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メールでいただいたお話です。

こちらのインスピレーションは見事に核心を突いていて、感動してしまい、さてどう返そうかと考えあぐねているうちに遅くなってしまいました。
書籍の情報を集めて考察の上、お話ししようと考えていたのですが時間が取れず。
それで、とにかく埋もれさせておくには勿体ないお話と思いましたので、恐縮ですがそのまま引用させていだだきます。

2018/10/16 16:56 B様メールより
今、すごいことを発見してしまって少なからず興奮しています。
(発見なのか?というのと吉野様にとっては「は?だからなんなんですか」という話かもしれませんが……)

9/19の記事、ホロスコープは折り畳み、鏡として見る、を読んだときに、わたしの頭の中であるイメージが浮かびました。吉野様のおっしゃるように折り畳まれたホロスコープ上を光の点のような魂がASCからMCを通りDSCに至りました。これだけなら吉野様の記事をイメージしただけなので、頭の中で実際に描いてみたのね、というだけの話なのですが。
光点がDSCに到達したときに、なぜか折り畳まれたホロスコープがまた開かれて円形になり、またASCからDSCに向かって光点が移動しはじめたのです。ただし今度は光点が2つに分かれて。ひとつは上を。MCを通ってDSCへ。もうひとつは下を。ICを通ってDSCへ。そしてふたつの光はDSCで交わり、上を進んだ光はそのまま下半分へ。ICを通ってASCに。下を進んだ光は上半分へ。MCを通ってASCに戻りそして消えたのです。そのイメージがとてもきれいだったので、少しうっとりしながら「ひとは老いて子どもに戻って魂の世界にかえるのかもしれない」と思いました。その後、そのイメージが陰陽マークにも似ているなあと思ったりもしたのですが、所詮「だから何?」レベルの話なので自分の頭の中にとどめておりました。
全く「だから何?」とは思いませんでした。
おそらくそのインスピレーションは核心を突いているものと思います。

記事でも書いた通り現代占星術ではASC→IC→DSC→MC→ASCと、ハウスの番号順(左回り)に人生が巡ると考えるのですが、現実のライフステージに合わず違和感を覚えますね。
ある書籍で
「古典占星術では、ハウスの番号順に人生が進むとは考えられていなかった。(番号は関係なくバラバラの意味を象徴する)」
という話を読み、それも違うなと感じました。「バラバラ」と言うのも違和感があるのです。

それで、円形のホロスコープを眺めながら分析し直し、メモしたのが上記事。

円の下半分=陰(プライベート)
円の上半分=陽(パブリック)
と、陰陽で表現してしまったのはたまたまなのですが。
五行図に似ているとのインスピレーションは真理に近いと言えます。

もちろん五行図の五芒星とは相剋を表したもので、陰陽は含みません。陰陽までも表すとしたら五行図が二つ必要です。
つまりホロスコープの円が陰陽を含めた「全」であり、東洋の五行をこれに当てはめるのだとすれば、円の上と下それぞれに五行が充てられることになります。
あるいは、上下重なるように五行が表されるべきなのかも。

いずれにしても、五行図は人のライフステージにも重なる宇宙の設計図を表す形です。
だから、西洋占星術のホロスコープにも共通の真理が見えたというインスピレーションは、正しいものと思います。

ここを読む他読者様のために参考:
『五行図』
gogyou.jpg
以前「我傍に立つ」の感想でお伝えした「ひとは常に真ん中を選択するのがよい」というくだりの箇所を読み返していました。合わせて5/24の、中庸とは何か、という記事も読んでいたのですが。
記事の中で「戦闘計画の陰陽表現」という語句を再読して、陰陽表現……あの折り畳まれたホロスコープ!とイメージがつながったのです。それで「我傍に立つ」の戦闘計画の箇所も合わせて読み返してみました。
ホロスコープのASCからDSCへのラインはまさにわたしたちが立っているこの大地のようですね。そして戦闘を人生に置き換えればあの戦闘計画はライフステージをあらわすホロスコープのようです。陰と陽の2つの力を使う……まさに折り畳まれたホロスコープのようです。そして実際の戦闘では地形などの要素があるからという箇所は、ひとによって感受点のある場所が違うから、と読み替えられるなあ、と思ったのです。
……あらためて文章にしてみたら、やっぱり、だから何?という気がしてきてしまいましたが……
お目汚し、失礼いたしました。
>お目汚し
とんでもないです。
私が無自覚で書いたことについて、現実に合わせて分析してくださっていると感じます。感謝致します。
「感受点と地形」
のお話も的を射てらっしゃると思います。

>ホロスコープのASCからDSCへのラインはまさにわたしたちが立っているこの大地のよう
その通りです。
まさにASC-DSCは、我々人間が立つべき地表。
この平らな地表を見失ってしまえば、足元が揺らいで天も地も見えなくなってしまうし活かせなくなってしまう(まともに生きられなくなる)。
だから神にも悪魔にもならず、人としての中庸を守ることが大切、ということになるわけです。
あくまでもこの地表で、修行の身として人生を送る限りは。

陣形について。
私が『我傍に立つ』に書いた陰陽の話は、もう書いてしまった時の考えを正確には思い出せないのですが、陣形と言うよりは数値化しづらい軍事力学も含む話だったと思います。
内向の力学、外向の力学。
それを二重に掛け合わせて力を最大に活かすという力学の話で、神秘主義とは関係がありません。
(私は陣形について感覚としては分かるのですが、明確な記憶がなく、文献の裏付けもないのではっきりとしたお話ができないのです。なので深くは突っ込まないでください。笑)

※手前味噌ですが、最近書いた記事から転載、「数値化しづらい力学」とは:
……「物理的な力の差」には見える物理と見えない物理とがある。「見える物理」は兵器・兵員・兵糧など現に保有するものとして数値化できる軍事力。「見えない物理」には様々あるが、たとえばこちらの名に怯み敵が陣地を放棄する・地元住民がこちらへ援助する等々。天気も後者に含まれる。要するに可変ながらほぼ確実な状況の力。こちらは見えづらいが、軍事においては「物理」として計算されるべきもの。(ただし可変ゆえ、楽観的過ぎる計算をしてはいけない)

占いなどの神秘主義とは関係なくても、五行図を軍事など現実の行いに活かすことができるのは、数学的にシンプルな形だからでしょう。
それは地上の具体的な事象を当てはめることもできるし、宇宙の真理にも等しい。
確かに遥か古代、人類が高次元の存在から授かった知恵なのだと思います。

西洋のホロスコープも同様です。
と言うより、東洋の五行も起源は結局、西洋占星術なのかもしれませんが。
(私は長年、五行だけは東洋オリジナルと思っていましたがどうもそうではないらしい)

面白いことに、西洋でもホロスコープが陣形として活かされたことがあったようです。
その記録から古典主義の先生方は
「陣形からホロスコープが生まれたのだ」
と考えているらしい。それは勘違いだと私は思うのですが。
西洋占星術も軍事に活かされたことがあった、という証拠ではありますね。

――陣形の件についてはまた後日、別記事で書きます。

あちこちに話が飛んでしまい、返信になっているかどうか分からないのですがひとまずUPさせていただきます。
貴重なインスピレーションのご報告ありがとうございました。
自分のネイタルホロスコープの解読にもつながるヒントです。
きっとここを読まれる他の読者様の参考にもなることでしょう。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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