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張飛、字/益徳について。

 張飛の一般的イメージをまとめると
「豪胆、マイペース、気が短い、正直者」
 であるらしい。
 ※参考:「無双占い」

 良く言えばワイルド、悪く言えば乱暴で粗野な印象。
 少なくとも、教育のある人物ではなさそう。

 でも私のイメージには、こういう典型的な「張飛」という人物は存在しない。だから今後も小説で、上の張飛を登場させることはしないつもりでいる(予定)。

 現実の張飛はどのような人物だったのか。
 史料を見ると、張飛は謎の多い人物。
 故郷は劉備と同じ郡、若い時に関羽とともに劉備に仕えたという。
 けれども、彼のバイオグラフィについてそれ以上の情報は『正史』にはない。
 また性格についての記述も僅か。
 目下の者に辛く当たったという記述以外、性格に言及した文は見当たらない。
 (あくまでも私の乏しい史料の中では)
 豪胆だという性格は、曹操軍急襲の際に殿を勤めたときの、
「我こそは張益徳……かかってこい」
 うんぬんの件から生じたイメージだろう。
 現代に伝わる張飛の一般的人物像は、ほとんど羅貫中の創作なのではないかと私は思う。

 まず、
「まったく教育がない人物」
 として描かれる点。
 これは現実とは異なるフィクションだと考えられる。
 張飛は晩年、国家で責任ある地位も任せられたほどの人間なのだから、少なくとも当時の最低限の教育だけは受けていたはず。

 では張飛のリアル・バイオグラフィとは……
 
 ***以下、著者の推測***
 張飛は劉備の幼馴染。または都で一緒に学問をしていた者。
 馬商人のボディーガードを始めた劉備とともに、任侠者たちと交わるようになる。(任侠者たちの中の一人が、関羽)
 任侠者たちとの交流が深まり、劉備とともに義勇軍を結成。
 ***以上、オリジナル***
 
 と、自慢するほどのものではなかったな…。結局のところよく分からないということ。
 小説ではこれにプラスアルファをするつもりでいる。
 
 ところで私には、『正史』からも『演義』からも名前が消えてしまった人々がいるように思えてならない。
 それが、上の推測で出した 「ヤクザ者たち」。
 劉備は彼ら全員を兄弟として扱って、戦場でも伴に寝起きしていた。
 (つまり劉備の義兄弟は、たった二人だけではなかった)

 この無名の人々は教養がなかったために、最期まで地位を与えられることなく戦場で散ったものだろう。

 張飛のワイルドで粗野な人物像は、無名のまま消えた劉備の義兄弟たち全てを表したもの……と私は思っている。
 無名の集団をまとめていたのが張飛だったので、彼らに
「張飛」
 という名が与えられたのかもしれない。

 その後、大衆によって伝えられたイメージを使って羅貫中が創作、完成したのが、現代の一般的「張飛」という人物像では。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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