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2017/6/21に書いた記事ですが、最近書いていることを裏付けている気がするので上げておきます。

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ここ数日のニュースが不快で、また面倒なことを書いてしまいそうです。
危険なので、軽いネタを探して心理テストサイトなどを覗いていました。
目に留まったのがこちら。

 ⇒あなたが権力を握ったら?どんな支配者になる?

平凡な日々を送っているあなた。
その一方、世の中にはいつの時代も
富と権力をほしいままにしている人たちがいるもの。
支配する者がいて、支配される者がいる?!

だとしたら、あなたも平凡な人生ではなく
富と権力を握ってみたいと思いませんか?
世界を、人々を、支配してみたいと思いませんか?

というわけで、もし、あなたが権力を握ったとしたら、
どんな支配者になるか?
テストしてみましょう!


設定がファンタジーっぽくて面白そうではないですか。
どうせ当たらないだろうからとジョークのつもりでやったのですが、

筆者結果:
原理主義者型支配者

あなたが権力を握ると、自らが思い描く理想国家をめざし、信念に従って国づくりを行っていくでしょう。
既存の政権や組織の腐敗、矛盾を正し、より良い方向に世の中を導きたい、そのためには思い切った改革が必要と考え、行動する革命家的な素質があります。
正義感が強く、勤勉で、華美なところのない指導者になります。私利私欲を肥やすことを潔しとしない、模範的で、クリーンな人物となるでしょう。
しかし、その裏には、原理原則にこだわり、例外を認めない堅苦しさがあり、法を犯したものや規則に従わない者を厳しく取り締まり、排除しようとする原理主義者の顔があります。
人々の楽しみや快楽を奪い、息詰まるような法治国家が築かれてゆくでしょう。側近たちは、少しの過ちもゆるされず、厳しい自己批判を強いられます。暗い国になるでしょう。
他国の政策に対しても批判的な目を向け、原理主義で対抗します。あなたが名君となるためには、愛と赦しの力を信じて、多様性を受け入れることです。人生の楽しみや快楽を人々が幸せに暮らせるスパイスとして認めることです。あなた自身、人生を楽しむ余裕を持ちましょう。

…… 当たり過ぎていて落ち込む。

いや、今の私に当たっているのかどうか知らないが。
少なくとも『我傍に立つ』で描いた記憶上は、周囲からそう思われていたみたいだね。

>側近たちは、少しの過ちもゆるされず、厳しい自己批判を強いられます

ううむ……そんなことはない、はず。
「少しの過ちも許さない」つもりは全くなかったし、私自身そこまで杓子定規のつもりはないのだが?
(職場でミスに対する許容範囲は広いほう。意図的な嘘や故意の失敗でない限り他人のミスを怒った記憶がない)

ただ、人の生命に関わる重大な法律違反と、最低限の道義に反する行いは許せないと思っているだけ。
決定的な悪事は見過ごしてはならないと思う。上に立つ人間であれば、なおさら。

当たり前だと思うが、な。
現在の日本国の首相のように、ズルをしてお友達に便宜をはかり、ばれそうになったら弱い者に罪をなすりつけ斬り捨てる。そんな不公平な嘘つきが国の上に立ち続けたら国が滅ぶ。

でも遠目に見たら私は上の結果のようなイメージなのだろうな、まさに。
「潔癖」呼ばわりされるわけだ。

>息詰まるような法治国家
>暗い国になるでしょう。

に、何より落ち込んだ。

思うに本人はさほど潔癖なつもりはないし、原理主義のつもりでもないのだけど、「法に厳しい」とのイメージだけで周りが怯えて気を遣うようになってしまうのかもしれない。
 →その後、スピラー解釈等々を見て考え直した。確かにこれは酷い。イメージだけではなく事実、倫理についての潔癖症かもしれない。

もし暗い国になってしまうようなら申し訳ない。
早く死んで良かったのかも、と思ってしまった。

軽いネタのつもりが全く軽くなかった。涙

上のテストで私は「吟遊詩人」になるという回答を選び、芸術を愛すると回答したのにこの結果でした。
よく見ればテスト作成者は心理テスト作家の中嶋真澄さん。
プロの心理テスト作家は凄いものだなと思いました。


【悪口ネタ集めでこの記事を漁っている方へ】
これだけは誤解のないよう言っておくと、記憶上、過去の私は少なくとも「儒教原理主義者」ではありません。儒教に従ったということは全くない、ただ心の底から主人を敬愛していただけです。
参考: 『我傍』主人公は周恩来と似ている? 真の「滅私奉公」とは何か

あと、私(吉野)はバランス主義です。
よく神経質という偏ったイメージを持たれ勘違いされる(このブログや筆者の作品を知らない人にも)のですが、日常生活では適当なところもあるため、本物の潔癖さんに怒られています。笑
要は「人としてダメなことはダメ」というポイントだけ潔癖なのだと思います。
倫理の潔癖と、享楽否定主義は違う。
過度の享楽で人生をおろそかにするのはダメだと思うけど、音楽や文学などの芸術を味わうことは良いことでしょう。
人の適度な楽しみを奪ってはいけない。
国家は現代資本主義国のような「行き過ぎた自由主義」でも、二十世紀共産国家のような「やり過ぎ緊縮主義」でも滅ぶと思う。
(と言うか今は人類が滅ぶ瀬戸際だが)

参考。墨子の言葉は素晴らしいが、完全に人々の楽しみを奪うのはアウトだ。: 技術者の不当な扱いへの嘆きと、墨者十論へのシンパシィ

/これでは反省がない感じ。
私自身はこのように全ての快楽を否定するような偏ったタイプではないのだが、他人は私を「全てにおいて潔癖」というイメージで見、「気張らなければ怒られる」と思うために、「周囲が暗く」なるのだろうね。そこは本当に反省している。
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吉野 圭(Yoshino Kei)
Posted by吉野 圭(Yoshino Kei)
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