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疲れるけど良い機会だから、前記事の確認で『はじ三』へ行くついでに幾つか記事を覗かせていただきました。コメントします。

2018/12/1修正・加筆

前半、“ええっ! 成功事例もあった孔明の女物の衣服を送る計略” は移動しました

諸葛孔明を「独裁者」と呼ぶタイトル

もう一個。同じくkawauso氏の記事で、このタイトルに脱力し笑う。

『ええっ! 独裁者諸葛亮を叱りつけた部下がいた!』
https://hajimete-sangokushi.com/2018/08/07/%e8%ab%b8%e8%91%9b%e4%ba%ae%e5%8f%b1%e3%82%8b%e9%83%a8%e4%b8%8b/

「独裁者」って……。
まったく。
酷い釣りのタイトルだ。 ※釣りではなく、kawauso氏は諸葛亮を「悪い独裁者」ということにしたい人らしい
劉備亡き後、劉禅を蜀の皇帝に立てて政治の実権を握った諸葛孔明
自ら丞相に就任して独裁的な政治を行った事が分かっています。
諸葛亮が丞相に就任したのは劉備の在世中であり、劉備自身から賜った地位である。※西暦220年
「自ら丞相に就任した」とは、よくもまあこんなすぐにバレる捏造話を書いたもの。

「劉備亡き後も丞相に留まった」から悪い独裁者だと言いたいのか?
劉備が死んだからと言って丞相の地位を返上できるわけがない。まして敬愛する主人から託された遺児を放棄するなど。国民から逃げ出して責任放棄も絶対無理な状況でしょう、あり得ない。
ここはkawauso氏が、諸葛亮が丞相になった年号を知っていて故意に誤った情報を書いたものであるらしい。

※2018/12/01 今となっては、この『はじ三』サイトも諸葛亮を「悪どい独裁者」に仕立て上げて貶める目的で作られたように思う。kawausoという人はただの歴史好きさんと思っていたが、このような誹謗中傷サイトを作成して大々的に運営しているあたり、お*が知れる。残念だ。


12/1 11:40 魚拓
スクショ:hajisan.gif

その後、kawauso氏は
劉備亡き後、劉禅を蜀の皇帝に立てて政治の実権を握った諸葛孔明
劉備が皇帝に即位した後に丞相に就任し独裁的な政治を行ったことが分かっています
と変更した。
劉備が存命中で、どうやって自ら丞相に就任して独裁的な政治を行うんだ!? 

そもそもこの人は
「劉備の死後に諸葛亮が若い劉禅を皇帝にして、蜀という国をつくり、自ら丞相に就任して独裁政権を作り上げた」
というストーリーを捏造してばらまくつもりだったらしい。(蜀という国は劉備の死後、諸葛亮がつくった)
無理やり作り話をしたので、前の文と後の文が矛盾してしまっているよ。笑

 この捏造の件について書いた記事:三国志ジャンルの捏造記事について。目的は何か?


諸葛亮が粛清し続けたとする濡れ衣と、現実は高潔な部下がいたという話

ところが、この蜀では無双状態の孔明を面と向かって叱りつけた部下が存在していたのです。
そんな命知らずが本当にいたのか見てみましょう。
「命知らず」って。笑
※ここも、読者が「諸葛亮は意見しただけで部下を粛清した人物なのだ」と誤解するように仕向けた悪意ある表現。
 ⇒恣意的な粛清なんてしていませんよ。

確かに一般的な独裁者を部下が「上から目線」で叱り飛ばしたら、部下は処刑されるだろう。現実に「命知らず」となるよね。
でも、諸葛亮は意見したからと言って処刑するタイプではないことが知れ渡っていた。だからこそ、堂々と叱ることができたのだ。
(叱った人の人格の高潔さもある。たいていの人は、大丈夫な相手だと分かっていても保身に縛られて思ったことが言えない。思ったことを言えるのは自己保身よりも、他人のためを考えることができる高潔な人。この点、陳寿も同様で素晴らしい)

余談だが上記事の叱責文を当ブログ筆者も改めて読み、身につまされている。
「道で行き倒れた人間の事は管轄外で構わず……」
現実にそんなことは絶対できないが、ここまでしっかりとした分別が必要ということ。
「他人には他人の人生がある。死ぬと分かっても放っておけ」。
全くその通り。お節介こそ相手のためにならない。
メモして部屋の壁に貼らなければ。

孔明は仕事についてはかなりのワカランチーノ(だから例え話で説得しようとした)
これもその通り。笑った。
事実、反省していても実行できなかったから死んだわけなので。

なお、このエピソードは当ブログでも諸葛亮の人格エピソードとして紹介しているが、叱責した人へ亮は
「その通りだね。済まない」
と謝っている。
おそらく中国的には、これは批判される行い。
だから日本でも、このエピソードに対しては「お偉いさんが下位の奴に謝ってんじゃねーよ!ボケ!クズ!」と批判されている(ネットで)。
確かにこのように上下をわきまえず、下位の者へ頭を下げることは「誤り」とされる。
中国史では、このような立場をわきまえない行いをした人が、ただそれだけで処刑されたことがあった。そこまで地位の上下・仕事の分担は厳しく徹底的に分けられており、「他人の仕事を取るな」と教育されていた。
そんなことは中国の常識。

だから諸葛亮は、“常識がない”と言えるのだよな。中国的には。
なのでコミュ障、理解されず、周りから反感を買ったのだと思われる。

ところで、現代まで続く日本の縦割り行政は、このような中国式の分担教育が徹底されたからかもしれない。
現代ではむしろ弊害が起きていて批判の声も高い。
もちろん、
「何でもやれ」
と言うのはやはり間違いで、仕事の範囲を守らずに自分の首を絞め、それこそ過労死しては元も子もないのは確か。
でもあまりにも管轄を徹底し過ぎても人が死ぬでしょう?
行政も無理のない範囲で、枠を超えた対応ができるように法改正していくべきでは。


三国志カテゴリ
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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