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子供の頃、私は東洋を舞台とするフィクションが大の苦手だった。特に中国物は「生理的に無理」と思っていて冒頭の数頁で放り出していた。
だから中国が舞台の古典などは一切読んだことがない。意外だと驚かれるのだけど。

活字中毒者で、文字なら六法全書でも辞書でも読んでいたいと思う私が、中国物フィクションだけは受け付けないのだから相当の拒絶感だったのだと思う。
実は今もまだ完全に平気になったわけではなく、『三国志』などは特に不快感が強いので読まない。今さら、不快感を堪えてまであえて読む必要はないと思うので読まないだけだが。(そんな時間がもったいない)

“中国物が無理”だった理由は、確かに前世晩年の嫌な記憶が残っていたからでもあった。
それともう一つ、今振り返って思うのは、“自分の記憶と違う”という激しい違和感が不快だった可能性もある。

そもそも我々現代日本人が思い描く「中国文化」と、古代中華の文化には食い違いがある。
記憶を得た当初の私は
日本の飛鳥、奈良時代辺り?をベースにした、和風テイストな異世界
だと思っていたものな。
始めは古代日本だと思っていて、でも日本よりもう少し煌びやかで華美、しかも“広大な国”だというので日本ではない。だからどこにも存在しない和風異世界と考えた。自分の空想が作り出したファンタジー世界、なのだと。

我々が知る中国文化は主に近代のもので、古代中華はむしろ飛鳥・奈良の和風に近いのだと知ったのはずっと後。記録を見てからのこと。

たとえば今に伝わる『三国志(演義)』も西暦1300年以降、モンゴルや西方文化が席巻した後に細部描写が描かれているので、古代の漢人から見れば違和感満載の異文化なのだ。
それが良いか悪いかの評価は別として、少なくとも漢人の目で見れば『三国演義』に「古代中華の香り」は感じられず、違和感が「気持ち悪い」と思うのが当然。
(個人的感情は抜きにして。個人感情を入れれば違和感どころか不快極まりない)

――以上は小説『僕前』等々でも書いた話。この記事だけ読んでいる方のために書きました。


前置きが長くなった。

古代中華~漢文化の香りがかろうじて残っているのが、私が思うに、たぶん唐代まで。

そんな古代中華の香りを感じられるのではないかな、と予想して先日封切られた『空海 KU-KAI』を観に行った。


空海を主人公にした夢枕獏の小説「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」を実写化した歴史ドラマ。7世紀の中国を舞台に、遣唐使として同国を訪れた若き日の空海が不可解な権力者連続死亡事件の真相を追う。メガホンを取るのは、『さらば、わが愛/覇王別姫(はおうべっき)』などの名匠チェン・カイコー。『ヒミズ』などの染谷将太が空海を、『黄金時代』などのホアン・シュアンが彼と一緒に事件に挑む詩人・白楽天を演じる。日中の俳優陣の顔合わせに加え、湖北省襄陽市に建てられた唐の都のセットにも注目。
映画としての感想。予想以上に良かった。共鳴し感動もした。(私はあの猫に共鳴した)
あまり書くとネタバレになるのでストーリーは書けないのだが、「ファンタジー」だと思って観て欲しい。夢枕獏(代表作『陰陽師』)、という原作者名で察してください。

それと、主人公は空海ではないので注意。空海の人生はほとんど描かれていない。
「空海」というタイトルにしたのは日本人騙しの釣りでしょう。
中心となる「楊貴妃」や「白楽天」をタイトルに入れるべきだと思うが、それでは日本人が観ないと思ったのか?
劇場には空海に釣られて来たらしい年配の方々が多く、がっかりされたのではと想像する。空海は忘れて観たほうがいい。阿倍仲麻呂もそうだが、あの役は倭国人ではなくても良かったのでは。

しかし純粋に物語としては面白い。
歴史ミステリーとしてもファンタジーとしても細部まで神経が行き届いた見事なストーリー。
史書や詩文などの細かい情報を織り込むところが、さすが日本人原作者。仕事が細かい。

そして肝心の、と言ったら申し訳ないのだが、「古代中華の香り」は確かに堪能できた。
唐代の建物を細かく作り上げたセットは素晴らしいし、赤が映えるCGは見事で、香り立つ美しさに眩暈を覚えるほどだった。
楊貴妃を始めとする女性たちの色香も良い。何より詩人たちを物語の中心に据えたことで抒情溢れる舞台が作り上げられている。俯瞰で迫る長安の映像にも鳥肌が立った。

さっき検索で知ったのだが、長安のセットは襄陽に建てたらしい。
襄陽……、なるほど。ではあの空気感、雨の降る景色は襄陽のものか。
一瞬、「京都?」と思ったりもしたのだが、確かに日本とは空気の色が違うな。


この映画を観て改めて確認したのは、私は決して古代中華が嫌いではなかったのだということ。
むしろこうして古代の残り香に触れると気力が湧いてくるのだから、好きだったのかもしれない。

しかし現代中国人は、あの景色を眺めて何を感じるのだろうか? と少し疑問になった。
「自国の文化」という感覚はあるのだろうか?
おそらく私よりも、異国を眺めるような目で見るのではと想像する。そう思うと寂しさもある。
しかし遠く離れた日本の地で、私は古代の残り香を感じることができるのだから幸せと言えるかもしれない。
何度も書くが、あの香りが残っているのは中国よりむしろこの日本なのだ。
上の映画にしても日本人が関わっていなければ古代中華の雰囲気は決して出せなかっただろう。
(映画『英雄』に古代の雰囲気があったのも日本人が関わったからだ)
あの美しい時代の感性を伝え、誠実に保存し続け、現代の映画で蘇らせた日本に感謝したい。




オマケ。
映画館でこんなものを見つけ、一目惚れで買いました。
空海が持っている「錫杖」を象ったブックマーカーです。
錫杖を本に挟んで持ち歩けるなんて、無敵! (はしゃいでいるな自分)
kukai.gif

私には、仏教は(たぶん前世で触れていないせいか)「和」のイメージ。いかにも空海らしいと感じるグッズ。
お守りのような感じもあるね。
川崎大師など、弘法大師ゆかりの寺社で売ったらどうだろう、と思うのだが。こういうセンスはないかな。それとも不謹慎だったりするのか。

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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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