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いつもの通り記事を見直して、おかしいところ修正中です。

本日の修正記事 『孔明の最期の晩餐』『実は孔明は墨者(ぼくしゃ)だった!?』等へコメント

なんだか白々しくて自分で恥ずかしくなったので、少し言い訳を追加しました。笑
かと言って本当のことを書けないから難しい。
嘘をつかず・そのうえ本当のことも書かないというのは至難の業。

ところで上の記事で、歴史サイトのライターさんが
>兵士が御飯を食べていないわけはないんですが、ありふれた戦場の食事風景を、記録に残そうという考えは誰にも浮かばなかったのでしょう。
と仰っていたのが、改めて重要な本質を突く指摘だと感じた。

先日書いた
何故、前世記憶では肉体に関する習慣はカットされるのか
の理由と同じ。
魂は自分で重要だと思った記憶だけダイジェストでピックアップする。日常の肉体に関する習慣はあまり重要ではないこととしてカットされがち。

これは記録と全く同じなのだ。
明確な意識のある人間でさえ、食べ物に関することなどをあえて記録しようとも思わないのだから、後から思い出す記憶ではなおさらだろう。
特に私はあまり食べ物に興味がないので好きだった食べ物すら思い出せない。
今世を振り返ってさえ、優先的に食べ物の記憶は出て来ないな。
(前記事インスタグラムを見てもらえば分かると思う。食べ物の写真を撮ろうという発想すら、未だに湧かない。思いつきもしない)
しかし地上の現実では、そういった日常的な情報こそ重要で後から役に立つのだから困る。

そんな食べ物に着目した話や、墨子の話など、上記事で引用したライターさんの話は秀逸だなと改めて思うのだった。
歴史マニアに対する悪いイメージが少し和らいでいる。感謝。

*

これに関連して、今度は少し気分の悪くなる話だが。

休日でくつろいでいるときに、テレビ画面から『大三国志』のCMが流れてきた。
「諸葛亮もらえる」とかのアナウンスね……。脱力するな。
「あげる」とか「もらえる」とか、何なんだろう実在の人間名に対してその言い方は、と思ってしまう。
(死者)はともかく子孫の人たちの耳に入ったらどうする? 現に生きている子孫たちに不快を与えると思うよ、同じ姓で生きているのだし。
まあ、今さらだけど。もっと酷いコンテンツは山ほどある。
特に性的コンテンツ。私はあまり見たことはないが、酷い扱いであるらしい。これは同じ日本人の行為として、中国の子孫たちに申し訳ないと思う。

ところでゲーム界の人たちもやっと「諸葛亮」と姓名で呼べるようになったのか?
それはそれは。少しだけ知性がレベルアップして良かった。成長したな。笑
(若干バカにしている、笑。でもゲーム界の人たちは歴史人物をキャラクターとして愚弄しているのだから怒る権利は全くないよ)

こう、脳が反応して自動的に考えてしまうこと自体、さすがに少々疲れてきた。
自分には関係がないと思えばそれまでなのだが、気にしている名がテレビで連呼されること自体が疲れるんだよな。

※なんとなくゲーム会社の方へ届いた気がするので以下カット
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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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