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メールにていただいたご質問文、引用させていただきます。

Q.
前世の記憶を思い出すことで、今世計画してきた宿題・今世の課題は見えてくるものですか?
……もし今世の手がかりになるものがあれば試してみたい、と本日の(10/9前世に関する)記事を読んで、ふと、その考えに至りました。
吉野様の記事を読んでいますと、やはり前世の記憶から今世の生き方が鮮明に見えているような気がするのです。

A.地上的な意味で、具体的に「これを為すべき」という回答は得られないと思います。
ただ、過去を知ることは今の人生を歩くための助けになるはずです。
※注意

人間は過去を分析して未来へ活かすことができる能力を持っています。
だから前世記憶を踏まえて分かることはたくさんあります。
そのおかげで私は、「今の人生ではこう生きるべき」という確信を持つことができています。
たとえば、平凡な人生が最高の恵みだということ・現世と死後は価値が反転するので貪らないこと・他者を想って生きるのが魂の幸福なのだということ……等々。

それは小さな意味の悟りというべきものに似て、私が得た確信を言葉にすると道徳の教科書のようになります。
もしかしたら道徳の本を読んでも同じ結論が得られたのかも、と思います。
ただ読書と違うのは、自身の体験であるために揺らぎない確信であるということでしょうか。また個人的なルーツや、自分の癖なども分かりますから、今後注意すべきことも分かるかもしれません。

しかしその確信を得ることと、現世の具体的な計画を知ることは少し異なります

地上の生活はあの世と違って物理に縛られるからです。
まず、日々の糧を得て生存し続けなければならない。
そのために仕事というものに縛られる。
縛られているうち本当の目的を見失う……目的を忘れなかったとしても物理的に夢へ届かない。
これが物理次元のジレンマです。
私はよく地上を「オンラインゲーム」に喩えますが、ここはアバターを持ってルールに縛られ学習するための、広い意味でのゲームと言って良いと思います。人生をゲームに喩えると不謹慎だと怒られるのですが、不自由さを学ぶ学習場であるとは言えます。
この不自由さこそ地上で生きる意味です。

誰もがここで本当の目的を見失わず、叶えることに苦労しています。苦労で自己を磨きます。
だから、挫折さえも経験して学ぶ必要があるわけです。

たとえば過去世で迷わず突き進み、そのため周囲に何らか影響を与えた人は、ブレーキを踏むことを覚えるために挫折を学ばされるかもしれません。
おそらく前世記憶を思い出すと、そういった「今の状態の理由」が分かって納得できることはあると思います。

残念ながら今後について具体的に何を為すべきか、地上の言葉で知ることはできないので過剰な期待は禁物です。
ガイド霊が今のあなたに「前世を知らせるべきだ」と判断すれば、きっと自己退行催眠で前世を知ることができるでしょう。現状を納得させるために。
その意味でなら、試す価値はあります。


※ご注意(ここでは書き忘れました) ただし、私は全ての人が前世を思い出す必要はないと考えている者です。皆様、高額なカウンセラーの元へ何度も通ったり、ヘミシンクCDを無理に買う必要はないですよ。思い出すべき人は、思い出す。ガイド霊さんの判断に委ねてください


【自分について】

実は私も、何事かを為すために生まれた感覚だけはあるのに、具体的には「今世計画してきた宿題・今世の課題」を思い出せずにいる者です。

私の場合、“感覚”と言うよりはあの退行催眠の際に思い出したものです。
「何か大切なことをするために、わざわざこの時・この場へ飛ばされた」と。

しかしそれが具体的に何であるのか、地上的な言葉ではついに思い出すことができませんでした。
私自身がこの通りだから、「前世記憶を思い出せば今世で為すべきことが明確に分かる」などと言えないのです。

※私の場合、ネイタルホロスコープに表れている通り「封印」の力が強く働いているため、他人よりも計画が分かりづらいということはありますが

最近になって悟ったのは、天界(死後世界)にいる先輩方さえも、何もかもを分かって人間を操っているわけではないということです。
いわゆる「ガイド霊」「指導霊」と呼ばれる高次霊たちには久しく地上に生まれていない方々が多く、地上の具体的な現実に疎いので、実は具体的な指示が出せないこともあります。

あるいは、私には具体的に為すべきことなどなかったのかもしれないと思ったりします。
「あの時代は重要だから、とりあえず、お前行って見て来い」
ということで飛ばされただけの可能性もある。
(ここが重要だという記憶だけは確かなので、今の時代が人類の転換期であるということは確かのようです)

または単に過去のことがあるというだけで、「再び何かできるのでは」と期待されただけかもしれません。
天界の方々も地上の人々と変わらず、漠然とした期待を寄せるだけのことがあると思います。
過去によくできた子は、先生方も期待するのでしょう。
そんな漠然とした期待が、「自分には使命がある」といったソワソワした感覚となっている場合もあります。

特に、過去世で耳目を集めた人の場合、高級な霊だけではなく下級の霊も期待して眺めているようです。
(下級と言っても悪霊とは限りません。我々と同じ人間レベル。私で言えば、かつての部下たちの可能性もあります)
そんな「下の者」たちが過剰に騒ぐこともあります。
彼らのメッセージを天界の先輩方、「上からの指導」だと勘違いしてしまうと道を誤るでしょう。

あたかもネットで閲覧する人々のように、霊たちも玉石混淆です。
だから私は彼ら全てをひっくるめて「オーディエンス(観客)」と呼んでいるわけです。

観客のことばかり考えていると、やはり自分自身の目的・人生を失います。
それでは民衆に尻尾を振って、受ける政策ばかりやった結果として操られてしまう政治家のようになります。
だからあまり「使命がある」などと思い過ぎないことです。

まずは自分自身がどうしたいかを知ること。
そのためには過去読みだけではなく、行動が必要です。
過去読みや占星術でヒントはたくさん得られますが、最終的には今の人生を自分自身で切り開いていくしかないのです。

「自分の歩いた跡が道となる」です。

ありきたりの道徳説教みたいになって、すみません。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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