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すみません、占星術の記事が書けなくて。まだ後遺症があって古代から意識が返らないようです。笑

少しだけ、現代との絡みで古代の話を蒸し返すこと許してください。


過去記事を読み

先ほど読者様の足跡に導かれ、こんな記事を読み返し、熱い気持ちを思い出していた。

 ⇒【質問】 この国に生まれて良かったと思いますか

今の時代、こんなことを書くと「サヨク」呼ばわりされてウヨに絡まれ面倒なのだけど。

実際、絡まれましたね。
「卑弥呼が平和の女王なんて嘘だ、ファンタジーだ! 卑弥呼だって防人(さきもり)を持っていたんだ」

笑。それはそうでしょう。
私も今は大人なので、『魏志倭人伝』がファンタジーだということくらい知っていますよ。
と言うより、あなた方より遥かに現実味をもって、『魏志』『呉志』『蜀志』がファンタジーだということをよく知っている。
どれだけの嘘に心が傷付いていると思っている? あなた方に想像できるはずがない。

だが『魏志』他を著した陳寿という人は、私が思うに「人間として」は真っ当
晋政権に気を遣い、稚拙なフィクションを記録と称して残したことは責められるべきだが、人格と思想はむしろ高潔な人物だったと思う。

陳寿は下劣な現代人の歴史オタなどとうてい及ばない、真摯かつ透明な目で世の中を見ていた。
そしてそんな彼が、とてつもなく強い願いを篭めて描いた最大のフィクションが
『魏志倭人伝』
なのだ。

和国の人よ、日本人よ、どうか陳寿のあの絶叫を聴いて欲しい。
戦乱に引き裂かれた大国の悲惨を見聞きして育った彼は、遠く霞の向こうの島国に、平和の女神が住む桃源郷を思い描いたのだ。

――「どの面下げて言っているのだ、お前は」、と思われるかもしれない。
自分は間違いなく戦争を計画した側の人間。
(過去にいつのどこの時代の人間だったか証明できなくとも、戦争遂行した者であることだけは確か)
でも、だからこそ陳寿の願いが、私には痛いほど分かる。

正確に言えば、「和国」は陳寿個人と言うより、戦乱に疲弊した大陸人全員の夢だったのだ。
それなのにどうして、陳寿が大陸人・全員一致のファンタジーを書き留めたことを責められようか?

※「倭国」という当て字が私は嫌いなので、ここでは「和国」と書いています


ほんとうの奇跡は『倭人伝』ではなく、今ここ

さて……、奇跡の話はここから。

邪馬台国(大和国)に平和の女王が存在したという話は、もしかしたらファンタジーだったかもしれない。
ところが驚くべきことに、今上天皇はそのファンタジーを今ここで成し遂げたのだった。

ファンタジーでしかあり得ない奇跡の条文を憲法として戴き、現実に戦争のなかった年号(元号)、「平成」
我々は人類の歴史が続く限り語り継がねばならない。
「平成」はファンタジーではない、
今ここの現実にあった奇跡なのだと。

「平成」は奇跡と同等の名だ。

奇跡を有難う、今上陛下。

https://kokodakenobekkan-2018.tumblr.com/post/179044070976/tarashare-でも戦争はなかったじゃないですか明治大正昭和は戦争あったし



/ちょっと政治的で申し訳ない。
私自身は純粋な平和主義者ではない。当たり前。私に平和を叫ぶ資格はないと思っている。
それに性格上(あるいは経験上)現実社会に対しては合理主義。だから現状に危機感を覚えているし、危機を呼びかけもする。
ただそれでもファンタジーには共鳴するほうなんだ。
これはむしろ戦争経験ある故の衝動なのかもしれない、痛みの後に夢を抱くのは仕方がない。

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ここに生まれた理由は、平和という理想があったから(再)

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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