-
・translate 翻譯
知恵袋には下劣な回答が多いと思っていたのだが、いつ頃からか少し流れが変わったのか。まともな知識に基づく回答をしようと努める人が増えている。

前に、
「知恵袋はむやみに蜀陣営(特に代表で諸葛亮)を誹謗中傷したいK産党員、頭のおかしな妄想家ばかり。最低だ」
と書いてしまったので、罪滅ぼしのために普通の方の回答を引用させていただく。
これもバランス。

jak********さん
2011/12/319:06:59

諸葛亮はどんな性格でしたか?

ベストアンサーに選ばれた回答

sei********さん
2011/12/714:57:43

吉川三国志には、諸葛亮について記述があります。

愚直にも先帝の遺志を全うするのみを考え、常に清貧、潔癖、平等に努め、先の方が記載しているよう罰した部下から恨まれるどころか慕われたとのこと。
人として特出していたのはその点のみで、いわゆる神算鬼謀の人間ではない、平凡な人物である、と記述しており、締めくくりに、蜀が魏に滅ぼされたさい、魏の武将が蜀で100歳をこえる老人に、孔明はどのような人物だったかを尋ね様々な英雄を例にあげ、誰に似ているかを聞くと、老人は
英雄の誰にも似ていない、強いて言うなら何処にでもいるような優しい人間だったと答え、諸葛亮の人物を表すのに1番のエピソードではないかとしている。


ベストアンサー以外の回答

oni********さん
2011/12/823:56:17

正史三国志の作者、陳寿の評によると、

諸葛亮は丞相になると、民衆を慰撫し、踏むべき道を示し、官職を少なくし、時代にあった政策に従い、真心を開いて、公正な政治を行った。忠義を尽くし、時代に利益を与えた者は、仇であっても必ず賞を与え、法律を犯し、職務怠慢な者は、身内であっても必ず罰した。罪に服して反省の情を見せた者は、重罪人でも必ず許してやり、言い抜けをして誤魔化す者は、軽い罪でも必ず死刑にした。善行は小さな事でも必ず賞し、悪行は些細なことでも必ず罰した。あらゆる事柄に精通し、物事はその根源を正し、建前と事実が一致するかどうかを調べ、嘘偽りは歯牙にも掛けなかった。かくて、領土内の人々は、みな彼を尊敬し愛した。刑罰・政治は厳格であったのに恨む者がいなかったのは、彼の心配りが公平で、賞罰が明確であったからである。政治の何たるかを熟知している良才であり、春秋時代の管仲、漢のショウ何といった名相の仲間といって良いであろう。しかし、毎年軍勢を動かしながら、よく成功を収めることができなかったのは、思うに、臨機応変の軍略は、彼の得手ではなかったからであろうか。

ということです。

ここから読み取れる孔明の像は、公平で信賞必罰、博学な名政治家といったところでしょうか。



rin********さん
2011/12/319:50:16

『三国志演義』やその他の小説ではかなり誇張されている部分があります。正史『三国志』では私欲がなく何事にも公正で、信賞必罰の人だったようで、「孔明のことを蜀の民は恐れながらも愛した」と書かれています。政治、行政を司る人間にとって最大限の賛辞でしょう。
名前は忘れましたが、ミスを犯して孔明に左遷さた蜀の高官が、孔明の死を聞き「ああ、これで元の地位に戻れる希望がなくなった」と嘆いたそうです。左遷されてもきちんと仕事をしていれば、また評価してもらえるという信頼感が孔明にたいしてあったのでしょう。左遷させられれば普通は恨みしかないとは思うのですが、そうした相手にまでこれほど信頼されていたといったことからどういう人物か想像がつくと思います。
史実の転載だが。
転載の史実すらネットで見かけることは稀で、まともに見える。

ben********さん
2014/5/2323:57:36

三国志の諸葛孔明はどんな性格の人だったのでしょうか。
三国志演義では、劉備に劉禅が皇帝の器で無いと判断したら君が皇帝になったら良いと言われたのに対し野心を出さずに蜀を支えた天才的な軍師で政治家で何処か優しい雰囲気の聖人のイメージですが、正史では確かに演技を思い浮かべるイメージはあるんですが、謀略家の面も濃く劉備と同じく読めない人だと高く評価してるんですがどう思いますか?


ベストアンサーに選ばれた回答

te9********さん
2014/5/2418:41:38

「良心的な政治家・法家」ってイメージですね。

泣いて馬謖を斬ったり、劉封処刑を進言したりするところを見るに、組織のためには情を犠牲にしたりもしています。

その一方で、実質的な皇帝でありながら私産には目もくれず働き続けます。
蜀漢の大イベントである、北伐に際しては、屯田先や軍隊からも慕われたようです(『諸葛亮集』に伝わる内容だったりしますが・・・)
細かい所に配慮する人だったんでしょうね(一方で国民を北伐に巻き込む太志もあるのですが・・)


象徴的なエピソードに、後年、劉備の側室であった甘夫人を悼む上奏文?を提出してたりします。
長年苦労続きだった甘夫人も、諸葛亮のおかげで死後「皇后」の地位に上げられました。

政治もクソも無い、諸葛亮個人の思いやりから出たエピソードだと信じたいですね。
>三国志演義では、劉備に劉禅が皇帝の器で無いと判断したら君が皇帝になったら良いと言われたのに対し野心を出さずに
ここは演義ではなく史実(現実)のはず。
蜀を支えたかどうかは激しく疑問だが、本人の気持ちとしては支えたいと思っていただろう(だろう?? ごめんごまかした。「だろう」はカットしても良い)。

>何処か優しい雰囲気の聖人のイメージ
意外だった。『演義』の孔明は、底意地の悪い・小賢しく卑怯なキャラクターでしかないのだと思っていた。

>謀略家の面も濃く劉備と同じく読めない人だと高く評価してるんですが
歴史マニアにとっては「謀略家」が誉め言葉なのだなと知って愕然とした質問。
殺戮者を崇拝する危険な歴史オタの中には、自分自身が「謀略家」を目指していて他人を蹴落とすアイディアを得るため、歴史を学んでいる人も多い。だから歴史マニアは「思いやり」や「人間らしさ」を最も嫌うイメージ。
確かに政治家・戦略家は謀略があったほうがいいのだろうが、自慢げにそこを目指すのはどうかと思う。
だから歴オタは一般の人から嫌われているのだ。いい加減に価値観の低さに気付いて改めるべき)

しかしこれに対する回答者の答えに心洗われた。(この人は諸葛亮が嫌いらしく、嫌味として書いているようだが)
「政治もクソも無い、諸葛亮個人の思いやりから出たエピソードだと信じたい」
……それはたぶん事実だから信じていいと思うが、一般の歴史マニアはバカにして諸葛亮を嘲笑するために使う話だろう。とにかく正義や善良な気持ちの何も無い、ただ悪口を言いたいだけの人々なので。
回答してくれたことには感謝。

ryo********さん
2009/1/2817:38:27

諸葛亮孔明はなぜ名軍師じゃないのですか。

知恵袋の回答を拝見させていただくと、
孔明は、名宰相で、名軍師ではないという回答が多いです。
孔明は天才なんじゃなかったのですか。
さらに、名軍師ではない理由や、
具体例を教えていただければ幸いです。


ベストアンサーに選ばれた回答
yel********さん
編集あり2009/2/221:49:30

私は名軍師だと思っていますが、
反論は控えた方がよいでしょうか?

別にどうでもいいけど
知恵袋書き込む切欠となったのが
ここでの盲目的な孔明低評価に
黙っておれなかったことだっただけに
諸意見に反論したくないことはないのですが
質問内容に若干反しますね。。



korertouさんの追記を受けて
(丁寧な返事ありがとうございます。)

軍師とは、「軍事の助言をする人」ではなく、軍事、政策、外交など
勢力の戦略運営全体に於けるアドバイザーです。


まだ劉備が借り物の新野の小勢力にすぎなかった時代に
天下三分の計という大構想を打ち立て
それを目標にさせることで劉備以下を奮起させた。
曹操南下を前に滅亡必至だった劉備軍を逃がし、
劉備に孫権との同盟を提案し、孫権を説いて弱小劉備と同盟させ、
赤壁で劉備軍は孫権軍と共闘して曹操軍を破った。
戦勝後の曹操軍追討の際に抜け目なく荊州5郡を手に入れ
益州を奪い、漢中まで切り取って天下三分の計を実現し
劉備を王・皇帝にまでした。
即位の際、大義名分を示して、劉備を説得した。
これが諸葛亮の「軍師」としての功績です。名軍師です。

詭弁ではなく、本来 軍師とはこういうものなので
『名軍師 諸葛孔明』の名は間違いなく正しいのです。


本来の「軍師」は上記のようなものです。
優れた軍師の能力を「王佐の才」とも言います。
文字通り「王を佐(たす)ける才能」です。
王の仕事を考えればそれが軍事限定でないことが分かります。
イメージの「総帥・参軍」的な軍事戦略面での期待も理解できます。
軍略面・人選面への疑問符にも反論は一応ありますが、
ここでは控えようかと思います。
ズバリな質問であったなら反論はできますが
質問が「名軍師」なので、これで充分回答になっていると思います。

※蛇足となりますが。
益州奪取は龐統、漢中攻略は黄権・法正が進言しましたが
諸葛亮は天下三分の計を既に考えていたので
益州・漢中を手中に収めることに異論はなく同意したと思います。
しかし、記録に誰の進言かというのが残るので
「諸葛亮が考えたんじゃない、彼の功績じゃない。」
という印象を与えてしまいます。
その為に後世の人間の眼には
「諸葛亮は何もしていない」と映るのです。
諸葛亮の非常に謙虚で、必要もないのに自分から進んで物を
言わない性格を考慮しなければならないと思います。
劉琦とのエピソードを挙げると
劉琦に身の振り方を相談されたとき、諸葛亮は答えず
高楼に上げられ梯子を外されてから、やっと遠回しに答えました。
そこで示された回答は名案でした。
諸葛亮のことは、この例からも明らかなように
「発言しない=知恵がない」なのではありません。
諸葛亮は謙虚な性格な上に、既に信頼と地位を得ているので
積極的に発言して、自分を売り込む必要もないのです。
一方、龐統・黄権らは自分を売り込む必要があり
積極的に進言したと思います。
益州・漢中の攻略を誰も言い出さなかったならば、
天下三分の計を思い描く諸葛亮が進言したはずです。

知恵がないのではなく、
発言に対して積極性がないというのが真相だと思います。


小学校を思い返すと
授業中、手を挙げて答える子は1番じゃありませんでした。
皆が認める1番の優等生は手を挙げません。

授業風景を文字で記録するなら
優等生は影が薄くなり、本当に出来る子なのか判りません。
ではどうするか? 先生やクラスメートに訊くのが1番です。
劉備はじめ蜀将が諸葛亮をどう評価していたのか。
魏呉の人間がどう評価していたのか。
これに尽きると思います。
性格とは離れているのかもしれないが追加で掲載。
軍師について正確な解釈に驚いた。上から目線の言い方で申し訳ないながら、記録だけでこれほどのことが分かるものかな? マニアの底力を知って驚愕した。
私は異次元の方法で軍師について正確な感覚を持っているだけなので、他の日本人が知っていると驚愕する。裏付ける文献があれば教えて欲しいと思ってしまう。
(ただ若干、この方は天下三分計についてだけ誤解がある)

それと、
「知恵袋書き込む切欠となったのが
ここでの盲目的な孔明低評価に
黙っておれなかったことだっただけに」
……申し訳ないの極み。
私が謝るのは変かもしれないのだが、一般人としてさえ何もしなかったことを詫びたい。
それどころか私まで積極的に諸葛亮の評価を下げようとしていたのだから。
長らく世間から目を背け、こんな状況だったことを知らなかった。深く頭を下げたい。

>盲目的な孔明低評価
何より、その一切文献を見ない・見ても悪口を捏造する異常者の意識が気持ち悪くて目を背けてしまうのだ。
いわゆる脊髄反射の「アンチ」。
何かに洗脳されているカルト信者たち。
誰に対してであっても、このような悪口捏造の犯罪に私は耐え難く感じる。そういう異常な人々が存在していること自体がショックなのだ。

>pol********さん
>まず、挙げられるのが、前半期に一回も戦に出ていないということですね。軍事面は劉備、関羽、龐統、法正に任せて、自分は内政面で能力を発揮しようとしたんですね。
現場の戦闘だけが「戦争」だと思っているフィクション中毒患者さん。
一応は褒める側に回っているらしいのだが、もう少し戦争のことを勉強しようね。フィクション歴史小説だけではなく、近現代の本も読むといい。


【追加、劉備について】

劉備については私も言及を避けている。せっかくだから目に留まったものを載せる。こちらはめずらしく史実通りで真っ当な回答。

三国志について質問です。 劉備は三国志で1番好きなんですが、正史の劉備や様々.な三国志の物語を見ていたら書き方が其々違い、何考えてるか分からない部分がありませんか。

恐らく人間臭く、情けはあるがドライな部分もある口数か少ないリーダーですから意外に蒼天航路、泣き虫弱虫 諸葛孔明、宮城谷昌光の三国志の劉備の人物像が正しいと思います。

良い人だけで無く、冷静な冷たい指示も出来る人ですよね。

kut********さん
2018/8/2013:00:45



ベストアンサーに選ばれた回答
chi********さん

陳寿の評がなかなか妥当だと思います

「評曰、先主之弘毅寬厚、知人待士、蓋有高祖之風、英雄之器焉。
及其舉國託孤於諸葛亮、而心神無貳、誠君臣之至公、古今之盛軌也。
機權幹略、不逮魏武、是以基宇亦狹。
然折而不撓、終不為下者、抑揆彼之量必不容己、非唯競利、且以避害云爾。」
(『三国志』先主伝)


先主(劉備)は心が広く強い精神があり、人材を見定めてよく信頼した、つまり漢の劉邦のような風格があって、英雄の器量といえよう。

諸葛亮に一国を託して、その心を疑うところがなかったことは、まことに君臣の関係としては最高のもので、古今においての手本である。

謀略や判断力では、魏の曹操におよばず、そのために基盤の領土もまた狭かった。

しかし挫折しても屈することなく、ついに下風に立たなかったことは、曹操の器量が自分を受け容れるものではないと判断したためで、単純に利を競ったのではなく、害されることを避けてのことであった。


真っ当な史実に基づき回答してくださった方々へ感謝したい。
当然ながら史実は褒める話ばかりではないのだが、とにかく「知識に基づき客観性がある」という人たちを見かけると、ただそれだけで精神衛生に良い。

悪口を言いたい!という欲望だけから話を捏造する人、
賛美したい!という欲望から史実にない話を捏造する人、
同じく私は気持ち悪いと思ってしまう。

史実に基づいて考えようとする希少なこの「普通」の人たち、人間としての正常な脳のはたらきを感じるだけで、森林浴するように深呼吸できる。
そのことに感謝だ。
関連記事

吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


気に入っていただけたらシェアお願いします。要パスワード記事は引用しないでください(パスワードを貼るのも禁止です)
記事にして欲しいご質問あればこちらからどうぞ:★コンタクト

管理用 anriy3@gmail.com