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〔目次〕
『死後を生きる』読書を中断した理由
幻覚と神秘体験の混同、あえて証明しないスピリチュルマニアたち
具体的に引用しての反論(誤りの指摘)

■『死後を生きる』読書を中断した理由


松村潔の『死後を生きる』は、あれから少し退屈を感じて読書中断していました。申し訳ない。

私は、占星術や夢分析や古典文献の解説者としてはこの先生を深く尊敬していますが、スピリチュアルジャンルとなると急に共鳴できなくなります。文章はいつも通り好きですし、散りばめられた思想本の情報は役に立つのですが。
何故、完全には共鳴できないのだろう? 
共感できたとしても浅い知識の部分だけ、という感じです。

『霊訓』や『シルバーバーチ』など人間が書いたものではないらしい本は理解できないところもあるが、心の深いところで共鳴し、退屈を感じないほどに読みふけってしまう。
たとえるなら文豪の文学 を読むように濃厚で濃密で、完全に本心(真実)が書かれたものと感じる。理解できないところがあるのは、単にこちらの理解が及ばないだけ。しかし筋が通っていることは認識できる。

しかし松村氏のスピ本は、他の多くのスピマニたちが書いた本と同じように、
「ああ大量のスピリチュアル本を読み漁っているなぁ」
と感じます。

彼の悪口や批判を言いたくてこんなことを書くわけではなくて、正直な感想です。

それからこの本にはやはり少々危険も感じました。お人好しな先生ならではの危険です。

第一の問題は、やはりヘミシンクを推奨していることです。
ネットで配られている無料版を紹介しているのは良かったんですが、やはり正規なものだと高額になります。それとヘミシンクにはたくさんの団体が主催するセミナーが絡んでいます。検索すると必ずそれらの団体が表示されます。当然ながらセミナーへの参加費は高額ですし、参加者の中に宗教団体絡みの危険な人がいないとも限りません。
あとはヘミシンク自体が万人にとって安全なのかどうかに疑問が残ります。
先生自ら、
「たいてい昏睡状態となる(寝てしまう。クリック・アウト)」
「自分も(ヘミシンクを聴いている時に)転倒したことがある」
「ヘミシンクは半年も使うと依存症になる」
と書いているので、とても万人にとって安全なものとは思えないのですが。
個人の責任で使うのは構わないとしても、メジャーな先生が推奨していい商品なのかどうか。


■幻覚と神秘体験の混同、あえて証明しないスピリチュルマニアたち


私はこの本を読んで確信したのですが、どうやら松村先生はドラッグ(ヘミシンク含む)や脳の機能障害による幻覚と、本物の神秘体験を区別していないようです。
「原因と結果を入れ替えれば同じもの」※1
というようなことを仰っている。
そんなことないんですがね(笑)。
いや、そうであったら怖いよね。

そもそも松村先生が仰るには、
「エーテル体の(肉体外の)体験は、肉体感覚に反映されない。(このため現世で証明されることはない)」※2
ということだそうです。
確かに地上から遥か遠い次元の体験は地上の魂には知覚できないし、地上で証明することは不可能でしょう。
しかしエーテル体はとても肉体に近いところにあるはず。準物質・準肉体だと考えられます。
まして、「前世の記憶」などだったら肉体へ戻って来て記憶を持ち越している現世現象なのだから、証明することが不可能などと言うのはおかしいでしょう。
物証での証明は不可能でも、ワイス博士やイアンスティーブンソンが試みた努力くらいは出来るはずですよ。

スピリチュアルで稼ごうとする業界の人たちは、たいてい
「輪廻転生や幽体離脱のビジョンは、本当にあるわけではない。それは信じたい者にだけ存在する真理だ」
などという禅問答のごとき言い回しで一般人を煙に巻きます。
こう言うことで、「自分の体験が現実かどうか分からない」というクレームを回避して言い逃れし、いつまでも高額な霊感商品を売り続けようとするわけです。

松村氏は占星術師です。
霊感商法で稼ごうと思っている人なのではなくて、単にお人好しであるために、スピ業界の人たちの言い回しの影響を受けているだけだと考えられます。
あるいは彼自身の中にある仏教的な古典知識のせいだと思います。
でも、だとしたら彼自身にはストーリー記憶としての「前世の記憶」などないのではないかなという気がしました。
彼が持っている「記憶」とはもしかしたら断片だけで、筋の通るはっきりとした一生は覚えていないのかもしれない。
だから、輪廻転生について曖昧な仏教的なイメージをまだ持っているのでは。

転生についての話は後でまた記事にしますが、とにかく
ドラック等による幻覚と神秘体験は違う
ということだけ先に書いておきたいと思い、メモしました。


■具体的な反論(誤りの指摘)


※1
 因果を固定的に考えると、脳の酸欠によって幻覚を見た場合、これまでのあらゆる幻覚は、みな脳の酸欠を理由にしてしまいたくなるが、主客の双方向性という観点から考えると、幻覚を見るのが先で、その後、身体症状として酸欠のような現象が生じる場合もある。

P36-37
これは誤りでしょう。現世の肉体現象において原因と結果が入れ替わることはありません。つまり幻覚が先で、脳の酸欠が後ということはない。
確かに、「臨死体験の全ては脳の酸欠状態が起こしたもの」と言うのは間違っています。臨死体験をする人の多くは脳が生きていて機能障害を起こしていることが多いので、「臨死体験は酸欠が原因の幻覚なのだ」と勘違いされているだけです。
脳が機能障害どころか機能停止した状態で臨死体験をした人もいます(エベン・アレグザンダー)。ということは、「酸欠と神秘体験は実は関係がない」ことになります。

 古来から、さまざまな民族で、幻視体験をするために、過呼吸を意図的に惹き起こす方法が用いられていた。これらは積極的に利用された。
 シュタイナーは、霊視は血液の流れと神経組織の接触を断絶させ、神経から情報が来なくなったときに起こると説明している。ならば、血液を神経から切り離したり、過呼吸、あるいは酸欠にすると、意味のある幻覚を見るのかというと、そうではない。「幻視をしたい目的がないときは、わたしたちは偶然に任せたあてにならない体験をし、チャンスの無駄遣いをする。」

P37
古来、過呼吸どころか麻薬を用いて幻覚を見る「イニシエーション」が行われてきたのは事実ですね。昔の人には幻覚と神秘体験の区別がつけられなかったからだと思います。
今でもこの区別がついていない人が多いため、LSDを用いて無理やりに幻覚を見ようとして死んでしまう神秘家、水槽の中に身を沈めて仮死状態となって幻覚を見ようとするカルト教団 等々が後を絶たないのです。
このようなことは絶対に真似しないでいただきたいです。
脳を酸欠状態にしたり、ドラッグを用いて機能障害を起こさせたりしたときの幻覚は「幻覚」でしかなく、神秘体験ではありません
シュタイナーも仮死状態となって臨死体験をするという過激な方法をとったものと思われますが、これが成功しなかったときに「あてにならない幻視をする」、つまり単なる幻覚を見るだけという状態になったのでしょう。「幻視をしたい目的」云々は関係ありません。

幻覚が見られるのは、脳が機能障害を起こしている状態の時だけに限られます。
逆に言えば、この条件を使って本物の神秘体験かどうかを見分けることができるはずです。
脳が機能停止している状態の時、あるいはドラッグ・酸欠・精神病・ヘミシンクなどの影響が一切ない完全に正常な状態の時にした神秘体験は、「幻覚」ではなく本物である可能性が高くなります。
さらにそれが夢ではなく本物の体験だったかどうかは、現実と絡んでいるかどうかで判断します。(本物の神秘体験だった場合、どうにも否定できない現実との絡みがあります。つまり地上的なことで証明できます)

※2
エーテル体にはすべての次元が反射している。しかし感覚界では、このすべての次元が反映されない。もし反映されているとしたら、感覚世界にわたしたちは幽閉されることはない。想像すれば、目の前に想像したものが出現する。しかし感覚界に、上位の次元はつながっていないので、想像してみても、想像したものが目の前に出現することはない。何を考えても、何を思っても、なかなか変わらないのである。これがラッセルの言う絶望に支配された世界ということなのだ。実際、夢の中で、エレベーターから降りて、そして老人に取り残されたとき、深い絶望がやってきた。

P142

>想像してみても、想像したものが目の前に出現することはない。

そんなことはありません。地上の魂は置き去りになどされていません。
地上も上位の世界とつながっているので、人々の意識が反映されて変わっています。人の意識に高次霊が応えて現象を起こす場合もあります。前記事「天意」参照
ただたいていの場合、変化は非常にゆっくり(10年~100年単位)であり、しかも一人ではなく大多数の意識が絡むため、「自分の意識が起こした変化なのだ」とは気付かない人がほとんどでしょう。

個人の願望がいつ叶うかについて:『シークレット』に書かれたことは真実です。ただし一人の人間の一つの人生においては、占星術のホロスコープで見れば明らかな通り、ほぼ固定された計画です(自分自身がその実現を望むからです)。計画変更するためには、一生では足りないほどの長期の時間が必要 転生のタイミングのみで可能なため、ホロスコープを見ているとまるで人間は運命に翻弄される純粋に受動的な存在に見えると思います。そう見えるのは気のせいです。

…受動的な状態で、何か証拠を出してくれたら信じるというときには、その姿勢そのものによって、確たる証拠はすべて提出されなくなる。
 見たいと思えば見る。しかし見せてくれたら目を開くという場合には、それは出てこないのだ。

P145

>何か証拠を出してくれたら信じるというときには、その姿勢そのものによって、確たる証拠はすべて提出されなくなる。

これこそ、そんなことないです! 見つめようとすると消えてしまう幻覚とは違いますから。
私は「信じて欲しければ証拠を出せ!」とアドバイザー霊に言いました。すると本当に証拠を提出されたので信じるしかなくなった、という経緯があります。

高次霊たちは、必要とあらば海を割ってでも証明しようとするはずです。
それが為されないのは、そこまでしてその人に信じさせる必要がないからです。

何故たいていの人には証明されないのか。
何故なら、地上で生きている限りは「地上の修行が優先」だからです。
せっかく地上にいるのだから、地上の人生に集中させねばなりません。
地上ルールでしか出来ないことがあります。必要もないのに上位の階層に憧れて、せっかくの地上で生きるチャンスをおろそかにしてしまってはいけないから、あえて地上ルールと異なる「神秘現象」は知らせないのです。

ただ高次霊たち(アドバイザー、ガイドたちも含む)は常に地上の魂を見守っているし、決して置き去りにして忘れてしまったわけではない。
だからそんなに絶望しなくて大丈夫です。
地上の魂が絶望し過ぎないように、ごくたまに誰かに神秘体験を与えて伝聞させるようにしているのだと思います。

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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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