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あまりワールドカップレポを続けると当ブログテーマからずれるので程々にしておくが。

さっきアルゼンチンVSフランスを見たら本当に気持ちの良い試合で心が晴れた。
マンガのようなスーパーゴールの数々、圧倒の技術もあるが、とにかくストレートにゴールへ向かおうとする心が気持ちい。
技術があるうえにあの迷いなき心!
勝利確実となってからもまだ当然のようにゴールへ向かう。
劣勢のほうも諦めない。アディショナルタイムですらゴールを決めてしまう。

本当に清々しいな。敗けたほうも精一杯戦った姿が清々しく栄誉がある。
これがスポーツだし、人間としての正しい姿だ。

いつも外国の戦いぶりを見ていると思ってしまう、彼らの国民が羨ましいと。
先日のポーランド戦を見てまた日本人であることが恥ずかしくて情けなくなった。何が正しくて間違っているかすら分からない人々ばかりのこの国にいるのが辛い。

批判されるだろうけど、私は常々思うんだ、
「敗けてもいいから姑息なことはすべきではない」
と。

欲得の世界に生きる人は、「勝つことが全て」と言う。「勝たなければ何も始まらない」とか。
しかし姑息なことをして得られる利得など短期のものに過ぎず、長い目で見れば激しくマイナスになるのだが。

これが歴史だったら、千年でも二千年でも平気で「姑息なことをした国」として記録が残っていくのだけどね? 恥を千年残していいと思っているのかな。
人類の記録に残らないとしても、言わばアカシックレコードなど宇宙の永久的な記録庫に残されていく。
そんなオカルトを信じない人でも、そう思って日々に臨んで欲しい。

目先の勝利など小さなもの。
永遠の巨大な勝利を目指せ。


 ★この記事の補足的な雑談 >>卑怯な手段で勝つべきか否か?
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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