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現代政治の話から距離を置くために、古代へ目を逸らしてみる。

前にも触れたことのあるサイト『はじめての三国志』さんの記事、楽しく拝読していました。
気楽にコメントさせていただきます。

〔目次〕
「古代中国のコペルニクスは孔明~」という気になるタイトル
記事レビュー
フィクション、これは笑いのツボ
まとめと、現代人が占星術を信じる「コペルニクス」



■気になるタイトル


まずはこちらの記事からご紹介。
⇒『古代中国のコペルニクスは孔明だった?彼はなぜ天文学を学んだの?』

え、いつ天文学を学んだの?

そんな記録はなかったはずだけどなあ、どこにあったのかなと気になってクリックしてしまった。

引用
『三国志演義』に登場する諸葛孔明は地理天文に通じ、
星々の動きを見るだけで人間の運命や寿命まで読み当てたと描写されています。

……。
うん、やはり演義(フィクション)の話でした。笑

いくらフィクションのことでも、「コペルニクス」は言い過ぎだと思う。
古代東洋の緩い占星術を学んでいただけでは、とうてい西洋の天文学者には及ばない。
それに「コペルニクス」は、天地を引っくり返すほどの価値観の逆転をもたらすということの代名詞。
孔明にそんな功績はない。

かなりタイトルに偽りありです。

でも、引きのあるタイトルで、お上手だなと思った。参考になります。


■記事レビュー


上記事では古代中国の天文について詳しく調べてらっしゃって面白かった。
中国では紀元前二千年頃から占星術があったこと(と言っても西洋の占星術とは源流が異なるので注意)、日食を当てられず処刑された義氏と和氏の話など興味深い。

ただ中国の話をしていたはずが、急に西洋へ飛ぶので読者は混乱するかも。
『アンティキティラの機械』などを出されているが、これはギリシャの物。
古代中国の物だと勘違いしてしまう読者がいるのでは?

そもそも古代中国の占星術は、西洋と違ってそれほど細密なものではないので、あまり書くことがなかったのかもしれない。

もし漢代~三国時代の占星術ということで言及するなら、宿を用いた占星術になるかな。
27宿(または28宿)の「宿曜占星術」になるとバビロニア系インド由来なので中国オリジナルとは言えないが。

占星術よりも、暦を用いた五行系のほうが主流だし中国オリジナルだから、五行系について書かれたほうが良かったかもしれない。
『演義』で孔明のモデルとなった劉基は、推命占いの専門家だったはず。

それにしてもフィクションの『三国演義』では、戦略家たちは何故か星を見るものらしいね。
一般の人々には、占星術と推命占術の区別がつかないからか。
あるいは、五行も「星」のうちと考えられていたからか。


■笑いのツボ


このフィクションには笑った。
孔明は一計を案じ、司馬懿を地雷(現代でいう爆弾のようなもの)で爆殺しようとしますが、
折しも降りだした雨によってその火種が消えてしまい、みすみす司馬懿を取り逃がしてしまいます。
作戦に失敗したことを知った孔明は天を仰いで、
『ああ……天候ばかりは、この私でもどうすることもできない……』
と慨嘆しました。

風を起こす知識を持っているはずの孔明が、雨を予知できなかった……
ちょっと矛盾のある話ですよね?

おいおい、あなた風を呼べる能力があるんじゃないのか?(笑) と私でも突っ込みたくなってしまった。

本当に矛盾していますね。
このフィクションを作った人はなんと低スペックなのだろう。
現代の小説家や漫画家がこんな設定ミスをしたらすぐ炎上してしまうでしょう。

(まあ、『演義』はたくさんの民話を切り貼りして編集しているらしいので矛盾があっても仕方がないのかもしれない。それにしても編集時に誰かおかしいと思わなかったのか……)

『演義』をほとんど知らない私には、こういう話が面白い。


■まとめと、現代人が占星術を信じる「コペルニクス」


まとめ。
孔明が天文の知識を持って風を起こし、人の生死を予知したとするイメージは、そうした民衆の一般的な天文への知識、
あるいは関心が生み出したものだったに違いありません。

でしょうね。
それと、劉基のイメージが合わさったものと言えるでしょう。

肝心の諸葛亮は、職務に関しては現実主義だから占星術を持ち込むことはなかったはず。
「人心を掌握する」も何も、既にコントロール不能なほど権力が集中していたためその必要さえ無い。

日本のスーパー女神、卑弥呼さまこそ天文学を活かして人々をうまくまとめた天才リケジョだと私は思います。


最初の疑問に戻ると、
孔明は星占いなんてものに頼るような、あやふやな人間だったのだろうか?

そういう人間ではないでしょうね。たぶん。
占いを信じない人間だった、という意味ではなくて、そんな勇気も時間もなかったということ。
(もしも彼が前世の私と同程度に多忙であれば)

前も私はどこかで書いたと思うが、現実の戦争では現実に対処すべきことが山ほどあり、占いなど詳しく調べている暇は微塵もない。
そして通常、占いに頼るような勇気もない。

現実の戦闘が厳しい状況であればあるほど、あやふやなものに頼る勇気などないのであって。
忙しい時に占いに頼る人はよほど豪胆なタイプだけなのである。
そして諸葛亮は、おそらく豪胆なタイプではなかっただろう。

しかしこのことは占いを信じるかどうかとは別。

星を見れば人の寿命がわかるなんてありえない。
現代に生きる私たちは通常、常識的にそのように考えます。

ううん?

いや、現代に生きる私のほうがむしろ、占星術を信じるけどね(笑)。

現代人のほうがオカルトを信じるという。
これぞコペルニクス的展開。

何故に現代の私が占星術を信じているかというと、客観的な過去の事実として当たっていたからです。
西洋占星術は古代東洋の占いとは比べ物にならない。
むしろ今の占星術なら人の寿命が分かってしまうかもしれない、と私は思っている。決してそのような目的では使わないけど。


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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei
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