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tumblrで上げたメモより。

 ⇒全身麻痺女性の、「人生できないことなんてない」「今ここからがスタート」

こういうよくできた話に関しては「やらせの捏造では?」と仰る人もいるのだけど、信じたほうが自分のためになる。

それに事実は小説より奇なり。
意外とヤラセっぽいご都合主義のほうが事実そのままだったりするのだ。
フィクション作家には現実的な話が書けないと言うのは、現実のほうがあまりにもできすぎていて、クレームが殺到するのを恐れるので書けない。

※例、筆者の小説でもファンタジーでしかない『僕が見つけた前世』のほうがほぼノンフィクション、ファンタジー抜きの『あの頃、君は…』がフィクションだったりする

何故こうなるのか。
高次元世界の人々はフィクションの才能がないので、人生計画を作成するに当たって、「地上的な妥当性」とか「クレームの来ない物語」を考える能力が欠如している故に。笑
地上において
“奇跡”
“できすぎている”
と呼ばれる現実は、高次元の意思を反映すればするほど生まれやすくなるので。
きっと外人は純粋ゆえに奇跡を信じているので高次元の意思を反映しやすいのだろうな。


余談。
『日本スゴイ!叩きに思う』
前にどこかの記事で書いたことの繰り返しなのだけど、私は本心からこのYOUたちのほうをスゴイ!!と思っている。
ここに生きていることが辛くなるほど尊敬する。

つくづく彼らには哲学の血が流れているよな。嬉しくもなる。
哲学とは、「自分の頭で考える」学問なのだ。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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