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異世界の相撲ネタに耐えられなくなった相方が録画を見だした。
耳に入ってきた話のなかで、私が気になったのは、『ホンマでっか!?』の一部。
私もたまにこの番組で興味のある話は眺めているのだけど、前にも書いたように学者さんたち(特に心理学者と脳科学者)が偏った暴言を吐いているので、驚くことがある。

〔目次〕
たこ焼き論争勃発、心理学者と脳科学者の変な断定
澤口発言の問題点
暴力容認に繋がりかねない発言
このような行為は傷害罪です。心の広さとは何か?
箸の持ち方云々の本来は、血統差別だから注意
この人たちこそ心が広く、賢い

※この記事では一部を除き、先生方や芸能人の方々の敬称を略しています


■たこ焼き論争勃発、心理学者と脳科学者の変な断定


2017/11/29放送『大泉洋vs評論家2時間ずっとバッチバチSP』で、
「たこ焼きは熱々で食べる派? 少し冷ましてから食べる派?」
というテーマがあった。
これ自体は罪のない、ほんわかムードの楽しい議題。

このテーマで、さんま を始めとする関西人は全員「熱々で食べる派」、大泉洋ほか関西以外出身者は全員「少し冷まして食べる派」に分かれた。

関西の人は小さい頃から熱々のたこ焼きを食べているので、当然だと思う。
ちなみに筆者も、東出身のため「少し冷まして食べる派」。さすがに固くなるまで冷ましては食べないが、火傷しない程度には待つ。

関西の人たちも無意識とは言え、食べ慣れているから平気なのだと自分たちで分かっているはず。それを彼らは少し誇りにも思っていて、関東人たちに自慢げに「熱いもの食べられないなんて信じられへん」と語る。関東人は驚愕して「絶対に嘘!」と言う。これもお約束のお笑い的な会話で微笑ましい。何もお互い本気で責め合っているわけではない。

熱い物を口に入れても火傷しないテクニックは幼い頃から訓練されないと身に付かないので、「猫舌な人」「猫舌ではない人」の二派に分かれる。
特に、たこ焼きは高度テクニックが要求されるらしく、普段は猫舌ではない人でも熱々のうちに食べるのは難しい。関西出身者以外は。
そんなことは常識であるし、現状データとして目の前にある二派の出身地域を見ただけでも一目瞭然なのだが。

しかし心理学者、植木理恵は
「熱いものが食べられない人は共感能力がなく、心が狭くて懐が浅いから」
だと断定。特に大泉洋に対し、「あなたは共感能力がなくて懐が浅い」と一方的な誹謗中傷を浴びせた。
続いて脳科学者の澤口俊之は
「熱いものが食べられるのは人間だけ。また、痛みを感じれば脳が刺激されて活性化される。熱々のたこ焼きを食べるのは痛みを感じるせっかくのチャンス。熱いうちに食べない人はこのチャンスを逃している。我慢して食べるべきだ」と言う。
さらに、「ただし注意しておくが65度以上の食べ物を飲み込むと咽頭癌になる。飲み込まなければ癌にならないから、飲み込まなければいいんです。(だから口の中が火傷するくらいの痛みをとことんまで感じ尽くすべき)」と付け加えた。

客観的なレポを上URLから引用しておく
大泉洋の議題は「たこ焼きを食べる時 熱々?冷ます?」。大泉洋は”冷ます派”、熱くて食べられないものが嫌いだと主張した。磯野貴理子や島崎和歌子らも同意見。一方で”熱々派”の小杉は冷めてからではわからない味があると主張。登場したたこ焼きを大泉が味わうと熱すぎてハフハフ、カレーも熱いのが苦手で冷ましてから味わうという。さんまによると、やけどする人は食べ方が下手だという。

専門家では澤口俊之先生と植木理恵先生が熱々派、牛窪恵が冷ます派。植木先生は大泉に対し「冷まして食べるのは、心が狭く共感能力がない」と指摘。


■澤口発言の問題点


特に短期間で問題が生じる可能性がある発言から先に指摘する。

>ただし注意しておくが65度以上の食べ物を飲み込むと喉頭癌になる。飲み込まなければ癌にならないから、飲み込まなければいいんです
――澤口という学者さんは口腔癌を知らないのか?

癌には「喉頭癌」だけではなく「口腔癌」がある。
口腔内の火傷、そしてその後の炎症が続くと発癌リスクを高めるので、「火傷するほどの熱さのものを口の中に含み痛みを感じるべき」ことを推奨するのはおかしい。
 参照 ⇒口の中の火傷でこんな恐ろしいことも! 知っておきたい対処法

 ※あくまでも火傷するほどの熱い食べ物を習慣的に口にし続けた場合。コーヒーお茶を飲む程度では癌になる可能性はさほど高くないが、澤口氏が推奨する「痛みを感じるためにあえて積極的に火傷するものを口に頬張り続ける」ことは超絶危険な自殺行為

そんな危険性の高い発癌行動をテレビで大々的に推奨するとは。
これはBPO審議レベルのミスだと思う。
(学者にも知識の穴はあるだろう。特に澤口氏は知らないことが多そう。ただ情報のプロであるテレビ局のスタッフは確認しないのか? 検索すればすぐに分かることだというのに)

■暴力容認に繋がりかねない発言


次に、植木氏。
「熱いものが食べられないのは共感能力がなく、心が狭いから」
については、日ごろ彼女が罵倒しているオカルトの話。
心の問題だけで火傷という物理現象がどうにかなると言うのか?
殴られて「痛い」と感じたり、皮膚が破けて血が出たり骨を折るのは、被害者の心が狭いから?

「心頭滅却すれば火もまた涼しい」とは。そんなのヨガを極めたマスター、ヨギだけに出来る技であって、修行したこともない一般人にはやはり自殺行為だ。
関西の方々も決して、心が広いから火傷を我慢しているわけではない。幼い頃からの訓練で火傷せずに食べる技術があるだけだ。

植木氏の発言は、実は澤口氏よりも根深くやっかいな危険性をはらむ。
痛みを訴えて泣いて、「やめてくれ」と叫ぶ人に対して、
「お前はこの痛みを受け入れられないのか。俺様がお前のためにサービスとして殴ってやっているのに。お前は、心が狭い!」
と言って殴り続ける。
これは、ありとあらゆる暴力を許容する論理で、サイコパスの発想だ。

「痛い」というのは主観的な感覚であり、加害者側が決めるものではない。
加害者側は「快楽サービスとして」のつもりで、「教育のため」だと思っていても(DVを行う者たちは必ず全員そのように主張するのだが)、「痛い」と感じているのは被害者でありケガをしているのは被害者だ。
幼児や女性を大の男が全力で殴り続け、サービスも何もないだろう。
「快楽サービス」
「教育」
という名目で殺されていった子供や女性がどれほどいることか。
世界中、植木氏のようなサイコパス側に立った論理がまかり通った場合に強者による弱者への暴力が際限なくなり、継続的な虐待が行われるようになる。

■このような行為は傷害罪です。心の広さとは何か?


次元を「たこ焼き」に戻す。
 1.熱い物が食べられない → こういう人は現に熱い物を食べると火傷してしまうからであって、心が狭いからではない
 2.熱い物を食べると火傷してしまう人に対し、調理者が「俺様がちょうどいい温度でサービスしているのに食べないお前は心が狭い!」と言って食べることを強要し、火傷を負わせる → これは暴力である
2の場合は、現に刑法で傷害罪が成立する。

現実には、たこ焼きを作る調理者は、食べる人が自分にとってちょうどいい温度で食べることを想定して提供している。
冷めてしまったものは熱々にすることができないが、熱々のものは食べる側で冷ますなどの調整が可能。だから、全ての客のニーズに応えるためには熱々で出すしかないだけのこと。
つまり食べる側の自己選択が可能な商品。
このため傷害罪は成立しないし、アメリカの変な裁判(マクドナルドのコーヒー裁判)のように店側に賠償責任が生じることもない。
これが「熱々で食べる」ことを強要する商品なら刑法で訴えられる可能性が出てくる。また、あちこちで賠償請求の裁判だらけになり、販売が禁止されることにもなるだろう。
(そのうちそうなってしまったら悲しい。植木氏のテレビでの発言は販売者を代弁した強要と受け取られる可能性があり、たこ焼き業者にもダメージを与える)

どのようなジャンルであっても、「私は苦手」「僕は平気」と言う人のどちらも許容するのが「心の広い」態度と言える。
心が狭いのは明らかに、「私は苦手」と言う人たちを排除しようとした植木氏側だ。
「熱いのが苦手」と言う人たちが少数派なら、多数派によるマイノリティ・ヘイトになってしまい、世界的に見ても批判が高まっている犯罪行為となる。

■箸の持ち方云々の本来は、血統差別だから注意


もう一つ、気になった話。

次に議論された
「正しい箸の持ち方が出来ない人を見ると引く? 引かない?」
というもの。

ちなみに、筆者は「箸の持ち方が変な人を見ても引かない」。
その程度のことは可愛いと思う。
私が引くのは、嫉妬心から他人の悪口をネットに書き込んだり、弱い者と見れば暴力を奮ったりするなどの人格に問題ある犯罪行動。それから怪しいセミナーへ出かけたり妙な健康法にはまったりなど、家族を危険に巻き込む行動。どちらも人格のことで表面の立ち居振る舞いなど、どうでもいい。
さすがに、中華街の店で中国人たちがテーブルを「皿」のように使っているのを見た時(こぼすどころかテーブルに食べ物を全部ばらまいて食べていた)は、引いたが。笑。現代中国の一部の人たちって箸が使えないのだな……と知った。古代中国で箸が発祥したはずなのに現代人が使えないとは悲しいが、現代中国人の習慣ならば仕方がない。ただ酷い不衛生だけは害があるので、勘弁して欲しい。
ここまでではなく少し箸を使うのが苦手な程度なら、「可愛いな」で終わり。
特に外国人が必死で箸を使おうとして変な持ち方になっているのは微笑ましい。何より異国に合わせようとするその努力を尊敬する。
「箸の持ち方が綺麗ではない人は嫌だ」、そんな小さいことを言っていたらこれから外国人を見るたび軽蔑することになる。我々はナイフとフォークがうまく使えないのだから、お互い様。

実際、
「箸の持ち方うんぬん」
で他人を判断するのは、古い時代の差別習慣なのだとご存知だろうか。

戦前の日本では、立ち居振る舞いや言葉の端々で人の出身階級を判断する習慣があった。
これは私の祖母(名家出身)から聞いた話だが、祖母世代の人たちは、他人が発した第一声だけで相手の出身家庭を見抜いていたらしい。
我々の世代ではこの訓練がされていないので、分からない。私も、もちろん分からない。しかし、祖母世代は何故か分かる。我々世代から見るとまるで超能力のよう。
これが、「人を見なりで判断するな」ということの真相。現実には着ているものではなくて、発音や立ち居振る舞いで階級を判断していたのだ。かつて我が国でも堂々と行われていた血統差別である。

「箸の持ち方がうんぬん」と言うのも、実はこの習慣の名残りだから、口にすると恥をかく
自分たちは正しい箸の持ち方を知っているから偉いと思っているのかもしれないが、実は無知を晒すことになるのだな。

そもそも、人の習慣や癖を見て、ただそれだけで「二度と会わない」などと言うこと自体が差別心だと私は思う。

若い俳優の志尊たちが
「箸の持ち方がうんぬん」
と言うのは、差別に気付いていないのだろうから仕方ないとは思う。
(箸の持ち方を訓練されている俳優さんならではか。あと、若い人はネットの差別主義者の発言をそれと知らずに鵜呑みにしていることもあるだろう)

しかしテレビに出ている一流学者さんが堂々と血統差別を推奨するのは、いかがなものか。
植木氏はここで、今度は
「箸の持ち方で引く人は心が狭くて、メンタルが強い。こういう人は鬱になりにくい」
と称賛して支持し出した。
つい数分前に、大泉洋を「心が狭いから人間としてダメ」と罵倒したのに!?
驚き過ぎて笑うこともできなかった。
なんという矛盾。
目の前のデータを無視するうえに、平気で矛盾したことを言う。しかも学者なのに古い差別であることをご存知ない。恥ずかしくないのだろうか。


■この人たちこそ心が広く、賢い


明石家さんまと、大泉洋は
「箸の持ち方が変な人を見ても、引かない」
と言った。
誰がどう見てもこちらの人のほうが、心が広い

過去の差別について知っていようがいまいが、無意識的に「他人の表面的な立ち居振る舞いだけで人格を判断しない」。
そして「他人の好みを尊重する」。
「マイノリティである自分たち(熱い食べ物は苦手)を許容して欲しい」と訴えるいっぽう、「熱い食べ物が大丈夫な人を完全否定」しているわけではない。さんまはその逆。
お互いに相手側の存在を知り、自分自身は同じようにできなくても認め合う。
むしろ同じようにできないから、尊敬する。
これこそ差別を遠ざける無意識的な発想では。

バラエティとは言え、人格攻撃に近い悪口を言われた大泉洋を気の毒に思う。
細かいことを気にして不平不満(ボヤキ)を口に出すことは多いけれども、他人の趣味嗜好は尊重し許容している。彼のような人を「賢い」と呼ぶのだと思うが。




いつもあの植木氏と澤口氏の発言は偏っており、目の前にいるデータさえ無視の詭弁ばかりで腹が立つが、今回は血統差別・暴力推奨・発癌行動推奨ということで問題が多過ぎだと思った。
この放送回はさすがにBPOで審議されるべきなのでは?

(残念ながら今回の放送回に含まれる危険性に気付く人は少ないと思うがね)

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●データを無視して思考停止することが、「学者」の条件であるらしい


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Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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