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先日、晴れの日でも雨の日でも関係なく本を持ち歩いて読む自分の習性を
「晴雨読」
と表現したのだけど、返信コメントで
「晴雨読、なんて良い言葉でしょう」
と仰っていただき、あれ誤字だと思われたかな……説明不足で申し訳ないな、と思いました。
「いや。そうではありません。晴雨読なんです!」
などと説明を始めたらまた話が長くなるし嫌な感じなので、否定せずありがたく受け取っておきました。温かいお心に感謝。

その昔、紙の本がまだ希少だった頃は本を持ち歩くことが難しかったでしょう。
だから過去生の自分を含め「昔の人」たちは、今の私が好きな公園読書は無理だったのではないかなと思います。
そういう時代でしたら「晴耕雨読」という表現が妥当でしょうね。雨の日、家に篭もる時しか読書が出来ません。

しかし現代の我々は文庫もあり、電子書籍まであります。読書好きにとっては便利で幸福な時代です。
二十年前はまだ電子書籍はなかったけど。
当時あまり仕事がなく読書三昧の生活をしていた私は、ジーンズの後ろポケットに文庫本を突っ込み、ふらふらと近所の公園へ行っては読書していたものです。
木陰のベンチに座り延々と本を読んでいたので、傍から見ればかなりの不審人物だったことでしょう(笑)。

春や秋、晴れた日の公園での読書は最高です。
もちろんカフェや図書館で読むのも好きなのですが、気持ちのいい風が吹く場所で読書するのは幸せの極みですね。


最近、世界は大きく変わりつつあります。
この平和な土地で読書などして過ごすことが出来るのは、もしかしたらあと少しの間かもしれない。

ニュースで悲惨な話を見るたびに、「こんな幸福に浸っていていいのか……」と罪悪感と焦燥感を覚える昨今ですが、幸福は身近にあるうちに味わっておかなければならないと思います。

私は、読書が出来る我が身の幸せを味わわなければと思う。

遠くのニュースに心を痛めるのは大切ですが、可能なうちに好きなことを愉しむのもまた大切。
愉しむこともまた我々が「生まれてきた意味」であり、人生に対するお返しになるはずです。
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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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