-
・translate 翻譯
少し前の番組になるが、4月30日 NHKスペシャル『憲法70年 "平和国家"はこうして生まれた』は興味深い内容だった。
日本国憲法の施行から70年を迎える。今、新たな資料の公開で憲法誕生の知られざる舞台裏が明らかになりつつある。
たとえば「昭和天皇実録」などの公開で浮かび上がった新事実。それは昭和天皇が敗戦直後の昭和20年9月4日、勅語で「平和国家の確立」を明らかにし、憲法改正の調査を命じていたことである。
さらに幣原喜重郎首相が戦争放棄をマッカーサーに提唱。GHQは戦力不保持の草案を作成する。しかし、GHQ草案の条文に「平和」の文字はなかった。では、どこから来たのかー。
番組では、近年、発掘された新たな資料をもとに、日本国憲法が誕生していく1年8か月を描く。


この番組の正当性やイデオロギー、WGIP(戦後直後の日本洗脳計画)については他の場所で吟味したい。

以下はあくまでも個人の感情を述べているだけで、イデオロギーや戦略とは何ら関係なく、むしろスピ的な話であることご留意ください。


上番組の主義主張はともかく引用された資料は本物であるのだろう。

番組で紹介された、今上天皇の小学六年時の書を見て感動を覚えた。
heiwakokka2_nhk.jpg
※画像は上記URLから引用

この画像をお守りにしたい……。涙

子供の頃に、『戦争をなくした邪馬台国の話』と『日本国憲法九条』を知って泣いた時の気持ちを改めて思い出した。

あの落雷に打たれたような衝撃と感動。
「こんな国があるのか。まさか、信じられない。奇跡だ」
と思った。
(邪馬台国も、現日本国も同様に)
次の瞬間、今自分が生きているのがまさにその国だと気付き嬉しくて泣いたのだった。

残念ながら邪馬台国の平和は短い間だった。
また現日本も事実上の軍隊を持つことで憲法を裏切っていることは残念だ。

ただ平和への理想を掲げ、短い期間であっても実行したこと(邪馬台国)、強い文言でその理想を言い切ったこと(日本国)は地上の奇跡と呼ぶに相応しい。


前に何度も書いている話だが、再度説明しておくと。

自分がここに生まれたのは邪馬台国という「平和国家」の存在を知り憧れたからだろうと思っている。

これはあくまでも自分がどう感じたかについての話で、邪馬台国の細かな事実を議論しているわけではないので、「邪馬台国には防人がいた」などといった勘違いのご指摘をなさらないように。

戦争のやまない国の住人、そして(記憶上は)戦争の中心ともなった自分にとって、
「平和主義の女王が内戦をやめさせたらしい」
「事実、戦争がなくなったらしい」
という噂は、その噂がファンタジーであったとしても衝撃を受けたはずだ。
当時の大陸人から見れば平和を実現した島国は、奇跡の理想郷に思えただろう。いや私の感覚としては確かに邪馬台国は理想郷だ。

かつて邪馬台国があった島で、「戦争を放棄する」という驚異の文言を持つ憲法が掲げられていることは、私個人には偶然ではなかった。
間違いなくこの文言に惹かれて生まれたのだ。
高次霊からの要望は未だに分からないのだが(笑)、私個人のリクエスト「邪馬台国が蘇ったかのような未来の地へ生まれたい」については叶ったものと思う。

だからこの人生、振り返ってみれば幸福だったと言える。
事実上の軍隊があり、他国の兵器の傘のもとで守られてのことだが、この地で平和を味わうことができて幸福だった。

無為に終わっても構わない。

何者かになって力を奮うよりも、平和で穏やかな生活を味わう人生のほうが遥かに貴重で有意義な時間だ。


こういうことを書くとまた「護憲者」と勘違いした方が責めて来るのだけどね。
「憲法を金科玉条として死守するバカ!」
「平和憲法で国を守れると思っている頭がお花畑」
と、どこからかコピーしてきた言葉で人を攻撃する。
為政者に調教され刷り込まれた言葉を繰り返して恥ずかしくないのだろうか?
それと脊髄反射で敵と見なした相手にキャンキャン吠えるのは愚かに見えるからやめたほうがいいですよ。

私は過去の法律を金科玉条として死守せよと叫ぶ人間ではない。
(法が有効である限りにおいては守らなければならないと思っているだけ、ごく当たり前な法的精神を持っている者。/さらに言えば法を守ることと、国家戦略とは別に議論すべき話。国家戦略が先で法は後。戦略議論後に確定し施行された法について、解釈のみ勝手に歪めることは許されない。皆さん議論をごちゃ混ぜにし過ぎ)
参照 ⇒「法治」とは何か。法の適用とリーガルマインド

確かに私は現憲法の文言が好きだ。前文も好きだし九条の文も愛している。
可能ならば改憲せずに済めば良いと願っていた。
だけど私のような一国民個人の感情と、戦略とは別だろう。
戦略と感情は分けて議論しなければならない。
戦略上、必要であれば、必要な限りでの改憲も有益だと思う。
(もちろん自民党草案は絶対に駄目。国民の人権を侵害する目的での改憲を許してはならない。九条で釣られて自分や家族の身を供物として捧げないよう注意)

ただこれだけは繰り返し強く言っておくと、外国人の目から見て日本国の憲法九条は「奇跡」であり、手出ししづらい理想である。
私が邪馬台国へ抱いた衝撃と同じように、今の日本の憲法九条を読んで衝撃に打たれている外国人は大勢いる。
自分が外国人だったという記憶を持つからこそ分かるのだが、外国人にとって今の日本の憲法は「感動で涙が止まらなくなる理想」だ。

理想の力を甘く見るべきではない。

たとえ改憲され、現九条が丸ごと削除されたとしてもあの文言は伝説として何千年も残るだろう。
昭和天皇と今上天皇は、平和主義を憲法に刻むことで人類に希望を残したと言える。
あの文言は、いずれ必ず人類を根底から変えると考えられる。

それだけ理想は強い力を持つ。
短期間の戦略よりも遥かに強い力で人類を導く力がある。
関連記事

吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


気に入っていただけたらシェアお願いします。要パスワード記事は引用しないでください(パスワードを貼るのも禁止です)
記事にして欲しいご質問あればこちらからどうぞ:★コンタクト

管理用 anriy3@gmail.com