我傍的、ここだけの話

吉野圭のプライベートブログです。自作品『我傍に立つ』裏話と世間雑記、占星術メモ

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吉野 圭-Yoshino Kei
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創作裏話とプライベート、世間話のブログです。+占星術。
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〔ご案内〕このブログでは主に小説内容に関する記事を書いています。

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『我傍に立つ』
…歴史小説ではありません。古代東洋が舞台の架空小説。前世イメージを描いた人間物語です。現代的な感性・現代文で書いたので、特別な知識は要りません。どなたでもお読みいただけます。(ただし戦闘描写は省いています。このため歴史小説好きの方には物足りない可能性があります)→『我傍』ご感想

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『僕が見つけた前世』
… 筆者の体験を描いた「ほぼ自伝」な小説です。十代の子でも読めるよう、柔らかい文体で書いています。日本語が分かる方なら、どなたでもお読みいただけます(ただしPG12)。 →『僕前』ご感想

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『永遠の雨、雲間の光』シリーズ
… SFファンタジー。『我傍』以外の、前世記憶として浮かんだイメージを描いています(3巻は『我傍』と対になる話で、メインストーリーです)。若干、難解。残酷描写があるためPG12。 →『永遠』ご感想

この他、いただいたご感想とレス

【初めての方はこの下も必ずお読みください】
Kindle本の読み方、このブログを閲覧されるに当たっての注意点、要パスワード記事について:


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「プリンアラモードさえあれば生きていける」発言にほっとする

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吉野 圭-Yoshino Kei
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今年は険悪にならないことを目標としていたのに、さっそく気持ちの悪い人々の話を書いて申し訳ない。

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今日、上司が
「二十歳のころ、プリン・ア・ラ・モードを食べて“こんなうまいものがあるのか!”と思って、“プリンアラモードさえあれば生きていける”と思った」
と言ったので笑って力が抜けた。
……女子か! 笑

ちなみにこの上司は60歳男性。

本当にいいね、こういう普通の感性で生きている人は。
最近「社畜(サラリーマン)」を異常に憎み、「金儲けだけが正義」と言っている目の血走ったおかしな人たちばかり眺め、絶望感を覚えていたのでほっとした。

「甘い物食べたい」
と思うことも欲望と言えば欲望なのだけど、ささやかでちょうどいい、可愛げのある欲だと思う。
実際「プリンアラモードさえあれば~」と言いながらそれだけ食べることを実行しているわけではないし、ほぼ夢想のようなもの。人間らしくて好きだ。


※「プリンアラモード」は昭和レトロなおやつだけど、検索すると今でもけっこう食べさせてくれるお店はあるらしい。
 ⇒懐古趣味だなんて言わないで!昭和のスイーツ、東京のプリンアラモード9選

追記。くれぐれも食べ過ぎには注意してください! 何でも適度でね。食べ過ぎ・やり過ぎは万病のもと。糖質の採り過ぎも、完全糖質制限(タンパク質だけ貪る)も死に直結します。


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元ブロガー、オワコンだから社畜牧場を作るらしい

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吉野 圭-Yoshino Kei
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脱社畜教祖批判をしたところ少し閲覧者が増えた。
信者たちだろう。彼らは昨日から「このブログ筆者の職業は何?」と職業情報を漁っている。
「なんだ社畜の貧乏人じゃないかw」
と安心して嘲笑しているのだろうな。

人を職業と収入だけで判断する人々。さもしいね。
(と言うか国民年金も払えない信者よりマシとは思うが)

昨日も、障碍ある人が広告塔となった脱社畜教本の称賛レビューを眺めていて
「希望」
という言葉が躍っていることに絶望を覚えた。
金儲けだけを「希望」と呼ぶ。
障碍あって稼ぎがなくても前向きに生きている人たちは大勢いるのに、そういう方々は稼げないから「絶望」で、素人を騙して憶単位の収入を得ている人の人生だけを「希望」と呼ぶの?
なんて貧しい価値観だろう。

たぶん人類の長い歴史上、「金儲け(どんな悪徳手段であっても)」を直球で「希望」と呼ぶような、完全なる恥知らずが生まれたのは現代が初めてだと思う。


実は……私は気持ちが悪いからあまりこのジャンルを見たくなかった。今までも生理的に無理でまともに眺めたことはない。
しかしうっかりこのジャンルに触れてしまったため、やむを得ず観察したイケハヤ氏のブログでこんな投稿に遭遇して驚いた。

 ⇒もしも稼げなくなったら、どんなビジネスをする?イケハヤの事業アイデア。

驚異のダブルスタンダードに我が目を疑う。
今まで「企業は全て社員を家畜にしているブラック」「脱社畜しない奴はバカ」と言って会社制度を全否定していたのに、ブログがオワコンになったら事業を起てて
「これから社畜牧場、作ります」
宣言ですか。
酷過ぎる。

こんな投稿もある。
 ⇒プロブロガーだけど、ブログはオワコンだと思ってるよ。その理由を解説!

酷いねえ。
今までたくさんの人に
「プロブロガーにならなければダメ!」
と布教してきて、まともに生きている人の人生を全否定し、会社や大学を辞めさせてきたというのに。

元々ブログは長文で表現したい人のためのツールだ。
小説を読むのが苦手な人、長文を書くのが苦手な人には関係のないものだったはずでしょう。最初から。
それをアフィリだけに使えると主張し、アフィリエイター向けのコピペ文を投稿し続けること自体が、始めから「オワコン」となることは必至だった。
十年も経てば価値がなくなると分かっていただろうに。
多くの常識人たちが「そんなビジネスが長く続くわけがない」と言って来たのに一切耳を貸さなかったのは誰だろう。

今、ブロガーとして荒稼ぎした彼らは手の平返しで、全ての文章コンテンツをバカにし嘲笑している。
そして今度は「ユーチューバーになりました!」と言っている。
今さらですか。ご苦労なことで。

でも中身のない、サロン勧誘の宣伝しか流さないユーチューブ動画など、ブログよりも一瞬でオワコンになると思う。
(いっぽう、面白かったり為になる、きちんと中身のあるコンテンツを作っているユーチューバーは下火になっても残るだろう。立派な知的財産コンテンツとして)

イケハヤ氏の発言で特に笑ってしまったところ、
ぼくら、もう小説って読まないじゃないですか。

そんなことないでしょ。笑

この人は元々、どれだけ読書嫌いだったのかなと思わせる発言。
自称・年間1200冊読書されているらしいが(本当に読んでいる人は普通、恥ずかしくて読書数自慢しないよ。どうでもいいけど)、おそらくビジネス書とマンガしか読まない主義なのだろう。

最近は小説読みが増えていることをご存知ないらしい。
相変わらず紙本は低迷しているが電子書籍読みは増えている。
きちんとしたコンテンツとしての小説にはまる人はいつの時代でもいるし、中毒性があるから読むことをやめられない。

しかも文章好きにとって動画は疲れるもの。
文章派は、ユーチューブ動画など一切見ない。
(私もフリーや公式の音楽を聴くだけで、映像は観ない)

だから、これからは文章派と動画派で二分されることになると思う。
人数で言えば少なくなるだろう文章派も、まともな記事を求める人だけが残るならそのほうが嬉しい。そちらのほうが価値あるジャンルとなれる。
むしろ現在、テキストサイト全体の価値を落としているアフィリブロガー(と低次元キュレーションサイト)たちに早く去って欲しい。

少しずつだが確固たるコンテンツを好む人が増えているということで、今は良い傾向。
似たり寄ったりなアフィリブログや、アフィリユーチューブ動画が廃れてオワコンとなっていくのは避けられないだろう。
彼らはご自分でも分かっているので「社畜牧場、作ります」宣言をしている。隠せない焦りが見える。

/このジャンルは本当に気持ちが悪いから今回で最後。
専門の方々にお任せします。











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「全身不随の17歳が年1憶円稼ぐ」の真実

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吉野 圭-Yoshino Kei
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眺め始めるとこの「ブロガージャンル」も本当に酷いな……。

想像以上に世の中は腐りつつある。
スピリチュアルをバカにして嘲笑している人たちが、もっと怖いものを妄信してせっせと金を貢いでいるのだから笑えるな。

この記事のリストに後で「ブロガー志願者」も入れておこう:
 『「スピリチュアルを信じる人は知能(知性)が低い」という話の危険性』


たとえばこんな人もいるらしい。
「12歳の時に事故で全身不随になったボクが、インターネットで企業して年1憶円稼いでます! 誰でもできます!」
と言って情報商材で稼いでいる方。

 アマゾンページ ⇒『テトラポッドに花束を』
(もちろんこのリンクはアフィリエイトではありません)

いったい、こういう人の本やブログは、ブロガーとなって荒稼ぎしたいと目を血走らせている信者以外の誰が読むのだろうな?

私は彼について詳しく知らないので、レビュアーさんのご意見を引用させていただこう。
皆様がブロガーとなって崖から落ちませんように。
※古い話と思われる方もいるだろうが、今もまだアドセンス広告が出ているので注意してください

上でリンクしたレビューページより引用:


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アフィリブログの文に何か価値があるのか? 「社畜やめた」人々の末路

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吉野 圭-Yoshino Kei
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タイム・イズ・マネーに関連して。

ついでに気になったので書いておくと、未だに
「ブロガーになって社畜やめる」とか
「リーマンはバカ! ブログ書け! ブログ書かない奴は駄目人間」
などと布教活動をしている人々がいるのだね。心底驚いた。

こちらのマンガを描いたかいちさんも信者であるらしい。あのマンガの結末も「ブログ書け」になるのだろうな、アリスで。(ブロックチェーンに足を入れておくのは悪くないと思うけどね)
せっかく面白いマンガが描ける技術があり、世の中からも認められたというのに、宗教の勧誘で稼ぐのはやめたほうがいいと思う。「確実なスキルが大切」と言うならちゃんと漫画家になって一般作品を描いて稼いだらどうなのだろう。何より難しいデビューのきっかけを得たのだから。

私のブログ読者の皆さんはブロガー教団の教義を、どうか本気にしないでくださいね!


その会社は本当にブラックか? あなたは社畜か?

ブラック企業の「社畜」となるのは確かに不幸だが、本当にブラックなのかどうか見極めたほうがいい。
上のブロガーたちはまともな全ての会社を「ブラック」と呼び、勤め人を全否定して嘲笑している。
まともな会社は必ずあって、そういう会社で汗水垂らして働くことも貴重な経験なのだから、ないがしろにしては駄目。

何の仕事でもいいから、ちゃんと働け。(犯罪以外)
ニーズがあるなら農作業でもいいだろう。

会社を辞め独立して営業しようとしている人は、立派。
でも確固たるスキルがないなら安易に会社を辞めるべきではない。
前記事でも書いたけど、独立して稼ぐにはサラリーマンの何倍もの時間と苦労が必要だ。ましてブログで稼ぐにはどれだけの努力が必要か。そういうことを理解して会社を辞めているのか?

「簡単にブログで稼げる、それが一生涯続く」なんて幻想でしかない。
既にイケハヤ教で会社を辞めた元社畜たちの99%は脱落しているらしい。
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http://mecchanikukyu.hatenablog.com/entry/2018/09/13/163424より引用

今、稼いでいるブロガーも一年後にはどうだろう。
十年後は言うまでもなく……悲惨だ。
きっと年金も払えないだろうから、老後はさらに暗闇。
恐ろし過ぎて想像したくないな。


自分はなんでブログをやっているのか

そう言う自分もブログ運営者。でも、「ブロガー」ではない。これで食べているわけではないので。

私はもうブログ黎明期から何かしら書き続けているけど、こんなもので生活をしていこうとか、生活できそうだと思ったことは一切ない。
今でこそ広告を置いているものの、これは嫌がらせ目的の人を避けるためで、実際に運営費をまかなう以上に稼げたことはない。(稼ぐつもりもない)

有害広告で読者様に迷惑をかける可能性もあるからと思って、始めの頃は広告ゼロで運営していた。
ところがただ嫌がらせのためだけに通う人たちが無料で情報を持って行き、嘲笑して愉しみ、あげく著作権侵害のパクりで金儲けに使うのでさすがに馬鹿馬鹿しくなった。
広告を置いたからと言って嫌がらせが防げるわけでもないのだが、少しは良くなったと思う。
やはり嫌がらせ目的の人は相手に利益を与えることが「絶対の絶対に嫌!」だから、広告があれば通うことも心理的負担になるらしい。

で、
何のために今もブログを続けているのかと言うと、内容を伝えるため。
(小説、占星術、その他メッセージを広く伝えるため)

伝えたいことがあるから書く!
始めからその一点しかない。

当たり前だけど、ブログとは記事コンテンツを閲覧者様に届けるためにあるわけだ。
本末転倒し、(ここでも手段と目的を取り違えて)、ただ「アフィリで稼ぐためにブログがある」「社畜やめるためにブログがある」と思ってしまうのは大間違いと思う。


どれを見ても同じアフィリブログに価値はない

だいたいアフィリブログは全て
「自分これだけ稼ぎました」と
「どうやれば稼げるか」
の記事しかないよね。
そんな誰もが同じコピーペーストしたような記事を書いていて、「我々のブログ記事は資産価値だ!」などと言っているのは首を傾げる。

誰もが書ける文章など、明日にはゴミになってしまう。
アフィリエイトに関心を持つ人がいなくなったら即、忘れ去られる。

どんなに下手な文でも日常記事でもいいから、その人しか書けないオリジナル記事を書いているブログ・ツイッターのほうが遥かに価値があると思う。
金を生み出さなかったとしても誰かの気持ちを慰め、時間潰しにでもなっているなら、圧倒で絶対的な価値があると言える。


ここからは自慢かも

これは自己肯定のため、自慢になってしまうかもしれないけど、私の書いた小説やブログは未だに誰かに読まれてご感想をいただく。

非常に細々としたものだし、話題になったこともないので世のベストセラーに比べたら遥かに劣るのだが(当たり前)、それでも長期にわたって感想が途絶えることはなかった。

こんなに長いこと読者を獲得し続けられるとは思わなかった。
私自身も、これほど長期にわたって自作品に関わり続けるとは思わなかった。

本当に有難い。
読者様のおかげ。

書いて良かったと心から思う。
何度もやめようと思ったブログも続けて来て良かった。汚い駄文ながらブログ記事もこうして残っているわけなので。
広告収入などほとんどなくても、確かにこれは自分の「資産」だと言える。

上のマンガ家さん、かいちさんが言うことで真実なのは、「確かなスキルが大事」ということと「作品を残すべき」ということ。
そのために割く時間なら「無駄」とは言えないだろう。

執筆体験という経験も、感想を得られるという経験も、かけがえのない貴重な資産だ。


これからのブロガーたちへ

もしこれからブログを始めよう・作品を世に出そうと思っている人がいるなら、誰かと同じアフィリエイト教団へ勧誘するための宣伝文句ではなく、オンリーワンのコンテンツを遺すようにしてください。

「オンリーワンだけに価値がある」とは聞き飽きた言葉かもしれないが、真実だから。

>>続き。元ブロガー、オワコンで社畜牧場を作るらしい


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タイム・イズ・マネー追記。個人が地上で持ち得る財産は「経験」のみ

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吉野 圭-Yoshino Kei
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昨日書いた、「時間が大切」という言葉についてもう少し詳しく話をします。

時間の有効性

ここで言う「大切な時間」とは単純に時そのもののことではなくて、時間を何に使うか・どれだけ味わうかという「有効性」の話。
「時間の有効性」と言うと、たいていの人が
「一秒でいくら稼げるか? たとえばビル・ゲイツは7280円……」
という話に終始する。
とにかく金に換算できることだけが価値だと考えているわけだ。

多くの人は目に見える物だけを「価値」と考えている。
このため、金・物・地位などだけに価値があると思い込んでいて、目に見えないものは一切無視する。
だから金のために全ての人生の時間を注ぎ込んでも平気でいられる。

そうではなく、本当の価値は「目に見えないもの」のほうにある。

「目に見えないもの」、つまり経験(味わうこと)。


人生の目的とは何か

人生の目的とは何か?

人それぞれ人生計画は違うが、強いて全てをまとめて言うなら「人生の目的は、経験すること」だ。

スピリチュアル等を信じる人には、「魂は経験するために地上に生まれてくる。どんな経験であってもいい(ただし金儲けなどの手段に溺れることはここで言う経験に入らない)」という真相をお伝えできる。

「スピリチュアルなんてバカが信じるものだから自分は信じない。自分は皆より頭いいから!」と自慢する人たちには、あえて死後世界を信じろなどと言わないが、
たった一度の人生なら、なおさらその場その場を味わうことだけが大切じゃないか?
と言いたくなる。
人生、たった一度しかないと心から信じているわりに、金を貪ることだけに全ての時間を注ぎ込み死んでいく人々がいるのは不思議だ。
一度しかない時間を金儲けだけに割くのは、もったいないとは思わないのだろうか。思えないとしたらやはり相当のバカであることを証明しているが。

繰り返す、人生の目的は「経験すること」だ。味わうこと。

家族と温かな一日を過ごすこと。
汗水垂らして仕事をすること。(追記 体の動かない人の頭脳仕事も「汗水垂らす」に該当する)
仕事の後に一杯のコーヒーを飲んでホッとすること。等々……
何よりかけがえのない経験は、他の人々と過ごした時間だ。
語り合い、愛情を交わし合い、伴に過ごした時間の思い出。
それらは死んでからもきっと思い出として輝き続ける。
たとえ魂がなく一度で人生が終わるのだとしても、その経験を味わった瞬間はかけがえのないもので、経験した幸福感は金で買えるものではない。

人生の時間は全てこういう「経験」をするためにある。

金はこの経験をするための「時間」を保つ道具に過ぎない。
地上で自分が乗っている生体を維持する、「地球フィールドにログインを続ける」ためのツール。

だから、生体を維持するため(+ささやかに余暇を楽しむため)に必要な最低限の金さえあれば充分と言える。

ところがそれ以上に金が欲しくなって、人生の時間を全て売り払い、家族も友も目的もない「無」の人生で金だけ得ようとする人々が多い。
金を貪ることが目的となって人生そのものを忘れてしまうわけだ。

ロールプレイングゲームにログインしているのにその世界の金貨を稼ぐことだけが目的になってしまい、一つの地点に留まりゲーム世界を味わうことを忘れてしまう人がいたら、
「何やってんのコイツ?」
「なんでログインしたの?」
と思うだろう。
それと同じくらいの本末転倒な行動。
(実際、RPGは歩いて経験しなければ金貨が得られないシステムだからそうはならないだろうけど。RPGはよくできている。現実もそうであれば分かりやすいのにな)


「金で世界を支配したい」、へえ。……で?

人生の全ての時間を金を稼ぐことだけに割いている人々は、もしかしたら
「金があれば世界を支配できる。力が得られる。全ては俺様(笑)の思う通りになる」
と信じているのかもしれない。
金を稼ぐことではなく世界を支配することが目的なのかも。

なるほど現実に金で世界を支配している人々は存在する。
そんな立場の人になるために生まれてくる人生計画もあるだろう。
そういう運命を持つ人なら納得する。

だけど普通の人は、まずその立場になれない。計画のない人に運命の実現はないからだ。

いくら投機で資産を増やそうとしても、普通の人は世界を支配するレベルに達する遥か以前に人生の時間が尽きてしまうだろう。

仮に「引き寄せスピリチュアル」とやらの魔法を使って人生計画を変更し、世界を支配できたとする。――え、で? 
だから? どうするの? その先は?

たとえ自分の欲望を実現できるような世界が実現したとしても、どうせあなたは死んでしまうのだ。
100%間違いなく死ぬ。科学技術が進んで機械の体を得ても、いつかその機械も朽ちて無くなる。
物質に永遠はない。

死ねば金も地上の権力も、全て無に帰す。
だとしたら、地上を支配したことにいったい何の意味があるのか。

子孫に財産や権力を遺したことに意味がある?
死んだあなたにそんなことは関係がない。呆れるほど、ない。
もし、生まれ変わりがあるとしても、未来の人生で過去の子孫へ話しかけることさえ不可能だ。
(あ、いや、やろうと思えば可能だろうけど「頭がおかしい」と気持ち悪がられ相手にもされないだろう。だけではなく逮捕されるかもな、笑)

つまり人間が地上に残せる固有の財産は一切ないと言える。思い出以外には。


結論

自身が味わう経験、その思い出以外に、個人が持ち得るものは一切ないということ。
だから有効に使う「時間」こそが最も大切で、「経験だけが財産」なのだと言える。

 このことをもっとシンプルに説明した言葉。余命宣告されたある若い女性の訴えが真実:
 『残り時間を数えて焦らなくていい。つまらない日常こそ、楽しもう』


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管理用 anriy3@gmail.com