-
「占星術」や「流星群」の話から、がらりと世界観が変わりまして地味な歴史の話。
このブログではお馴染みとなった人物の話ですが、今回は「なりきり設定」を排して100%現筆者の考えを書きます。

長文です。目次ご活用ください。

〔目次〕
後世評価の引用と、久しぶりの陳寿評に思うこと
軍事的な議論、奇策は是か非か?
警告。現代中国の「諸葛亮評価」、日本人はこの変化に警戒せよ
おまけの話 発明品について
関連記事

shokusi.png

■後世評価の引用と、久しぶりの陳寿評に思うこと


リライト記事で引用追加するため、久しぶりにウィキペディアの「諸葛亮」項を覗いたところずいぶん改良されていて驚きました。
長いことフィクションの知識しか書き込まれない、幼稚で劣悪なページだったのが数年でここまで改良されるとは。
特に後世の評についてはここまで網羅されている場を見たことがない。私も知らない文が多く、勉強になりました。感謝。

 →引用させていただいた“後世評価”

陳寿の評価についてはよく知っているつもりでいたものの、先日改めて読み直したところ昔よりも深い感銘を受けました。
私自身が大人になったからなのか。
(自分の卑近な出来事に投影して)身につまされるものがあります。

陳寿評の日本語訳、全文こちらにも転載。
 諸葛亮は相国(大臣)になると、人民に安居楽業を保証し(国民に安心の暮らしを保証し)、礼法や規律を明確にし(規則などをはっきりと示した)、官吏の権限・職責を規定し、主君の裁断に従って、誠心を披瀝し、公正な政治を行った。
 忠義をつくして人民の利益をはかった者には、意見の対立した者でも厚く賞し、法度(法律規則)にそむき職責に怠慢な者は、親族であってもかならず処罰した。進んで罪を認め反省した者は重罪であってもかならず許し、言葉巧みに言い逃れようとする者は軽罪でもかならず処刑した。善行には些細なことでも顕彰しないことはなく、悪行には微小なことでも処分しないことはなかった。各種の事務に精通し、日常業務の基本を掌握し、言行一致を要求して、虚偽の言行をなす者とは同席しようとしなかった。
 かくて、蜀の国内では、みながかれを敬愛し、厳格な政治が行われたにもかかわらずこれを恨む者がなかったのは、かれの配慮が公平で、賞罰が厳正だったからである。かれこそはまことに政治の本質を理解していた人材で、管仲・蕭何に匹敵する者といえよう。
 しかし、連年、蜀の軍勢を動員しながら、ついに目的を達成することができなかったのは、おそらく臨機応変の戦略戦術に長じていなかったからではあるまいか。
『正史蜀書/三国志英傑伝3』徳間書店「中国の思想」同行委員会訳より、()内は筆者が補足

~以下、語尾を常体に変えて書きます~

>おそらく臨機応変の戦略戦術に長じていなかったからではあるまいか。
の箇所に私はいつも感動してしまう。
若い頃にこれを読んだ時も思ったが、やはり奇跡的に誠実で素晴らしい歴史家と思う。

「言いにくいことを言う」
「本当のことを言う」
簡単なことのようだけど実行できる人がどれほどいるか?
まして言ってしまえば自分が責められることが分かっているのに。
こういう誠実を貫ける人は稀有。現代で、職務に対する誠実を貫ける歴史学者や政治家はほとんどいないのでは。

また最近読み直して感慨深く思ったのは、以下の箇所。
>忠義をつくして人民の利益をはかった者には、意見の対立した者でも厚く賞し……言行一致を要求して、虚偽の言行をなす者とは同席しようとしなかった。

短いのに意外と細かく具体的な表記だったことに驚く。
こんな細かいことまで調査されていたのか。
おそらくこれは事実。陳寿は、生存している諸葛亮を直接知る人たちに深く訊いて調査したのだなと分かる。

それにしても、
>言行一致を要求して、虚偽の言行をなす者とは同席しようとしなかった
>言葉巧みに言い逃れようとする者は軽罪でもかならず処刑した。
の記録……、彼の周囲の人々は怖かったろうなと想像する。
(私の個人的な話で恐縮だけど、スピラーによるドラゴンヘッド解釈『蟹座』項を思い出して身につまされた)

>進んで罪を認め反省した者は重罪であってもかならず許し、
私は、それは当然と思う。

反省して謝りさえすれば赦すのは当たり前だと思うが(自己中心的な殺人などの凶悪犯を除く)、現実には謝ることこそできない人が多いね。
現代人、女性は特に「どんなに悪いことをしても自分は絶対に謝らない」という主義の人が多い。
彼女たちは悪事が事実であっても「事実を指摘する相手が悪」と心から思っていて、指摘されて自分自身の感情を傷付けられたことをひたすら怒るのみ。(私の言い方がキツイのでその点を怒る人は正しいし、深く反省しているが)
この種の人たちには志も道義も理解できない。善悪の基準は、「相手が自分に対してどう接したか」ということ。相手が自分に愛想を振りまけば「善」、不愛想でメール返信も遅ければ「悪」とみなす。相手が自分の悪い行いを指摘するなどもってのほか、最大級の「悪」であり裏切り行為なので、指摘した相手が全面的に悪くなる。謝罪することはもちろん絶対にあり得ないし、反省もしない。そのことが原因で別れても一方的に相手を非難し怨みを持ち続ける。場合によっては、実力行使でネット上に悪口を書き込むなどの犯罪に及ぶ。
どうして反省という基本的なことができないのか、どうして悪いことをして謝ることすらできないのか、私には全く理解できなくて混乱する。
諸葛亮も同じと思う。彼がもし女性集団のなかにいたら、怨みの集中砲火を浴びてすぐに失脚したのでは。

あるいは、我がままな独裁者のもとでも同様か。
たとえば劉基(1311-1375年)の主人、朱元璋のもとなら諸葛亮は一日で粛清されている。まあ、ああいうタイプの主人のもとでは一秒たりとも呼吸したくないと思うだろうけれども。
幸運にも心の広い高潔な人格を持つ主人のもとだったから生きていられたのだろう。
つくづく劉基の不幸を気の毒に思うし、苦しみの人生を乗り越えた彼を立派だったと思う。

「正当な倫理観で裁断していい」
「ストレートに物を言っていい」
のは圧倒の権力を持つ者か、広い心を持つ大人に愛され守られている者だけで、多くの人はそうはいかないので「相手の感情を傷付けない、波風立てない物の言い方を心得ている」はず。
諸葛亮にはそういうことを学ぶ機会がなかったのだと思う。
もちろん生まれつき、「正当なことを言って・やって何が悪い」と思っているタイプなので表現を学ぶ気もさらさらないと言うか。
(確かにロボットっぽいな……。ネットで「アスペルガー」と書かれていそう。たぶん、彼はアスペではないが)

ただ結果、

>厳格な政治が行われたにもかかわらずこれを恨む者がなかったのは、かれの配慮が公平で、賞罰が厳正だったから

ということになったのは、当時の人々もまた「公平」を理解できるほど人間が出来ていた、人類の格が高かったということなのだろう。
現代はまず何が「公平」なのかが分からない人が多い。
この時代に正当なことをやり、評価されることは不可能と思う。「道義」という言葉さえ理解できない人が圧倒で多いのだから。

私は、正当な行いや公平さを称賛した当時の民のほうを心から尊敬する。
正しいことが行われる社会になるかどうかはやはり、為政者の資質だけではなく一般庶民の質にかかっている。


■軍事的な議論、奇策は是か非か?


軍事のことについて、少しだけ雑談を書いておく。
あくまでも現代では「素人の戯言」ということになる点、承知して欲しいのだけど、おそらく今この時点にも関わる危険についての話。
諸葛亮が奇策を用いなかったことについては、「古来より兵を出して奇計を使わず危険を冒さず成功した者などいない。諸葛孔明の用兵は奇計を使えなかった所に欠点がある。…孔明に功を挙げられないのは、そもそも予想がつくことであり、仲達を必要とすることもない」(王志堅『読史商語』)など批判する意見もある
「リスクを採らない」態度を批判するのは妥当。
彼が「奇計が苦手だった」ということも事実と思う。
ただ「奇策を使うのは当然」との考えは間違っている。このことは後で書く。

先に陳寿の「臨機応変の戦略戦術に長じていなかった」について。
そもそも諸葛亮は長期の国家戦略を担当していた軍師将軍(軍師府の長=防衛省トップ/内勤)であり、戦闘現場で指揮をする将軍とは別物。
北伐の時も大軍を指揮して出兵しているがそれは「総司令官」と言うべき立場であって、各戦場で軍隊を直接に動かしたわけではない。
とは言え総司令官は国家内で待つ戦略家より現場に近いのだけど、「臨機応変の軍隊指揮」が可能かどうかと言うと難しい。総司令官が控える場所と現場とのタイムラグは、戦場を知らない人や、現代人には想像が及ばないほど大きい(長い)ことを考えるべき。
(つまり、一度作戦を出したら総司令官にはほぼ変更不可能ということ。無線や電話のない時代である、想像力を使ってください)

なお陳寿の指摘は戦場でのことを言っているのではなく、暗に全体政策のことを言っているのだと思う。だから妥当と言った。
仮に「諸葛亮は天才戦略家と呼ばれたくせに、実は現場での指揮が苦手だったんじゃない?」という意味の揶揄だったのだとしても、それは全く正しい指摘だ。諸葛亮に現場指揮をやらせたら上手ではなかっただろう。経験がないのだから。
事実を言って何の問題があるだろう。
裴注所引『袁子』:「諸葛亮は基本を守る人間で、状況の変化に対応するのは得意ではなかった。だから不得手な面(状況の変化に対応する事)で無理をしなかったのである。不得手な点を知って無理をしない事こそ賢者の偉大なところである」
全くその通り。後半の苦しい擁護はどうかと思うが。
奇策にしろ何にしろ、戦争で「無理をしない」というのは基本。
そもそも全体の国家戦略においても、「無理をしない」ということが他の全てに優る大前提。

ここで冒頭の
>諸葛孔明の用兵は奇計を使えなかった所に欠点がある。
へ戻ってその思想の危険性を書く。

奇策は原則、禁忌。
戦場デビューしたばかりの素人将軍ではあるまいし、「奇策を使って当然」などと言う戦略家は世界中のどこを探しても存在しないと思う。
もしそんな戦略家や政治家がいたら、資質に問題があると言えるだろう。

奇策は可能な限り避けなければならない。
それしか手がないという状況に追い込まれた究極の場面なら、最終手段としてハイリスクな奇策を選ぶのもやむを得ないが、他の手段があるときに奇策を優先することは絶対にあり得ない。

私は今、軍事の素人だが。
これは素人でも分かるレベルの話。こんなことは世界人類の共通認識、常識だと思っていた。
だから「奇策を使って当然」と言うのは、私には異次元の発想

あと私は無知なのでよく分からないのだが……「奇策信奉」という信仰心は、東洋人なら普通に持つものなのか? 
激しく理解に苦しんだし、恐ろしいファンタジー依存だと思った。
東洋にこんな発想をする人々が多かったのだとしたら、西洋の現実主義・合理主義に絶対勝てるわけがない。

王志堅という人がいつの時代の人か知らないが、第二次大戦のドイツ軍や、太平洋戦争の日本軍の動きを見て欲しい。
短期戦闘ならともかく、長期に大軍を動かす戦争で奇策は自殺行為だと分かるだろう。日本人として言いたくはないが、奇策に頼った日本軍の悲劇的結末が如実に表しているように。

逆に長期の本格戦争(一戦闘ではなくトータルな戦争)において、奇策を用いて最終勝利した例があれば教えて欲しいな。

もし、どうしても奇策を使わざるを得ないのだとしても、戦争初期に使うのはあり得ないと思う。
戦争初期で大量に軍事力を浪費する奇策を選べば敗戦は目に見えている。
また、先に奇策を使えば手の内を見せることになるので後半には使えなくなる。後半、どれほど追い込まれても奥の手が既に無いというのは、絶望だろう。

そんなお粗末な戦争はヒトラーなどの素人が行うもの。
山本五十六は玄人だが、「勝利不可能」と進言したにも関わらず「やれ」と言われたので、短期決戦で講和に持ち込むという針の穴のような可能性に賭けた。絶体絶命に近い状況のなか、ギャンブルを選ぶのはやむを得なかったと言える。

でも私は、人の命をギャンブルで賭けてはならないと思うね。人格的に好きな五十六さんを責めるのは辛いけど。
戦争だから綺麗ごとばかり言えないのは分かっている。
だけど、軽々しく「人の命を賭けてリスクを採れ」と言うべきではない。

若い兵士の命をベットする――あまりに高くつく賭け事だ。
「諸葛公はリスクが大きい計略だから用いなかったのではない。大義を標榜した出兵だったから策謀や詭計を用いなかったのだ」(洪邁『容斎随筆』
これは擁護しているらしいのだけど、同じ「奇策を用いて当然」という発想がある時点でどうかと思う。

>大義を標榜した出兵だったから
いや、全く違うな……。的外れ。
単純に軍事上の計算で合理だからでしょう。常識。
上に書いた通り、長期戦で奇策リスクを採ることは自殺行為というだけ。わざわざ自殺行為を選ぶ意味が分からない。

軍隊が最低限の道義を守るのも当然のこと。
それは「大義を標ぼうした出兵」の場合だけではなく、全ての戦闘において常識だと思う。

もし道義に反することをすれば通りの住民の反感を買い、まともに行軍することさえできない。
地元住民に極力迷惑をかけないことは当たり前。まして、略奪など、僅かもあってはならないこと。それは人道主義からも当然のことだが、見えない軍事力の総合計算でも妥当で合理に適う。
これが「本来、道理と合理は完全一致する」ということの意味。
現代の軍隊が道義を守らず地元住民の反感を買い、敗戦したうえ後々までテロの憂き目に遭い続けているのは、「見えない軍事力」が本当に見えていなくて完全無視してしまうからだろう。

たぶん、これら後世の「諸葛亮批判」の文は戦略家が書いているのではなくて、歴史家や文学者が書いたものだと思う。このような素人さん方に対し、「軍事の常識も知らないのか」と言うのは酷なのかもしれない。(そう言う私も素人のはずなのだが。笑)

だとしても。
いったい東洋の人たちは何故にそれほど「奇策」にこだわり、「奇策で勝てる」という幻想にしがみつくのだろう? 
理解が及ばない。誰か、我々外国人にも分かるように翻訳してくれ。
(ああ、自分も東洋人だった。異次元過ぎてうっかり忘れてしまうところだった)

ところで、現代中国はとうにこの「奇策信奉」の幻想から脱しているように私には思える。
清代の西欧に凌辱された経験や第二次大戦、文革と飢餓……これらの凄惨な艱難辛苦を経て、現代中国人には現実主義が養われている。
特に、習近平など悲惨な時代を知るトップは圧倒で賢く、徹底した現実主義だ。

習氏は、平和ボケの日本人が想像も及ばないほど賢い人だと私は思う。日本人で対抗できる知力を持つのは徳川家康くらいか。
それ故に恐怖も覚える。
彼がどこまで道義というものに誠実な人間かが分からない。今のところはいかにも共産国家トップらしい非人道ぶりを見せているが、世界を制する権力を握ったとき、どう変貌するか。本物の「人民ファースト」へ変わるのか、それともさらに非人道的な虐殺を堂々と始めるか。
日本人は徹底的に習氏と中国を警戒すべきだ。まあ、今さら無理だろうけど。

こうして中国はファンタジーを棄てた。
だから今の時代において、「奇策信奉」のファンタジー異次元に取り残されているのは世界でただ一国、この日本国のみ。
絶望的状況と思う。


■警告。現代中国の「諸葛亮評価」、日本人はこの変化に警戒せよ


以下の話は私も今回初めて知って驚いている。
中国文学翻訳家の土屋文子が、『歴史読本 1993年4月号』(新人物往来社)の「現代中国の諸葛孔明批判」[11]で発表したところによれば「文化大革命が終了した後の1980年代前半は、中国の史学研究がいわゆる儒教闘争史の頚木から解放され、著しく活性化した時期であった」「諸葛亮個人に関するものに限ってみても、1980年から1985年までの5年間に全国でおよそ150篇にものぼる論文が発表されているが、これは文革以前の17年間における累計の約3倍に相当する数字である」。このことから、これを「『諸葛亮研究史における繁栄と収穫の時期』であったといってよいだろう」とし、「80年代に入って発表された論文の中には、これまでは諸葛亮の功績として評価されてきた事項に、新たな疑問と批判を投げかける、いわば諸葛亮否定論といった風潮が生じている」と指摘

どなたか中国のこの変化の真意を理解できる方、いる?

「自分は諸葛亮が大嫌いなので嬉しい流れ! 現代中国LOVE!!」
などと単純に喜ぶ日本人がいたら、平和ボケもいい加減にしろよと思う。日本を滅ぼす気か。
(ネットのアンチ蜀はたいていここまで単純な鵜だが。そもそも工作員に洗脳されていることにも気付かないのか)

---以下、あるマンガ原作者の国籍について言及していたが、人権問題となる可能性があるため該当の文言をカットする---

政治的悪意に満ちた嘘だらけのフィクションにあっけなく洗脳された日本の民。
自分だけ愚かなら構わないけど、家族や他の日本人を巻き込み、現実の危険に晒す行為はやめてくれ。

ヘイト的なことを書きたくはないのだが、事実として中国は創作で他国民を洗脳すべく動いている。
『三国志』はかっこうの素材だったのだろう。日本でお馴染み(90年代初期は若者に全く知られていなかったが、コーエイのゲーム発売以降は浸透した)だったから。

『蒼天航路』の源流に、上ウィキペディアに書かれた中国「諸葛亮批判」がある。
なにもあの中国人たちは歴史に興味があって、趣味として歴史人物について楽しく語り合っていたわけではない。
あれは明白に国家政策としてやられていたこと。
「こうした批判的風潮は、何もいたずらに諸葛亮をおとしめるために起こったものではなく、論者たちはこのような過激な手法を手がかりとして、諸葛亮に対する従来の一方的な賛美から脱却し、新たなアプローチを試みているのである」との見解を提示している。
完全に平和ボケだね。よくここまで温かい目でファシズム国家を眺めることができるな。
中国は自由な国ではないのだから、純粋に文化的かつ正当な歴史議論などが浮上するはずがない。

ちょうど1990年代初頭、私も資料を漁っていた頃だったが、劉なんとかという歴史学者が中国で「三顧の礼ストーリーは誤り。先に訪問したのは劉備ではなく、諸葛亮のほう」という論文を発表したところ中国学会にこの議論を否定されたうえ、以降論じることを禁じられた。論文もそれに関わる創作も刊行することができなかったという。(私が思うに、樊城での出来事が事実という推測は正解だったのだが。「三顧の礼はなかった」とする箇所のみ違う)
この通り共産政権下では、政治と無縁なはずの文化活動である歴史議論さえ権力がコントロールしている。
そんな国で自由な歴史議論が行われるわけないだろう。
中国で文化的な議論が行われる時は全て国家権力が関わっていると思って間違いない。


本項冒頭の話
>どなたか中国のこの変化の真意を理解できる方、いる?
――この問い、回答が分からない方のために答えを書いておく。

中国共産党が何を目的として蜀批判をしているのか明らかにすると、ひとえに曹操の地位を引き上げるためだろう。
つまり翻訳すると、
曹操=独裁政権=中国共産党
の評価を引き上げ、党による圧政を正当化するため。

現実どうだったかはさておきフィクションの『三国演義』は、
曹操:圧倒権力 VS 劉備:抵抗者 
という構図を描いた物語である。

当然ながらこれを現代に当てはめたとき、中国共産党あるいは毛沢東は曹操、一般民衆や革命リーダーは劉備に投影される。
そのため共産党は意図的な蜀批判を始め、従来は「悪」とされていた曹操を持ち上げることにした。
一般民衆を操るにはイメージによって精神を支配することが何よりも有効だと知っているからだ。創作イメージが深く民衆の精神に浸透し、いずれ社会まで変えることを中国人は経験上熟知している。

そのような創作コントロール工作の矢先、1989年に革命の嵐が吹いた。
『三国演義』を知る党の年寄りたちは、学生たちに劉備の影を見て震えあがったのではないだろうか? これは偶然だが、革命リーダーとして象徴的な人物は「劉あかつき・なみ」という名だったし。※
ああいう革命を二度と起こしてはならない、と思った共産党は蜀批判を強めたはずだ。
さらに、世界中から殺到していた批判を和らげるため、「学生を戦車で踏み潰したのは完全に正当なことですよ」というメッセージを世界へ向けて配信することにした。
まずは、文化の近い日本から。
「曹操様は偉大な人物。その素晴らしく偉大な人物が無辜の民を虐殺したことは、正当なことで称賛されるべき行いだ。(=我々共産党が学生を殺したのも、完全に正当で偉大な行いなのである)」

『三国志』を知らない西洋へ向けては、映画『HERO』を提供した。
書物を焼き、恐怖政治を敷いた始皇帝の行いはまさに中国共産党そのもの。
そんな始皇帝のイメージを引き上げ、虐殺をも「天下統一、平和のために称賛されるべき正義」と宣伝し、共産党を正当化しようとしたのだろう。
むろん現代西洋人はそれほどバカではないから、世界中から再び批判殺到しただけだったが。
鵜呑みにして「始皇帝って、素晴らしい人。始皇帝ばんざい!」と拍手喝采を送っていたのは、やはり平和ボケの愚かな日本人だけ。……恥ずかしい。

(ジョン・ウーの心は西洋人のようなものだし、自費を投じて映画製作したことでも分かる通り、『レッドクリフ』は共産党の流れに入らない。創作としては残念な作品だったが。レッドクリフ感想

以前、うちのサイトへ通い、長いこと私へ絡んでいたW氏という自称年配の方が、
「現代中国では曹操も始皇帝も再評価され、称賛されていますよ。だからあなたも独裁政権が悪だという思い込みをやめるべきでは?」
と仰っていた。
失礼ながら……なんと愚かなのだろう、と思った。
年配者という自称年齢が嘘ではないなら、年を重ねているのに情報を鵜呑みにする姿勢に絶望を覚える。
中国共産党の言うことを何故そこまで好意的に受け止め、信じて鵜呑みにできるのか。いったい、どうしてそれほど危機感がないのか。
(いっぽうでこの方は安部首相を崇拝しており、右寄りだとご自分では思ってらっしゃる。どうやら、同じ独裁的リーダーというだけのことで、単純に曹操も安倍首相も同一視して尊敬しているらしいのだが。いったい、こういう人々は日本列島を守りたいのか、それとも共産党へ献上品として差し出したいのかどちらなのだろう?)

売国奴は工作員や左翼とは限らない、むしろ無知で愚かな一般民のほうが真正の売国奴と思う。


私も世間が「諸葛亮に対する従来の一方的な賛美から脱却」するのは大歓迎しているし、自分自身、彼の評価を引き下げようと必死でいる者。
私自身が彼を賛美した瞬間は一瞬たりともない。共鳴しているため、当たり前かもしれないが。

ただ、国家権力の政治的思惑で嘘の誹謗中傷をばらまき、歴史人物を貶めるのは絶対に間違っている。
まして国民の文化的な精神に関わる創作をコントロールし、政治利用するのは最も汚い犯罪だ。

現代中国人は、毛沢東についてこそ十億の批判論文を書くべき。
巻き込まれて勝手に政治利用されている過去の歴史人物は、いい迷惑である。静かに眠っていたいだけなのに、いつまで騒ぎに巻き込まれなければならないのか? (と思っているだろう)


一見、楽しい歴史議論のようだが、残念ながらこれは今ここにある戦争の話である。
精神を侵略しようとする国家間戦争は、既に始まっている。
九条議論に耽溺しているうちに、日本人は肝心の精神を侵略されつつある。

今さら遅いかもしれないが早く目を覚ましたほうがいい。
中国共産党を賛美する洗脳テキスト、『蒼天航路』を棄てよ。
右翼新聞も左翼新聞も解約しろ。
自分自身の純粋な心に適う創作、文化に目覚めて欲しい。


※当該国の検索避けを回避するため、人物名を日本読みで表記しています。漢字表記してください。まあ、1989年の革命などと書いている時点で駄目かもしれませんが。



■おまけの話 発明品について


ついでに。肩の力を抜いた緩い話を追加しておく。

「諸葛亮には創造性があった」という評価があり、こんな発明品をしたとの記録もある。
諸葛亮は発明家でもあり、以下のようなものが諸葛亮の発明であるとされる[要出典]。『三国志』諸葛亮伝にも、諸葛亮は連発式の弩(元戎)・木牛・流馬を開発したと記されている。

晋時代に普及した筒袖鎧
連発式の弩を工夫した元戎(『魏氏春秋』によれば、この弩は十本の矢を同時に発射することができた)
一説に一輪車(猫車)の起源とされる木牛
一説に四輪車と言われる流馬
駐留時栽培させた諸葛菜(蕪)
織物の技術を南蛮民に伝えた諸葛錦
字を知らない民の教育に使用した紙芝居
おもちゃの孔明鎖
孔明灯(現在雲南地方にて諸葛亮発明と伝わる)

はっきりした記録もないことだし、私にはその一つ一つが本当に孔明の発明かどうか分からないのでスルーしてしまった。
概ね、民衆による作り話だと思うけどね。笑
今だったらパブリシティ権侵害となる、彼の名を勝手に看板へ掲げて売る商法もさんざん行われたはず。
占いのジャンルを眺めていると明らかなパブ侵が散見され、笑ってしまうことが多い。

何を根拠に「作り話」と言うのかというと、彼には発明などしているほどの時間がなかったから。
生涯ニートだったのではあるまいし。
53年という短い人生で、しかも殺人的に多忙だったのに、あれほどたくさんの発明を一からしている時間はないでしょう。考えれば分かることかと。

ただ、性格タイプとして「創造性があった」ことは事実だと思うので、武具のオリジナルな改良はいつも行っていたのではないかと思う。

既にある武具の改良くらいなら出来る時間はあったはず。
またおそらく、そういうことが好きだっただろう。
推測で出した出生ホロスコープを見ても、これは自分なりの改良が好きな性格タイプだろうと分かる。




お願い: 地味な記事のため検索上位に入ることはないと思います。
この記事内容を気に入っていただけたらシェアご協力お願い致します。


よろしければこちらもお読みください。関連記事です。
●韋皋という「孔明の生まれ変わり」 (弾圧を称賛するため「生まれ変わり」まで利用する中国。これは本気で許せない)
●『泣き虫弱虫 諸葛孔明』感想 (なりきり設定)
関連記事
吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
気に入っていただけたらシェアお気軽に。要パスワード記事は引用しないでください(パスワードを貼るのも禁止です)
記事リクエストはこちらから:★コンタクト

管理用 anriy3@gmail.com