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前記事では、公開でお伝えすべきお話もあるように思います。
そこで異次元ではないところだけ抜粋して公開記事とします。
(若干の異次元はありますが、「釣り」となりそうもない範囲にて)

引用可、ただし参照元としてこの記事へのリンクと著作権者表示をお願いします。



疑問: 現実の孔明は「白羽扇」を持っていたか?

私の答え。
「殺人的多忙の状況下、常に扇子を持ち歩くなど不可能。まったく有り得ない」
故に、
「諸葛亮がいつも扇子を持ち歩いていたというイメージは完全なる嘘である」
と断言できます。
このことは誰であっても、現実の戦略家の仕事を見れば裏付けることができるはずです。

史料によれば扇子は漢代の貴族のファッションだったそうです。
つまり有閑の貴族様が、優雅なお話サロン等に出席する際の「お出かけファッション」。
出仕してからの諸葛亮にそのような優雅に過ごす暇があったと思われるでしょうか?

―― 官公庁の激務を経験されたことのない方が想像するのは難しいかもしれません。
事務職は暇だと思われがちだから、あのように扇子など持ち歩く優雅なイメージで描かれるのですね。
きっと世界中の戦略家があの絵を見たらショックを受け、「我々の仕事は暇だと思われているのか。なんて理解されない、報われない仕事なんだ!」と言って泣いてしまうでしょう。

戦略家の仕事は、地味ながら実は非常に多忙です。
常に執務室に閉じ籠もって机にかじりつき、事務処理と政策立案に追われる日々……
〔略〕
そんな時に、「白羽扇」などを握りしめていたら「邪魔だ!」と投げ捨ててしまうでしょう。笑
もし当時「扇子を持ち歩く義務」があったとすれば地獄だったと思います。

現場の状況に応じた対応はこの小単位の将軍と、各部隊トップが行います。
無線電話で会話できる現代と違って、現場からの連絡はタイムラグがあるため、総司令官が現場に応じて部隊を指揮することは不可能です。
(つまり例えば、太平洋戦争でフィリピンに出兵した日本軍部隊が、大本営に指示を仰ぐよりも物理的には時間がかかったということです)

諸葛亮……も、完全に同じでしょう。
皇帝の命を受けて総大将として出征した彼が、「白い羽をワサワサ振って兵を動かした」、このような幼稚なイメージは笑止。空想でしかあり得ません。

何度も書くように、リアルな戦争をイメージできない国の民は現実で必ず危機に陥ります。
かつてのアジアがヨーロッパの列強に蹂躙され、日本も先の大戦で大敗北を喫したのは、上のようなファンタジーをいつまでも信じ続けた結果であるというのは決して言い過ぎではないと思います。

ところで今回、調べていて初めて知ったのですが
「諸葛亮が白羽扇を持っていた」
という話は東晋の文献にあり、意外にも亮の死後すぐに作り上げられたイメージだったようです。

もっと遥か未来、明の時代の劉基があのようなファッションであったために、あのキャラクターが作られたのだと思っていました。劉基には失礼なことをしました。

『裴子語林』によれば、
「諸葛亮は司馬懿との戦いの際、白羽扇を持って輿(車)に乗っていた」
という記録があるそうです。
うーん?
たしか最後、敵方と直接の戦闘は交えていないはずなのに、おかしな話です。

……(略)……

上の「輿」に乗った何者かは本人ではないはずです。
諸葛亮の死後、部下たちは諸葛亮が生きているかのように装ったカモフラージュの行軍をしたと記録にあります。
上の逸話は、その行軍を伝える民間のお祭りか何かを事実と間違って記録したものでしょう。
たぶん死んでから100年後くらいに、そういう派手なファッションの人形を輿に乗せて練り歩くお祭りが流行ったのでしょうね。
意外と長文の抜粋になってしまった。余計な箇所が多いですかね。

とにかく私が最も強く主張したいところは、
リアルな戦争をイメージできない国の民は現実で必ず危機に陥ります。
かつてのアジアがヨーロッパの列強に蹂躙され、日本も先の大戦で大敗北を喫したのは、上のようなファンタジーをいつまでも信じ続けた結果であるというのは決して言い過ぎではないと思います。

という箇所です。

拡散していただけると嬉しく思います。


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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei
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