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要パスの前記事(“漢王室復興”という不可解なテーゼ)から、公開しておきたいところだけ転載。
最後に、現代の私の感覚でもう少し夢物語を語ると。
もし三国の独立国家があのまま続き、蜀が千年以上続いて戦略的防衛に徹していれば、東洋のハートランドとして元の侵攻はもちろんイギリスの侵略も防ぐことができただろう。
大陸深くの蜀を砦とすれば、ヨーロッパ列強から中華文化をも守ることができたはずだ。
少なくとも、あれほどまでの蹂躙を受け、あげく空虚な共産主義に文化も民族の誇りも打ち砕かれる悲惨な現代を迎えることはなかった。たとえ中原が消えても、文化さえ温存されていれば「中華」そのものが地上から消え去ることはなかっただろう。

中国はあの後、統一と分裂を繰り返して疲弊していき、ついにはヨーロッパなどの外国に蹂躙されてしまった。
最も大切な文化を失った今の中国は国としての魅力がない。当然の末路だと感じる。

中国が統一と分裂を繰り返す病から抜け出す最後の機会は、三国時代だったように私には思える。
小さく分かれた国家同士が、それぞれお互いの主権を認め合い文化を尊重しつつ、自立して存在する状態が最も理想だった。
小国がお互いを認め合う世界が真の平等であり、「多様性」が活かされる状態だと思う。

それは現代でも同じ。
個を溶かして全体が一つになることが平等ではないのでは。
安易なグローバリズムは、最も凶悪な独裁者、全体主義に全てを明け渡す危険をはらむ。今の共産中国が現実にそうなってしまったように。

まあ、夢想と言えば夢想。
「あのまま千年続く」のはさすがに難しかったと思うから、夢を見ているだけと嗤って無視してください。

言いたいのは、

>個を溶かして全体が一つになることが平等ではないのでは。
>安易なグローバリズムは、最も凶悪な独裁者、全体主義に全てを明け渡す危険をはらむ。

というところ。

今の世でこれを言うと「アンチグローバリズム」のレッテルを貼られ、トランプ氏と同じ内向きのナショナリストとして責められる。
でもね。
そう極端に決めつけてヒステリックにならず、少し冷静になって考えてみてください。
世の中は何でも二つの思想(二元論)だけで分けられるわけではないのだから。

大きな船を想像してみて。
この船には防水のための隔壁が全く無い、とする。
航海中、流氷に当たって船の一部に穴が開いてしまった。
どうなるだろうか?
隔壁がないので一気に水が流れ込んできて、たちまち沈没する。

安易なグローバリズムはこれと同じ。
国境を撤廃して一つの権力が世界を治めるようになったら、その権力が独裁者に乗っ取られたとき一瞬で世界は絶望に支配されることになる。
また、どこかの地域で紛争が起これば一気に世界中が混乱に陥る。
国境のない世界では絶望も暴力も食い止めるのが難しい。

世界人類が仲良くするのは、大いにけっこう。
言語の共通化で、お互いを理解し合って人類から差別がなくなっていくのならとても良いことだと思う。
私もそんな世界を心から願っている。
でも安易に「国境をなくせ」と言ったり、「一つの経済ルールでまとまろう」と言ったりするのは危険だからやめたほうがいい。

中国という見本がある。
世界の未来は既に中国という縮小された鏡に映し出されている。
あの国の歴史で証明されている通り、外形的に国境を撤廃し、「天下統一」したとしても戦争はなくならない。差別もなくならない。
むしろ紛争と差別はもっとひどくなるだろう。

私は外形的な国境撤廃でなく、精神のグローバリズムを求める。
個性を保ったままの独立国家同士がお互いを認め合い、仲良くしていく世界がいい。
歴史ある文化を保つ様々な国がたくさんあったほうが、お互いに旅行したとき楽しいではないか?

甘い夢だということは分かっている。国境の数だけ戦争の危険が多くなることは確か。
でも千年後は国々がありつつも平和であるという、そんな世界を見たい。
西洋は西洋らしく、東洋は東洋らしく、アラブはアラブらしく、アフリカはアフリカらしく。
異世界ファンタジーの世界で描かれるような色とりどりの国々を、楽しく行き来できる世界を眺めてみたい。

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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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