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今日は停電する可能性もあるらしい。データが飛ぶ可能性があるから会計の打ち込みは中止。

たまたま目に留まった記事を投稿しておきます。今月4日、27歳で亡くなった女性の手紙。
http://www.shunya-hitomi.com/entry/2018/01/10/113310より、日本語訳を引用させていただきます。
私もいつか歳を重ね、シワができ、白髪になることを想像していました。
他の多くの人がそう考えるように、たくさんの子どもに囲まれ
愛に溢れた家庭を築くことをいつも考えていました。
しかし人生は儚く、貴重で、予想できないものです。
毎日を生きることは、与えられた権利ではなく贈り物なのです。

些細なことには寛大でいてください。
もちろんイライラすることはあると思いますが、引きずらないでください。
そのようなことで、周り人々の人生に悪い影響を与えないようにしてください。
イライラしてしまう時は外に出て深呼吸をして、新鮮なオーストラリアの空気を
胸いっぱいに吸い込んで下さい。
そして空の青さを、木々の緑を見てください。それらはとても美しいものです。
考えてみてください。
呼吸ができること、その素晴らしさを。

もしかしたら今日、渋滞につかまってしまったかもしれませんね。
あなたの愛おしい赤ちゃんが泣きわめくせいで、よく眠れなかったかもしれません。
美容師があなたの髪を短く切りすぎたかもしれないし
変えたばかりのネイルが欠けていたかもしれません。
自分の容姿が気に入らない人もいるかもしれません。

しかしそれらのことは些細なことです。
あなたが人生の終わりを迎える時、そんなことは考えないと断言できます。
人生全体で見れば、これらのことは本当にどうでもいいことです。
私の身体は日を追うごとに、どんどん痩せ細っていきますが
私の願いは、もう一度だけ家族と誕生日を過ごしたい
もう一度だけクリスマスを迎えたい
もう一度だけパートナーと過ごしたい
それだけです。
たったもう一度だけでいいから。

自分のためにお金を使う際は、モノではなく経験に使いましょう。
ビーチに行って足を水につけ、つま先で砂を掘り、顔を海水につけてください。
自然を感じてください。
携帯の画面ばかり見るのではなく、ただその瞬間を楽しむようにしてください。
人生とは画面を通して生きることではないし、完璧な写真を撮ることでもありません。
大切な人との血の通う時間を大切にしてください。

生きるために働いてください、働くために生きてはいけません。
心が幸せに感じることをしてください。
ケーキだって食べていいのです。何の罪悪感もありません。
やりたくないことには、やりたくないと言いましょう。
他の人が考える理想の人生にプレッシャーを感じなくても大丈夫です。
平凡な人生を望んでも全く構いません。
愛する人に、毎日愛を込めて、愛していると伝えましょう。

そして覚えていてください。
もし何かが、あなたを惨めな気持ちにさせているなら
ーそれが仕事や恋愛など何であれ
あなたにはそれを変える力があります。
変える勇気をもって下さい。
この地球であとどれくらい生きられるか分からないのだから
そのようなことで時間を無駄にしてはいけません。
多くの人が同じことを言っていますが、これ以上の真実はないと思います。

素晴らしく真実だったので、多めに引用してしまった。

私が特に好きで真実だと思うのは
「生きるために働いてください、働くために生きてはいけません。」
「やりたくないことには、やりたくないと言いましょう。」
「他の人が考える理想の人生にプレッシャーを感じなくても大丈夫です。」
「平凡な人生を望んでも全く構いません。」

という箇所。
その通り、誰かの真似をしてやりたくもないことをやらなくてもいいし、平凡な人生を望んでもいい。
十人いれば十通りの生き方があります。

これが東洋系の占いだと、「金持ちになって有名になる」ことだけを成功と呼び、それ以外の人生は「駄目」だと決めつけてしまわれるわけです。
現代は、この東洋系占いと似ています。
「金儲けしなければならない」「出世しなければならない」という価値観に支配されていて、その価値観からはずれた人は「駄目人間」の烙印を押されて排除される。
ウザいですね、そういう画一的な価値観を押し付けられるの。
そんな烙印など全くの嘘なので、自分の目指す生き方を選べばいいだけです。

ただ、――究極の真実を述べてしまうと、実は「回り道」してもいいんです。

渋滞につかまったり、つまらない仕事に時間を費やしてしまったり、やるべきではない面倒ごとに巻き込まれたり。
そんな時、
「私の短い人生の時間を潰されてしまった! 時間を返せ!!」
などと怒り狂う必要はありません。
その「無駄なこと」に時間を潰された経験さえも実は貴重だったと後で気付くはず。
(「無駄な時間はない」と言うのも嘘で、無駄な時間はあります。その無駄なことに時間を潰された、という経験が必要だということです)

「一分一秒漏らさず、全ての時間を有意義に使った」と思える人生など、ありますか。
どれほどの成功者で、一秒何億と稼ぐセレブリティであっても、死の間際に「無駄なことに費やしてしまった」と思う時間を思い浮かべて悔しいと歯噛みするでしょう。

だから本当は、残り時間を数える必要すらない、と思いますよ。
なんだか彼女と反対のことを言っているようで申し訳ないですが、たぶん同じことを言っています。
健康なときは理解できないかもしれません。

健康な人が上のような言葉を目にしたとき、残り時間は短いのだからと焦って欲望を貪ろうとするはず。
たとえば、
「心が幸せに感じることをしてください。
ケーキだって食べていいのです。何の罪悪感もありません。」
の言葉を真に受けて、好きなだけケーキを食べ続ける人がいる。
そんなに食べると健康を害するよ、と注意されると
「だってあの人が好きなものを食べなさいって言っていたから! 人生は短いんだから好きなことをしていいんでしょ」
などと怒って反発する。
それは、単なる我がままで欲張り。
あと欲を貪ることも「追い立てられる」人生だと思います。できるだけ欲を貪らなければならない、という義務感に追われるわけですから。

大きな大きな視点から見れば、つまらない経験も有意義な経験も、全て貴重な体験と言えます。
だから心に余裕を持って、焦らずつまらない時間さえも楽しめばいいのだということ。
実は、何も考えずつまらないことをしていられる時間こそ、最も幸福だと言えるのではないかな。

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei
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