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せっかくリクエストを募ったのに再び体調を崩してしまい、更新ペースが落ちました。ご質問にもほとんど回答できず。すみません。

先日また救急にかかる事態となったのですが、間違った処置をされてさらに長時間苦しむこととなりました。
(私の体調不良は現代医学でほとんど「原因不明」のため、一般的なマニュアル通りの処置をされると悪化します)

今回ばかりは死ぬのではと思いました。
それでも意識を失うことなく、残念ながら臨死体験もせずに(笑)乗り切りました。
痛い、苦しいのに意識を失うことすらできないのは最も辛いですね。マックスの痛みがそのまま数時間続くという拷問。
暴力にさらされなくても、自分自身の身体が自分を苦しめるという人生もあるのだなあと客観的に眺めてしまいました。

苦しみを味わうための人生計画もあるのだと思います。
何もかも原因不明の苦しみだけ与えられている自分は、「苦しむため」に生まれたのかもしれないなどとも考えます。
かと言って身体の苦しみは耐えられるものではありませんし、無理に耐える必要もないでしょう。緩和できるものなら緩和したいですね。
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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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