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    『ラピュタ』や『魔女宅』へのオマージュ? 『メアリと魔女の花』感想

    今宵は童心に帰り、『メアリと魔女の花』を鑑賞。

    世間では賛否両論の評価だったみたいだが、私は面白かったな。
    日ごろ「ジブリ嫌い」と言っている家族もこの作品は楽しめたようだ。

    『メアリと魔女の花』紹介文より
    失敗や悩みに、自らの意志で変わる一人の少女の“出会いと希望”の物語
    禁断の“魔女の花”の力で魔女となった少女メアリの奇想天外な大冒険と、
    やがて“小さな勇気”を持って自分の力で失敗や困難に立ち向かう“出会いと希望”の物語。

    王道のストーリーが良かった。
    普通は王道が恥ずかしくなって小難しい展開にしてしまうところ、素直に王道を貫いて子供に寄り添おうとした姿勢が清々しい。
     ・冒頭に思わせぶりな過去の大事件
     ・転じて本編では、平和な日常から始まる
     ・失敗ばかりで「私ってダメな子」と悩んでいる主人公
     ・そんな主人公が唐突に、超能力(魔法)を手にする
     ・天才とチヤホヤされる
     ・恐ろしい敵が登場
     ・敵から命からがら逃げるが、友を救うために勇気を振り絞って戻る
    というこの展開は概ね、ドラえもん大長編シリーズにも通じる良い物語の法則を踏む。
    あとは、主人公が「実は正体は……」という謎を匂わせているのが良かった。

    余談だけど、「ごく普通に生きている主人公の正体は、実は……」という設定、燃えませんか?
    たとえば貧しい青年が実は王家の人間だったり。
    冴えないサラリーマンが密かにヒーロー業をやっていたり。
    これは『アーサー王』から続く伝統的な物語のスタイル。『醜いアヒルの子』などもそうだ。
    あまり行き過ぎると中二病感が酷くなるものの、ファンタジーでは必要不可欠な要素。
    まさか自分が現実でこのラインに乗るとは思わなかったのだが。笑
    自分の場合、「実は……」の正体が全く凄くないどころか圧倒で不利、というあたりが中二病を卒業して老けている気がする。

    それはともかく、伝統的に盛り上がる要素であるだけに、『メアリ』の「実は……」という結果が中途半端だったのは少し残念。
    主人公にも何らか受け継いだ能力があって、その力によって重大な展開があったほうが良かったな。

    作品全体のことを言うと、ジブリ世代としては何か物足りない感があるのは否めない。
    芸術性、メッセージ性が足りなかったのかもしれない。
    テレビアニメなら良いだろうが、世界に向けて発信する芸術アニメとしてこれでは物足りないのでは。

    外国人を虜にした『もののけ』『千と千尋』とは世界観の濃密さで比べようがなく。
    エンタメ性の高かった『ラピュタ』に比べても、やはり遥かに登場人物たちの想いが薄い気がする。

    まず、メアリとピーターの絆が薄かった。あれではほぼ初対面に近いだろうにと思う。
    (パズーとシータの、離れがたいほどの絆の深さとは比べ物にならない)
    それから、少年ピーターの性格や人生(家族構成)がよく分からなかった。どちらかと言うと『魔女宅』のトンボに近いイメージで描かれたのかな。あのような仄かな初恋感は、命懸けの冒険物語には合わない気がする。

    『ラピュタ』の醍醐味はパズーの想いだった。
    命懸けで少女を救いに行く激しさだけではなく、失った両親への想いも。
    「あの地平線 懐かしいのは どこかに君を隠しているから」
    「さあ出かけよう 一切れのパン ナイフ鞄に詰め込んで」
    「父さんが残した熱い想い 母さんがくれたあの眼差し」……
    (『君をのせて』)

    少年心を写し取った歌詞に、物語が伝える濃密な想いが表れていた。
    同年代で触れたあの共鳴は一生涯忘れられないものとなった。
    これからを生きる子供たちにも、こんな気持ちを刻み付けてくれるアニメを観て欲しいなと願うのだけど。

    たぶん最近のジブリのように、あまりにも観客を意識し過ぎてしまったのではないか?
    最も声高なジブリファンの、お母さん世代の女性たちを意識し過ぎた。

    アニメーターはもっと子供たち、少年たちを意識して想いをぶつけて欲しい。
    最近はどこの世界でも男の子たちがないがしろにされていて可哀想だ。
    『ラピュタ』にしろ、『ナウシカ』にしろ、始めのほうのジブリ作品は少年が意識されていたのではないかと思う。と言うより、描いている人たち自身の少年時代の心が投影されていたかな。

    いや……正確に言えば、男とか女とか、実はどちらでもいいのだが。
    とにかく監督・作者自身の「我が想い」をぶつけたものでなければ役に立たないと思う、たぶん。
    全ての創作も、文章もそうだ。
    誰かのコピーでは決してメッセージは伝わらない。


    最後にもう一度、『メアリと魔女の花で』個人的に良いと思った点。
    所々ジブリへのオマージュと思われる場面があって、そこは「コピー」であっても監督のジブリ愛が溢れていて面白かった。
    少年と少女が空中で手を伸ばし、
    「パズーー!」
    と叫んでしまうかと思った場面は嬉しかったし。
    ラピュタ雲の登場はあまりにも分かりやすい。
    最後は手を取り合って、「バルス!」ですかね。笑

    ラピュタ雲:
    kumo.gif


    監督へのインタビューによれば、
    《劇中には過去のジブリ作品を思い出させる映像がそこかしこに登場する。真意はどこにあるのか》

     「偶然です(苦笑)。入道雲や大木が出てくると『天空の城ラピュタ』(1986年)だ! とか、崖に板が打ち付けられた階段を見て『千と千尋の神隠し』(2001年)だ! とか言われるんだけど、よくある題材なんですよ」
    とのことなのだが。
    まさか偶然など、そんなことはない。よくある題材では全くない。笑

    パクりと言う人はいるだろうが、ここまで無意識的に溶け込んだモチーフもはや愛と言うしかなく、私は個人的に好きだなと思った。
    こんな作品愛も「我が想い」の一種ではある。
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