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前記事と同じ方からのご質問ですが、もう一点。

Q.吉野さんは、インターネットとどうやって付き合っていくのが理想だと思いますか?

A.人間関係を作るために利用すべきではないと思います。玉石混交の情報蓄積場所として、距離を置きつつ付き合っていくのが私の理想です。

(この下の説明文は少々長くなります)

私は長いことサイト運営をしています。SNSは避けていますが、ブログは黎明期から使ってきました。
だから実はさほどアナログ人間でもないし、「ネットと現実は違う」「ネットは悪」という年配者の意見に賛同することもありません。
それでも人間関係のためにネット・SNSを利用するのは不自然で間違っていると感じます。

何が不自然なのかというと、好みの検索をかけて選別している時点で下心が絡んでいる点でしょうか。
たとえば、
「有名人と付き合いたい」
「美男美女と恋愛したい」
という下心。これらは分かりやすい欲望ですが、
「自分を上げるために意識の高い相手と知り合いたい」
等という目的も自分では気づきにくい下心の一種だろうと思います。

もちろんレベルアップしたいという目的を抱くのは良いこと。ぜひ自分磨きに勤しんで欲しいものですが、ネットで人間関係を求める人たちの行動はあまりにも安易で一方的だと感じます。
自分は一切何の努力もしないで、ネットで見つけた「意識高い人」に手取り足取り教えてもらい、高みへ導いてもらえると思っている。
ネット用語で分かりやすく言うなら、「クレクレ君」態度です。参考:クレクレ君とは
こういう人たちは自己中心的で自分の欲望を満たすことしか考えていないので、一方的に長文メールを送り続けたり質問を浴びせ続けるなどし、相手を悩ませます。
そして相手が自分の我がままに応えない――すぐに返信してくれない・会いたいと言っても会ってくれない――と逆上してストーカー化したり誹謗中傷を書き込んだりします。

※筆者が経験した具体例で定義してみました:「クレクレ君」とネットマナーについて。補足

私も、メールで長文を送り続けてくる人に
「こちらは一人で多数を相手にしているので返信するのは物理的に不可能です」
と説明しているのに、理解してもらったことはありませんでした。それで返信できず逆上され攻撃されたことが何度もあります。
この種の人たちはおそらく始めから、相手の感情や都合など考えるつもりは一切ないのだと思います。たぶん、相手が生身の人間であるということも認識できていないはず。

相手の感情や都合も考えず一方的に要求し続けることができるのは、相手を「物」「道具」として見ている場合だけです。
自分が所有した「物」「道具」だと思っているからこそ、相手が自分の言うなりに動いて当然と考える。それなのに相手が自分の要求に応じず、返信してくれないと逆上して壊したくなってしまうのだと思います。

どうやらネットには人間を「物」として見させる機能があるようです。
それは年配者が言うように、「ネットでは顔が見えないから」というわけではありません。顔が見えていても同じ。スカイプで話をするようになっても状況は変わりません、それどころか顔を見せると我がままな要求がエスカレートするだけです。
たぶん、
“検索して好みの相手を見つけられる”
“自分にとって利用価値の高い相手を選ぶことができる”
というネットの特徴が、人間を商品のように感じさせ、「フォロー」という名の所有で物扱いさせてしまうのだと考えられます。

ネットがない時代ではこんなに簡単に都合の良い相手は見つけられませんでした。
フォローで24時間監視し続けることも、応答を強要することもできなかった。
そんな時代にもストーカーは存在しましたが、ネットはストーカーの数を増やしましたね。現実ではストーカーにならないタイプの人までもストーカーに変えてしまう。
SNSで常時相手を監視できる仕組みもストーカーの所有欲を刺激し、症状を悪化させるようにできています。

さらにスタートが検索ではなくてリアルな出会いであっても、24時間相手を監視できることで「所有物」と見させる機能が働き、まともな人間関係が構築できなくなってしまいがち。
相手の人格を徹底攻撃する悪口が噴出することが多いのも、相手を「物」としか思えなくなるからではないでしょうか。

“インターネットは人間関係を根底から破壊する悪魔のシステム”
と言われているのも、あながち間違ってはいないと思います。
だからこのような不自然なツールに依存して、人間関係を作るために利用すべきではないと私は考えています。

本来、人間関係とは相手を対等の人間と見るもの。
SNSで24時間監視したり、応答を強制することは友情ではありません。(それは所有と言う。または支配と服従の関係)
対等な立場で、お互いを思いやることが友情のはず。遠く離れていて情報のやり取りをしていなくてもお互いの幸せを願う関係なら友達と呼べる、こう信じるのはやはり私が古い人間だからでしょうか?

運命論的に見ても、なるべく自然に任せたほうが「運命の相手」を見つけやすくなります。
運命は自動的なもので、一見偶然に見えるものです。学校や職場など避けられない人間関係の中だったり、嫌だなと思う会合に参加した時などに生涯の伴侶と出会うよう仕組まれています。だから人間関係を選び過ぎないほうが良いわけです。
恣意は運命を歪めます。恣意とは概ね、欲望だからです。
欲望から発したネットでの選別が、「運命の相手」につながっているわけがありません

*

偉そうなことを言いながら、私は発信者の立場なのでネットの弊害から逃れることはできないというのが現実。
これからも我がままな人たちからの接触は続くのだろうなと諦めています。

トラブルを減らすためネット上で関わる人の数は減らしていますが、完全に防御することは難しい。
「私を物として見るな」
と言ったところでネット依存のストーカーたちが理解するのは不可能ですから、なるべく関わりを減らすようにするだけですね。

それと、相手が犯罪行為に及んだ場合は遠慮なく法的措置をとるつもりでいます。
結局、強硬策しか手立てがないのが悲しいものです。


このように人間関係では弊害ばかりのネットですが、情報を得るためのツールとしては未だ価値があると思います。
玉石混交で次第に石のほうが増えている昨今、正しい情報かどうかを見分けることが困難になっているのは確か。それでも情報が得られる道があることは素晴らしいと思います。
たとえば医療の専門情報など、素人の我々が手に入れることは昔なら絶対不可能でした。そのため医師が嘘をついても信じて死ぬしかなかった。それが今は、救急で間違った処置をする研修医以上の知識くらいはネットで仕入れられる。このことは実際、命をも救ってくれます。

ネットはあくまでも情報が蓄積される場所と捉え、正しく情報を引き出して使うなら有益なのでは。
私も「蓄積される情報」の一つとなるため、ブログ等々でメッセージを残しています。
まだ死んではいないけど、死んだ時のために書いているだけ。
だから今でも死んだ人間が残した情報のように受け取っていただけると助かります。

(つまり、出会いを求めているわけではないのですよ、ということをストーカーたちに言いたい)

補足: 少し質問されただけで「クレクレ君」呼ばわりすることはありません。本物のクレクレ君はおそらく常識ある皆様の想像を絶する、という話。⇒「クレクレ君」とネットマナーについて。実例

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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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