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前記事の分析のため、久しぶりにサビアンシンボルの解釈を読んでいて面白いなと感じた文を引用。

(サイデリアルでの筆者ASC山羊座22度)『敗北を優美に認める将軍』より
山羊座21度では「リレー競争」が象徴する企業戦争に勝つことが大切でしたが、「勝つ」というのは、集団社会に参加する意義のうちのごく一面でしかありません。
昔から、物質と精神は逆相になっているという説があり、ドイツの精神指導家ルドルフ・シュタイナーなどは、物質と霊の世界で名前は反対になると主張しています。
その理屈から考えると、集団社会で目に見える戦いに勝つというのは、精神面では敗北すると言う意味になるのです。
シンボルに描かれた「将軍」は、戦いに負けることと引き換えに、その心の高貴さを称えられ、精神的な意味での勝利を得たのです。

Gakken『決定版サビアン占星術』松村潔著 P550 太字・改行は引用者による
なるほどシュタイナー。
「物質と霊の世界で名前は反対になる」というのは、彼が言うのだから本当だろう。

こんなことを書くのは図々しいのだが、上の文を読んで不思議と前世で死んだ時の光景が蘇った。
あの澄んだ空の景色。高次の存在に言われたこと等々。
もしかしたら自分が勝利していた場合、あの澄み切った場には行けなかったのかと気付く。


「戦闘には負けたが精神的に勝利した」と負けた側が自分で言うのは最もみっともないことだし、大批判が起きるはず。
特に
“結果が全て”
“勝者だけが正義”
と思われている現代では激しいバッシングを受けるだろう。

「結果が全てではなく過程こそが大事」
「負けてもいい、卑しい人間にはなるな」
という言葉も現代では嫌われる。そんな台詞を口にしようものなら、悪魔のように憎まれ迫害されてしまう。

勝たなければ意味がない、敗北は悪だ、貧しいことは何よりも不幸だと言うのもまた現実世界では真実の一つ。確かに守るべきものを守れないことは罪とも言える。貧しさに困窮して我が子や妻が死んでしまったら意味がない。

それに私も一所懸命に頑張って富を築いている人々の努力を否定する者ではない。努力している人は偉いと思う。努力は素晴らしい。(姑息な手段を用いない正当な努力なら)
彼らの努力を否定したくないから、私も現世では上の台詞を言うことを控えてきた。

でも常々、内心では思ってきた。
本当の真理や正義は、現代人が考えているようなものではないのだと。

現実世界で競争に勝ち、富を築いたからといって死後世界で褒められることはない。
「他人に勝利した」などということは、本質的・霊的に何ら価値がない。
むしろあの世では、地上世界と評価が真逆になるだろう、たぶん。
もちろん勝利も富を得ることも罪ではないはず。それでも過剰な物理的充足は、死後や来世で害になることがあり得るのかもしれない。

だから現代では貪ることが正義と教えられているが、本気にしないほうがいい。
風水師や「引き寄せ」講師の言葉を鵜呑みにして、あまり貪り過ぎないほうがいいと思う。
そして必要以上に勝ち過ぎないように。
少なくとも姑息な手段で他人との競争に勝っても得られるものは何もない、どころか死後世界では反転して敗者となるだろう。
死後世界だけではなく現世でも精神の次元では反転していることで分かるではないか?

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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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