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あれから結局、家族がフジの27時間テレビを見ていたので耳に入って来て、少しだけ見た。

見たのは江戸時代の富士噴火のあたり。
噴火で埋もれた村の人々を救った偉人、『伊奈忠順(いな・ただのぶ)』の話に惹かれた。


私は、都合により『三国志』と関わり続けているので意外に思われるのだが、たいていの歴史創作ジャンルに興味が持てない。
もっと正直に言うと、東洋の歴史ジャンルが大嫌いである。
何故なら東洋で人気の歴史ジャンルは血なまぐさい時代の話ばかりだし、しかも捏造された英雄フィクションばかりで一切役に立たないから。
英雄フィクションで分かることは、創作した者の程度の低さ(価値観と視点の低レベルさ)だけだろう。
/もちろん私自身、かつて「血なまぐさい時代」の人間だったらしいが。だからこそ言う。

ただ、日本の隠れた偉人の話を聞くことだけは好きだ。
教科書にも載らず一般的に有名でもない日本の偉人たちは、とてつもなく優れた能力を持ち、人格が高潔で驚愕する。

たとえば上の伊奈忠順は、宝永の大噴火の際に小田原復興の任に就いた。
しかし幕府から与えられた資金は全体の十分の一。
とうてい足らず、復興は遅々として進まない。
火山灰が2メートル以上降り積もった村では人々は住む場所さえ失い、田畑は潰れて食物がなく、餓死寸前だった。
民の窮状を見て苦しんだ忠順は、ついに公文書偽造というルール違反?を犯して幕府の米蔵を開き民を救う。
忠順は四十歳の若さで死去しており、死因は不明だがルール違反の責任を取って自害したのだとも言われている。

美談の全てが真実ではないのかもしれない。ただ、優秀な人であったことは確かで、餓死しかけた人々を救ったことは史実。
世界中を見渡してもこんな優れた人物はなかなか存在しないというトップクラスの人材だと思う。

ところが何故か、日本の江戸時代以前にはこのクラスの真面目で高潔な人たちが頻繁に表れている。
あまりにも多いので当たり前となり、全国的に有名とならず地味な扱いを受けている気がする。

何故こういう、社会に役立つ仕事をした人が教科書に載っていないのだろう。
伊奈さんをフィクションで英雄として称える必要はないと思う。(価値が下げるので、英雄扱いはやめて欲しい)
ただせめてせめて、教科書には載せるべきだ。

むしろ戦国武将の話のほうが要らない。
血なまぐさい時代の「英雄」ばかり詳細に子供たちへ教えて、いったい何の意味があるんだ?

織田信長がどのような残虐行為をしたか、豊臣秀吉がどれだけ無実の女子供を殺したか説くなら、現代で独裁者の登場を防ぐために意味があるが。
そういう肝心な史実を伏せ、英雄を称える嘘の話ばかり子供に教えている。
だから独裁者を崇拝する、異常者・カルトたちが堂々と布教活動できるんだよ。

戦国時代の「英雄」たちなど、歴史の流れを作った人物として名前を載せ、さらっと経緯を辿るに留めていい。
教科書で詳しく教えなければならないのは伊奈のような優秀で高潔な人々のほうだ。

江戸時代の職人技術についてもっと詳しく教えるのも良いな。
政治の仕組みがどれだけ整っていたのかの具体的な話を教えるのも良い。

真面目に仕事をしていた高潔な人々のみを称える教育にすれば、独裁者を崇拝する人がいたとしても大きな声で言えなくなるので、少しはマシな社会になるのではと思う。



中国も同様。
リアルではない戦争時代の「英雄」たちの話など有害なだけだから消えるべきだ。

英雄中毒のフィクション・ジャンキーと、独裁者崇拝の異常性癖者をこれ以上増やさないで欲しい。
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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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