我傍的、ここだけの話

吉野圭のプライベートブログです。自作品『我傍に立つ』裏話と世間雑記、占星術メモ

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吉野 圭-Yoshino Kei
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〔ご案内〕このブログでは主に小説内容に関する記事を書いています。

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『我傍に立つ』
…歴史小説ではありません。古代東洋が舞台の架空小説。前世イメージを描いた人間物語です。現代的な感性・現代文で書いたので特別知識は要らず、どなたでもお読みいただけます。(ただし戦闘描写は省いています。このため歴史小説好きの方には物足りない可能性があります)→『我傍』ご感想

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『僕が見つけた前世』
… 筆者の体験を描いた「ほぼ自伝」な小説です。十代の子でも読めるよう、柔らかい文体で書いています(PG12)。 →『僕前』ご感想

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『永遠の雨、雲間の光』シリーズ
… SFファンタジー。『我傍』以外の、前世記憶として浮かんだイメージを描いています(3巻は『我傍』と対になる話で、メインストーリーです)。若干、難解。残酷描写があるためPG12。 →『永遠』ご感想

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永遠に固定されるなら、オーディン(軍神)よりもラブバードで終わりたい

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(独白風の常体に戻ります)

これからは公開でも少し、具体的な前世話をしていこうと思う。
私はただ「ネタバレ」や「釣り/不当なアクセス稼ぎ」をしたくないから要パスで書いてきただけなので、批判や嘲笑を避ける者ではない。拡散は自由に。


戦争シーンは直視できない

書き忘れたけど、前々記事で紹介した『三国志 Three Kingdoms』のYouTube動画でもやはり、戦争の場面はなるべく見ないようにした。

最近の中国ドラマは技術が上がってリアルになったというせいもある。
たぶんハリウッドの、『トロイ』などの古代戦闘を描く映画技術を学んで取り入れたのだろうね。昔はお粗末だったから見かけても何も感じなかったのだけど。

これなどは曲が好みだが、聴くなら戦場シーンは見ないようにする。


細部はともかく、遠目に整然と並んだ陣形を私はあまり見たくない。
近距離で血しぶきが上がっている場面よりも、遠目のほうが直視できないという私。きっとここが多くの人の感覚と違う。

馬・武具・旗・砂埃(特に砂埃!)……これだけで心が停止する。
あとは攻城戦。火球が飛び交う場面など……本当に昔よりリアルになったな。胸が詰まる。

私が「直視できない」と言うのは、皆様が想像しているようなPTSDを発症して「意識が遠のく」とか、頭が割れるように痛くなるとか、フィクションの記憶喪失患者みたいな感じではないのでどうか猿真似しないように。

『時の地平線』でも孔明が相手の兵士を殺したことを嘆いて、戦場でゲーゲー吐いていたがあれは無いと思った。
きっと「ヘタレ」ぶりを表現したかったのだろうし、ガラスハートは事実だから皆様は「イメージ通り」と感じるだろうが、職務として戦闘に携わる者があのような態度は駄目と思う。
死なせた相手の兵士に対しても失礼。

一見、吐いたりする態度は人道主義にも見えるのかもしれないが、実は逆。
相手を対等の戦闘相手と見ていないということであり、命のやり取りの覚悟が足りないということになる。

人が死ぬのに悼みを覚えるのは当たり前、可能な限り道義を貫くのも当たり前、でも職務を負うなら罪から逃げてはいけないと私は思う。

覚悟とは責務を負うこと。
責務を負うとは罪も負うこと。
民を守るために負う。
それは「守るため相手を殺すのは仕方がない」などというくだらない欺瞞などではなく、地上の職務を全うするために罪業を負って、自分の未来を生贄に捧げるということだ。
その覚悟があれば戦場で吐いたりなどできないはず。

だけど……今、その場を離れて眺めれば、人が死ぬ光景は辛い。当然に。
傷が疼くというのともまた違って、「心が停止する」「胸が詰まる」としか表現できない。
くっと息を詰めて堪えていた、その時の硬直した心を思い出すのかもしれないな。


眺め過ぎると、永遠に固定されそうで怖い

そんな辛さから目を逸らしてしまうということもあるのだけど、理由はもう一つあり。

それは、
「戦闘シーンを眺めていると、そのイメージが魂に刻まれて固定されてしまうのでは」
という恐れ。
固定されてしまうと世界が終わるまで永久的にその場にいて、同じ場面をループすることになるのではと想像する。

と言うのも、北欧の軍神オーディンの伝説があるから。
オーディンは死後世界にて、永遠の戦場に居て戦闘し続けているらしい。
その世界でオーディンの戦士たちは不幸なことに、戦闘で死んだはずが朝になると蘇って再び戦闘を始めて夕方に死ぬ。そして翌朝また蘇って戦闘を始める……という地獄の永劫回帰にいる。

その伝説を知って背筋が寒くなった。

既に私は不可抗力で、過去世の場面を延々と何度も見せられるという状況にあって、もう脱けられないのだなと悟りつつある。
若い頃は必死に否定したり、忘れるために『我傍に立つ』という小説で発散したり、なるべく関わらないようにしたり。ひたすら記憶を棄て去ることばかり考えていたのだが。
今、人生の後半に至ってもまだ消え去ってくれないどころか、かえって周りが騒がしくなり目にする機会が増えた。
こちらが避けていても追いかけて来る。

この状況から逃げているうちは物凄く苦しくて、逃げられないと悟り受け入れたら楽になったが、死後世界でも続くのだとしたら地獄だなと思う。

人が死に魂が去っても、地上の人々が覚えていて地上からの呼び出しがある限り、「地上とのホットライン」は切れないという。つまり地上で記憶されている限り、死んでも同じイメージで存在し続けることになる。
私は当分、ホットラインが途絶えることが望めないので半永劫回帰は宿命なのか。


永劫回帰するなら、ラブバードのほうがいい

ネイタルに表れた五角形も「護符」であると同時に「永遠」を表す。
(プラトンの幾何学によれば、五角形は入れ子になっておりどこまでも続く。すなわち「永遠」を意味する)

どうせ逃れられない宿命なら、戦場でピン留めされてオーディンにはなりたくない。

「赤い糸」だの「BL」だのと嘲笑されても、私は「ラブバード」のほうがいい。
敬愛する魂の伴侶との絆を、どうか永遠にピン留めして欲しいと願う。

(そう、繰り返すが、TKではこちらのほうが良い)



※この記事しか読まれていない方へ解説
「オーディン」「ラブバード」とは、どちらも占星術で私(今世)の出生時に与えられたシンボルです。参照:公開版ホロスコープ



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「忠臣の鑑」という噂の真相 (3/19 20:08改稿)

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吉野 圭-Yoshino Kei
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三国志 Three Kingdoms「紅塵客棧(諸葛亮 劉備)」YouTube動画の感想

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吉野 圭-Yoshino Kei
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前記事でも書いたが、最近はYouTubeで古琴の曲にはまり流れで中国系の音楽を聴いている。
どうも自分は古い時代の琴(日本の琴とは違う)の音色が好きらしいと気付いて。

それで、オートで再生していると似たような分野の動画が再生されていくのだが、最近『新三国MV』というドラマ?映画?の映像が出ていたことに気付いた。
気付いた、と言うのは、バックで音楽を再生して画面は見ていないから。台詞が耳に入って来たので何だろうと気になり、画面を切り替えて知った。

ごめん、私は三国志作品を一切見ないので今まで知らなかった。2010年頃の中国ドラマらしい。Wikipedia『三国志 Three Kingdoms』

相変わらず私の苦手な世界観だけど、昔よりはマシになったかな。
意外に音楽はいい。とても自分の趣味に合っている。
最近の中国音楽には現代風に洗練された東洋メロディが含まれるようになったね。日本アニメや香港映画の良い影響が入っている気がする。
それと、竹林の中の庵など、景色もとても美しい。(昔、私/吉野が住んでいた地域の公園にも似ている。笑)
東洋美が中国にも戻ってきたか。

下の動画は桃から始まるのでちょっといいかな、と思って皆様に紹介したくなった。


横浜中華街で買ってきたようなチープな帽子や扇子には目を瞑るとして……笑。
(いい加減にあのチープな服装はやめてくれないかなあ。一人だけ土産物屋の服装で、浮いていないか? 中国の方々はあれを見てズッコケないのだろうか)

しかし、上の動画を作った人のシーン選択には感動した。
いつも二人でいる場面ばかり。
何故か知らないが嬉しかった。
現実の劉備の台詞を俳優さんが述べるシーンでは不覚にも涙した。

「二人いつも一緒にいるなんて気持ち悪い」と言う人も多そうだが(今「気持ち悪い」などと言うと差別主義として炎上するけどね)、
仲の良いイメージが存在しているだけでいい。

あとこれは冒頭の台詞に衝撃を受けた。
「是臣一生中最大的栄幸」は、全くその通りだと思う。


何故か知らないが何度も言いたくなる、……有難う。有難う。
上の映像のまとめ方で人間としての温かで誠実な気持ちが伝わる。

同じような動画をUPしている人々の数やコメントを眺めていると、やはり虐殺や処刑好きな独裁者を崇拝している日本人より中国一般人のほうがまだ「人間としての道」や「義」を分かっているかなと思ってしまう。
あくまでも今見えている、善良な庶民に限りだけど。

作品について調べてみた

この映像元、『三國志~Three Kingdoms』という中国ドラマについて。
現代中国一般人のイメージ変化はこのドラマのおかげなのかと気付いた。→現代中国人、諸葛亮評
下の引用、下線部参照。

日本の公式ブログより:
こんばんは!
『三国志 TK』ストーリーテラーの哲舟です。

昨日をもちまして、BSフジによる全95話の放送が終了しました。
ひとまずご視聴お疲れ様でした!

みなさまお待ちかねの「人気投票」の結果が出ました。
楽しみにしていらっしゃる方が多いと思うので、
さっそく、「人物篇」から参りましょう。
もったいぶらずに、1位から発表してしまいますね。


さあ、有効票数766票の中で、栄えある頂点に輝いた人は?!




第1位・・・諸葛亮 94票
これまでいろいろな諸葛亮を見ましたが、今後私の中ではこのドラマの諸葛亮像で固定されます。 万人が想う諸葛亮像を足して足しっぱなしにしたよう。 しかし、キラキラと余裕の笑顔だったのは最初の頃だけ。 いつの頃からか…荊州を争う頃からですかね…眉間にシワがより難しい表情ばかりになりました。 なにより神がかり的な存在としては描かれず、苦悩し、ときに感情を露わにする人間臭さが新鮮でした。 その分、長い北伐の苦闘と苦悩は見ているこちらも眉間にシワが寄り青息吐息でした。(きらつぶさん)
みなさんが投票するだろうから私はあえて投票しなくてもいいかなぁ、などと思っていましたが、ドラマ終盤を見ていたらやっぱりこの人をはずすことはできなくなりました。「万能の人」のイメージには魅かれなくとも「悲運の人」の側面を知るとやはり……。(Kaorindさん)
上方谷のシーンは圧巻でした。結末が分かっていても「よし!勝てるぞ!!」と思ってしまいました。(太刀一筋さん)
哲舟より・・・やっぱり、ダントツ。この人は三国志の中でも別格な感じがします。きらつぶさんが書いておられるように、本作では超人的な活躍ではなく、「人間」孔明の部分がクローズアップされました。個人的には、漢中以降は笑顔があまり見られず物憂げな表情ばかりになってしまったのは、気苦労を表すためとはいえ、ちょっと残念だったように思います。
驚きだな。人間として描かれるとは……。そんな時代が来るとは。

有難いことだよね、孔明。
夢にまで見た日が訪れた。現代で初めて救われたな。
感謝しかないだろう。

公式ブログ主は「残念」などと言っているが、気苦労は現実。
ついに現実を描いてもらえたのだから、もう皆様に感謝して悲しみは忘れなければ。


余談。
上ブログの日本における「人気投票」でも諸葛亮は一位だったらしい。
それにも関わらずあくまでも強く曹操だけを推そうとし、「独裁の素晴らしさ・処刑の素晴らしさ」などを宣伝している日本人が謎。
何故か中国よりも、ソーカツ・リンチ好きな人々が暗躍している土壌。
さすがイジメ大国だ。
東洋文明が保存された最後の聖地だったのに、このままでは消滅必至。惜しいな。

あとこれは全くの偶然だが、
上ブログで更新が止まった日付が「8月19日(諸葛亮の誕生日)」、しかもその前の人気投票発表の日付が…、というところにギクリとした。
何の関係もないのだろうけど反転しているように読めてしまった。
(なんのこっちゃ、ですね。分かる人だけに分かって欲しい)


記録に拠らず伝わる真実

ふと不思議に思ったが、上の動画のような「君臣仲良し」イメージはどうして今に伝わっているのだろう?
と言うのも、記録文にはそこまではっきりと「仲が良い」とは書いていないはずなのだが……。

陳寿評でもいきなり
「君臣の鏡」
などと書かれている。
その前提としての信頼関係は、本文には明確に記されていなかった気がする。
(昔読んだ限りの記憶では。これから翻訳のため読み直して精査するつもりでいる)

今に伝わる仲の良さは、後世、記録を読み込んだ人たちが『出師表』や劉備の台詞から行間を読み取ってイメージしたのかな? と想像していたのだけど。
もしかしたら同時代に生きていた人たちの、実際に会った感じが噂となり広まっていたのではないか。

あなどれないのは、実際に見聞きした人たちによる伝聞力。
故意に捏造した悪口を流す人々の噂話は別として、実際に目で見て耳で聴いた人の素直な印象は驚くほど正確に伝わる。
もしかしたら昔の人たちの「伝聞力」は、ニュースであっさり映像を観ることができる現代人の力を遥かに超えるのではないか。
日々大量に入って来るニュース映像などよりも、情報の少ない時代における、体験者による語り口のほうが力があったのかもしれない。

そんなわけで、「劉備と諸葛亮は仲が良かった」という真実イメージが広く伝わったのだろうね。記録文にも頼らずに。

彼らの物語が現代に伝わったのも、真実を歪めなかった当時の人々の誠実さのおかげ。
「劉備と諸葛亮は、本当は仲が悪かった」などという捏造話を広めようとしている悪辣な現代日本人、このような歪んだ人々が存在する時代ではとうてい伝わらなかったろう。

/それにしても、「ラブバード」なところは自作品『我傍』イメージと突き合わせても遜色ないどころか、現実のほうが上を行っているのは凄い。今さらだが。

 続きの話。>>「忠臣の鑑」という噂の真相


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桃の開花。花酔いする東洋美に、「ここはどこだろう」と一瞬迷う

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吉野 圭-Yoshino Kei
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今年も桃が開花しましたね。
(ボケた写真ですみません)
momo.gif

桜も蕾を膨らませて、開花まであと少し。楽しみです。

やはり、この時期に梅や桃、桜が咲くのを見ると気分が上がります。
一年無事に過ごせたということに感謝と、いつまでこの景色が見られるか分からないので大切に愛でようと。

「いつまで」と言うのは自分がいつ死ぬか分からないということもあるが、核戦争が起きる可能性もまだゼロではないので。
さらにもっと身近で現実的な話として、日本の桃と桜は、外来種の虫たちに食い荒らされて絶滅の危機にあるらしい。染井吉野も寿命間近という残念な話もあります。

だから毎年書いているが、今の日本は奇跡的に花に溢れた地点。
桃や桜の花びらが風に舞う、典型的な“東洋の景色”は今ここで最後に見られる奇跡だと思っています。

数年前も日本風の庵がある公園で桜吹雪を浴びていた時に思った、
「もし再び生まれ変わって今ここの景色を思い出したら、古代中国と間違うのではないか?」
と。
さすがに洋服にビル群の全体を思い出せば間違うことはないのだろうけど。
公園など観光地の一場面だけを思い出したなら、古代中国とほとんど見分けがつきません。

こちらは数年前に私が撮った日本の里山。(以前載せたと思うが、カットしたため再掲)
satoyama.gif

最近、私はYouTubeで古琴の曲にはまり、流れで中国系の音楽を聴いています。
たいてい曲の背景に中国の時代劇ドラマの映像が使われているのだけど、「京都か鎌倉で撮影した?」と聞きたくなってしまうセット。
これは、西洋の方々は日本と見分けがつかないだろうなあ……おそらく日本だと思って観光に来てしまうなと思いました。それでもきっとイメージを裏切られず満足してお帰りになるだろう。

どうか日本人はこの東洋美という遺産を大切にして欲しい。
(そしてこれほど似ているのだから、DNAヘイトはやめようね)



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特殊な運命は、過去の傷が多い証

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吉野 圭-Yoshino Kei
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ちょっと独白風メモ。10:29追記

日ごろ私は「バランス、バランス」とうるさく言っているけど、自分自身の人生は極端だな。
前世は極端に活動的だし、今世もその正反対で極端に静穏(底辺とも言う)。
激しく揺れる振り子のような二つの人生だった。

ただネイタルのホロスコープを見ると、前(仮)と今、どちらも左右上下ばらけていて「バランス」が取れている。
これだけのバランスで特殊な形状を成しているのはわりと少数で、だからこそ現実の私の人生に表れる事象も特殊となり、極端に見えてしまうのかもしれない。

どうしてこのような運命を持つに至ったのかと言うと、何度も書いているように「経験値」のせい
自分が「凄い経験あるぞ、だから凄い人間なんだぞ!」などと言いたいわけではなくて、単に老いているだけ。
誰でもいずれ老いて、アスペクトの傷跡を多く持つようになる。肉体も老いたなら顔に皺が多く刻まれるように。

たぶん『永遠の雨』を読まれる方は少ないと思うのでここにも書いておくと、私の転生物語は虐待を受ける人生で始まった。
その後も身体的な虐待や、精神的な虐待を受け。
孤独で報われない人生がほとんどだった。
それらの苦痛が魂を磨いてくれたのだと思っている。
(そう言えば、不自然な宗教的修行をしたことは一度もなかった。全て人生をそのまま生きただけだ)

苦痛の人生はきっと自分で望んだもの。
「犯罪の被害者となった人は過去世で悪いことをした罪人だ」
と言うのは、一部そういうこともあるかもしれないけど全てではない。
最初から被害者の側で生まれ、最後まで苦労を背負いたいと望む魂もある。(早く成長するために)
だから被害者を「前世で悪いことをしたに違いない」などと言って差別してはならない、とはそういうこと。


【この記事だけ読んでいる方のために解説】
“カルマ”とは単に行いの意味で、多くの人が勘違いしているような「罪」だけの意味を持たない。
実際、度重なる悪行や怠慢の結果、課題をたくさん残している魂もいる。そういう魂は早く負債を解消するためにハードな運命を負う場合がある。こういう人の場合は確かに、カルマを「罪」とネガティブな呼び方をしても妥当になるだろう。
そうではなく、罪などは無いのだが、魂のヤル気が高いために自らハードな運命を選ぶ場合もある。この場合“カルマ”は、その課題をこなすだけの経験があるという「スキル」の意味で解釈するのが妥当。
“カルマ”には悪い意味も、良い意味も含むということだ。つまり過去の成績累計と言えば正確か。

※追記 「老いている」と言っても、ここで書いたのは地上の意味であって、魂全体の年齢で考えれば私はまだ青年(成年)期くらい。地上レベルでも全然まったく一ミリも賢人レベルに達していない。私がここでこう書いているのを見て、高次霊の先輩方は「ヒヨッ子が、何を偉そうに」と笑っていると思う。ただホロスコープを見れば、地上での学習は終えつつあるのかなと思えるだけだ。


 アスペクトは経験値を表すという話、関連記事
 ・かつて有名だった人のホロスコープ
 ・単純な人、複雑な人
 ・霊格、「魂の年齢」を知るための詳しい話


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