ライアン君の話と、織田信長の生まれ変わりにオートロック教えたい??

 何かのテレビ番組で、1930年代にハリウッド俳優として生きた記憶を持つ「ライアン君」の話が特集され面白く見た。
例によって家族が録画した番組を横で見ていただけなので番組タイトル不明。

ライアン君の話とは:
 『前世の記憶を持つ5歳の少年、ハリウッドアクターの生まれ変わりだと主張』(リンク切れのためURLカット)

ライアン君の話によれば、前世では、ライアン君は世界中を旅していて、リタ・ヘイワース(40年代に活躍した女優)などと、ブロードウェイで共演したそうだ。


「これ、僕だよ。」
 
ライアン君が指さしていたのは、1932年の映画『Night After Night』のページに写っていた一人の男性だった。その男性はエキストラで、出演者名簿には載っていなかった。
 


この話の中で頷いたのは、ライアン君は前世の自分の名を覚えていなかったのだが
「今から言う名前のうち、自分の名だという感覚があるものがあったら教えて」
と言ってランダムに名前を言って行くと、ある名の時に
「あ! それだ!」
と指摘したらしい。そしてその名と上のエキストラの写真が一致。

そうそう、これが通常だと思う。
私も同じで名前は覚えていないのだが、パラパラ漫画をめくるときのようにスピードを出してページをめくっていくと、光るように目に留まる名前があった。その名と、記憶が完全一致した。(もちろんその時、その名も人生も全く知らなかった)

まあ私の場合はエキストラとかではないので世間的に説得力はなく、誰にも信じてもらえないのだけどね。
ライアン君がとてもとても羨ましくなる。
私はただもう知名度だけで嗤われ、「嘘でしょ」「妄想でしょ」「潜在記憶でしょ」と無考えに決めつけられてハイ終わり。話を聞いてさえもらえない。
差別である。
(それにしても皆さん考えることが大嫌いだな。細かい経緯も、理屈も一切無視。「有名」「無名」だけでレッテルを貼り無考えに決めつけバカにする)

信じてもらいたいわけではないのだが、「気軽に話ができない」というのが何より辛いんだよな。
家族とテレビを見ていて上のような場面に遭遇しても「そうそう」と頷きたくなるところぐっと堪え、言葉を飲み込む。
その反動でこんなところで書いていたりする。

愚痴はこのくらいにして笑ったのが下の話。

この特集の直後、MCの女子が
「現代に蘇って(生まれ変わって)欲しい人って誰ですか?」
と出演者たちに質問したところある芸人が
「織田信長!」
と答えた。そしてこう続けた。
織田信長が現代に生きていたら、オートロックとか教えたいですね。本能寺にオートロックかけられるように」

……うん?

いや、織田信長が現代に生まれ変わったとしても、0歳から君らと同じ時代に生きているのでオートロックくらい知っていますよ?

笑った、と言うか苦笑した。

皆さんタイムトリップと生まれ変わりの区別さえついていないのか?
困ったもんだな。


この番組を見て改めて思ったが、世間の人はいまいち「生まれ変わり」が何であるか理解していない。

タイムトリップと転生の区別がついていないのは酷いが、そうではなくても
「生まれ変わり = 同じ行動をする人」
だと思っている。

たとえば織田信長の生まれ変わりだったら天下統一を目指すはず、とかの定義だね。
現代日本に生まれ変わって天下統一を目指すわけないだろ(笑)と思うのだが、ここのところが理解できていない人が多い。

真面目に本当の話をすると、そもそも同一人物なら完全に同じ人生を歩むことはあり得ない。
違う人生を生きなければ「生まれ変わり」の意味がないからね。
魂は必ず同じ土地の同じ家系(子孫)に生まれ変わると信じている人たちもいるが、これもほとんどあり得ないらしい。人種も国も違う人生を選ぶのがほとんどで、子孫に生まれ変わるのは非常なレアケース。(ニュートン氏は「無い」と言っている。日本ではよく祖母が孫に生まれ変わった等の話があり、完全否定は出来ない)

前世で有名だったり、大変な人生を送った人は、来世では無名で穏やかな人生を選ぶのではないかと私は思う。

 

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