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『我傍に立つ』その他で、私はよく「知識至上主義者」という言葉を使っている。批判的な意味で。

「知識至上主義者」とは筆者が子供の頃からよく使っている造語。単純に「物知り」の意味ではなく、現代で言えば偏差値や学歴だけを鼻にかけ、出世主義で虚栄心が強く、弱者を見下すような人のこと。

「知識至上主義者」は独自の言い回しなので分かりづらかったと思う。

それに批判ばかりで申し訳ない。

本音を言うと、いつも「インテリを嫌悪をする」などと書いてしまって反省している。

私は学問することや、読書することをとても良いことだと思う。
私自身、学問が好きだ。

だから学業に励む人を全否定しているわけではないのだ。

偏差値を気にしながら必死で勉強して有名大学へ入った人たちに関しては、その努力を認めるべきだと思っている。
勉強のために色々と我慢しなければならないことが多かったはず。他の子たちがゲームや夜遊びを楽しんでいるときに、独りでコツコツと勉強していたのだろう? その自己抑制力や、才能を私は心から尊敬している。
世間の人は秀才たちを「たかが勉強できるだけ。記憶力がいいだけ」と馬鹿にしているのだが、勉強ができることも努力の結果としての才能。
それはそれで、知識習得の専門技術として認めるべきだろう。

 前に書いた記事 ⇒公平とは個性を認めること。東大も一つの個性です

ただ、もし学歴を鼻にかけ、いわゆる「DQN」を見下して虐めているなら学問も無意味だったということになる。
出世だけが目的の人生を送っていて、出世した暁には弱者を踏みにじり見下して愉しむことを「志」だと思って誤っている。

謙虚であれ、と願う。

「上には上がいる」。これは事実。
その、「上」とはあなた方が「DQN」と呼ぶ低学歴の人たちの中にいることが多い。
もしも感性が退化していなければ、人間として自分よりも遥かに格上の相手を「DQN」の中に見つけてショックを受けることだろう。
自分が全人生を注いだ努力、勉強が人格を磨くには何の役にも立たなかった……この事実を知った時にどうするか?
相手を金や権力で潰そうとするか。
それとも、素直に相手の価値を認めて平伏するか。
ここで人間の価値が分かれる。

金や権力、知識には何の意味もないことを知るべきだ。
地上でどれほどうまく立ち回っても、人としての価値には何ら影響ない。
いや、何の影響もないどころか逆に堕落する。

地上でうまく立ち回ることだけ考えていると魂も退化する。さらに他人を蹴落とす卑しい行為に手を染めれば、魂は暗闇の底へ落ちるだろう。


2018/9/17 読みやすくするためリライト。具体的な大学名を出し、褒める文はカットしました 

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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