく、ただ優しいエピソードだけ抜粋して
「織田信長は優しい人だった」
と断じていた。
まるで残虐話に触れなければ史実が“なかったこと”になるかのように。

情報が偏り過ぎだ。
『報道ステーション』のIS絶賛を観ているかのよう。(テレ東なのに残念だな)

私は何も織田信長の人格全てが残虐で悪人だと決めつけるわけではないのだけど、
やったことは、やったこと
でしょう? 違う??

比叡山焼き討ちについては信ぴょう性が低いとしても、女性や子供を含めた人々を皆殺しにしたことは史実のはず。
その史実を完全無視して、ほんの一部の「優しい」エピソードを拡大解釈して「彼の全人格は善良だった! 素晴らしい英雄だった!」と崇めるのはどうかしている。

これはDV男が暴力をふるった後、被害者に優しい言葉をかけて抱きしめるから、「彼の人格全ては心優しく善良で素晴らしい!」と大絶賛するのと同じ。
どうして常態である暴力を無視して、ほんの僅かな善行だけで全面的に「素晴らしい人」と手放しで崇拝することができるのだろうか。

どんな悪人でも長い人生のうち一度は幼子やペットに優しい笑顔を向けることがある。その些細な笑顔一つで、毎日長時間行っているDVや殺人行為を許すべきだと主張するのは? 一瞬だけ見せた笑顔がその人の全てと思える心理とは?
いったいどういう脳の構造になればそういう思考ができるのか。不可解過ぎる。一種のカルトだね。

言っておくが、私は織田信長については特に何のイメージも持たない者
(元々歴史に関心のある者ではないので。よそ様の歴史は感覚がつかめない)
彼について残虐だというイメージを持ったことがない。他国の独裁者に比べたらましなほうだとすら思っている。※
ただし史実としてやった殺戮行為があるなら、それを隠蔽すべきではないと思う。

歴史人物や政治家については、
善行も悪行も、史実なら同等に伝聞すべき

特に、悪行のほうは見逃してはならない。
たとえばDVした人はその罪において裁かれなければならないし、麻薬や飲酒運転で捕まった人はその罪において刑罰を受けるべきだろう?
たとえそれまで長いこと多くの人を楽しませてきた芸能人でも、一瞬の交通事故で全ての評価を失うよね。
たった一回の過ちで過去の善行全てを消されるのもどうかと思うが、あくまでもその犯罪については正当に償わなければ。
誰であれ、「罪は罪」なのだということを忘れてはならない。

現代人は、芸能人ならわずかな悪行でも鬼のように叩くくせに、織田信長などの「偉人」だと大虐殺ですら正しい・素晴らしいと絶賛して拍手を送る。
これが差別でなくて何だろうか。
どうしてそこまで不公平な思考になって平気なのだろう? 私にはその、相手の名で異なる態度を取る心理について理解が及ばない。

「時代が違う」
「昔は残虐行為が許されていた」
などと言うのだとしたら昔の人をバカにし過ぎている。
古代だって「女子供も含めて皆殺し」や「苦痛を与えて処刑」などの残虐なことをすれば非難されるのが当然だった。
いや、近現代史を観ていると、最近の人間のほうがむしろ残虐だと思える。
ジェノサイドの規模と残虐性で比べれば現代が古代を圧倒で上回っている。
現代人は人道の進んだ時代に生きているのだと自惚れ過ぎだ。むしろ人間は道義において退化している。世界の現実を見るべき。


最近はこういう、独裁者萌えで不公平、カルト的に残虐な英雄を崇拝する人が増えた。
織田信長を賞賛する人々には政治的な意図はないのだろうけど、世界的な潮流として“ファシズムへの憧れ”があることは感じる。
支配されることを望む人々が増加している。嫌な傾向だ。


※信長について私が思うこと。
織田信長の治世も法文に従ったわけではないから人治のうちに入るが、「裏切り者は罰する」「反乱は皆殺しにする」という一貫した基準はあったようだ。また自己に尽くした者、仕事に誠実な者は評価するという一貫性もあった。
一貫性のある論功行賞は、大陸的な法治とはいかないまでも慣習法に近いものはあったのかもしれない。家臣の意見もよく取り入れたらしい。もちろんそれで女子供を皆殺しにした罪が許されるわけではないが。
反乱したわけでもない土地の民衆を大虐殺したり、気に入らないというだけで恣意的に家臣を処刑した曹操とは全く違うタイプであることを強く言っておく。(日本人は某マンガの嘘を鵜呑みにして曹操と織田信長のイメージを重ねているが、まるで違う。史実を知らず信長を貶めているのは、日本人として恥
どちらかと言うと恣意的な処刑をした秀吉のほうが、曹操に近いタイプか。コンプレックスの強さも含めて共通項がある。家柄も良くて容姿に優れていた信長に、その真逆だった曹操のようなコンプレックスがあったとは思えない。
参考:曹操は出自にコンプレックスがあり、醜い容姿だったため人前に出ることも躊躇した。これは史実。別に顔面が醜いからとコンプレックスを抱く必要はないと私は思うのだが、史実は捻じ曲げるべきではない。『蒼天航路』を鵜呑みにして曹操を八頭身の美形だと思い込み、萌え萌え鳴いて涎を流している日本人は気の毒。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei
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