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ちょっと話が脇道に逸れるけど、性別の話をしたついでに「違和感」についての話。

〔目次〕
性別の違和感と、魂の性別傾向
マイノリティの苦しみも魂を磨く
他の性別への憧れとの違い。ファッションは判断基準にしない

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■性別の違和感と、魂の性別傾向


現実において「性別の違和感」を抱える人はけっこう多いと思います。
これはやはり、魂の性別傾向と関わりが深いはずです。

長いこと地球上で一つの性別でしか生まれたことのなかった魂は、初めて別の性別に生まれたときに大変な違和感を覚えます。当然ながら人間としてのアイデンティティの形成や自己表現も困難となるでしょう。
何より友人関係を築くのが難しい。
自分とは思考パターンの違う性別の子たちと「友人関係」を強いられても、うまく友達が作れるわけがありません。だって同性として共感できないのですから。
親や教師などに「男の子だから・女の子だから、このように考えなければならない」と洗脳教育を受けることも拷問となります。どうしても洗脳に従えなかった場合、自分に欠陥があるのだと、自分を責め続けることになります。

さらに思春期以降、最も深刻な問題は、異性へ恋愛感情を持てないことです。そして同性を好きになってしまう。
と言うよりは、本人なりの本来の性別に従って異性へ恋愛感情を抱いているだけなのですが、見た目には同性愛となるため「性的マイノリティ」として差別されてしまいます。


■マイノリティの苦しみも魂を磨く


このような状態に置かれるのは悲惨です。
同性の友達もいなければ、恋愛も結婚もできない。この世に一人ぼっちです。
自殺したくなりますよね。

でも違和感を抱えて苦しんでいる人に覚えておいて欲しいのは、その苦しい経験が必ず魂を磨くということです。
とても信じられないかもしれないけど、魂を磨く試練として自分で今の人生を選んで生まれてきているんです。

これは
「自分で今の肉体を選んだのだから、性転換など考えてはいけない」
「今の肉体に合わせて思考を矯正しなければならない」
ということではありませんので、間違わないでください。
死にたいくらいの苦しみを「我慢しろ」と強制する権利は誰にもない。
無理は禁物です。
もし性転換を望むなら、それは苦しみに立ち向かい、乗り越えるために生まれてきたということだと思います。

(あるいは達観し、生きているだけで有り難いと受け止めて過ごす人もいるでしょう。恋愛や結婚だけが人生ではありません。色々な形での生き方があります。誰であれ結局、人生の愉しみは一人でいるときに見つけるものです)

どんな選択をするにせよ、自分の意思と行動で歩いていくべきです。
それこそが「運命」というものです。

いずれ振り返ってみれば、違う性別に生まれて苦しんだことで大きな学びがあったと気付くはずです。

そのように苦しんで、自分の欠けているところを補い、いつか魂は完成するのだと思います。


■他の性別への憧れとの違い。ファッションは判断基準にしない


ところで「性別の違和感」と間違えやすいものに、「他の性別への憧れ」がありますね。

憧れと言うよりは、同性への嫌悪感から他の性別なのだと信じたい気持ち、かな。

特に女性と話していると、この感情を持つ人が多い気がします。
「私、男っぽいの」
「全然、女らしいところがないの」
と、(自信なさげにではなく誇りを持って)言う女性は、もしかしたら過去に同性を嫌悪する経験があったのではないでしょうか。
たとえば、ぶりっ子な女性を見て「ああはなりたくない」と嫌悪した経験などです。
ぶりっ子に反発するように、あえてサバサバした態度をするとか女性らしくないファッションを選んでいる人もいるかと思います。

だから選び取るファッションだけでは性別の違和感を持つ人かどうかは分かりません。


以前、ネットで『性別の違和感テスト』というものを見つけたことがあるのですが、ファッションについての質問ばかりで
「これはダメだな(笑)」
と思ったことがあります。

たとえば、(女性に対するテストだったら)ぶりっ子な女性の映像などを見せて感想を聞く、などのテストにしたらどうだろう? 
ぶりっ子な女性へ反発心を持つ時点で、すでに「同性目線」でその女性を見ていますよね。反発心からサバサバを装ったとしても、それは女性性を持つ人の態度、ということになります。

男なら、ぶりっ子な女性を見ても反感は持ちません。当たり前ですが。
媚びた仕草の女性を可愛いと思うか、不快だなと思うかは、純粋にその相手が自分の好みかどうかによります(絶望的な言い方で、すみません)。
たいていの男はその女性が自分の好みかどうかしか見ていませんから、「態度なんかどっちでもいいよ」という感じですかね。

あとは、映画や小説など、創作の好みも男女で違うようです。
創作の好みには思考パターンが影響しますから、男性性・女性性を調べるには適しているのではないでしょうか。

心の性別が魂の性別傾向で決まるとするなら、それは純粋に精神的なものだから、ファッションなんかで調べるのは無理に決まっていますよね。


追加。
私は「高度な女性性」の存在を信じます。現代では嘘つきや嫉妬深い女性が多いからと言って、そうではない女性が自分の性別を嫌う必要はないと思う。(心ある女性ほど自分の性別を嫌ってしまう。それはもったいない)
できれば、気高く心の澄んだ、尊敬できる女性を見てみたいのです。憧れですね。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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