-
・translate 翻譯
三国時代の話をトップに上げないと書いたのに再び上げて、すみません。
このジャンルの人が来ているうちに伝えておかねばと思ったので。
(このジャンルに関心のない方へは、つくづく申し訳ないことです。いつもの通り無視してください)

china2.jpeg

※冒頭のお知らせを読んでいただくため記事の順序を変えました
※マニアに合わせて諸葛亮を「孔明」と呼んでいた箇所、「諸葛亮」または「諸葛孔明」と書き直します(中国語への翻訳に支障が出るため)

逆説を唱え承認欲求を満たそうとする、幼稚な人々

十年ほど前からですが、ネット上で「曹操の歴史的役割を認め、諸葛孔明の虚像を暴く」という説を書き込み得意になっている人々が増えているようです。

何故に彼らが得意になっているかと言うと、フィクション(演義)において
「曹操は悪」
「劉備・諸葛亮は正義」
という対立構造が描かれてきた歴史があるからなのだそうです。
それで、
「実は曹操様が素晴らしい英雄なんだ! 悪いのは蜀で、劉備と諸葛亮こそ悪者なんだ!!」
といった逆説を主張すると、いかにも自分が新発見をした天才であるかのように認めてもらえると信じ、ドヤ顔で主張し続けているわけです。

幼稚でしょ?
一般の方々は引くと思いますが、これが三国志ジャンルに巣くう頭の弱い人々です。

私も、かつてブログで曹操の行った民衆虐殺について言及したとき、ある曹操崇拝のプロ作家から
「演義フィクションに洗脳されやがって! 馬鹿じゃねーの? 演義で劉備が正義ってのは嘘なんだ、曹操様こそ正義なんだ」
という攻撃コメントを書きこまれたことがあります。(プロ作家ですよ。しかも大学教授だか。恥ずかしいですね)

フィクションに洗脳? 私が? 笑
笑わせてくれます。
フィクションなど一度も触れたことがなく、蜀漢が正義の扱いを受けていることさえ微塵も知らなかった私が、どうやってフィクションに洗脳されるというのでしょうか。
曹操を教祖とする聖書物語に洗脳されているのは、あなた方、何も知らないカルト信者のほうです。
曹操の行った虐殺や粛清どころか容姿が醜かったという基礎知識すらなく、マンガの通りの八頭身美形だと信じて萌え萌え叫んでいる気の毒な人たち。

私は劉備を心から敬愛していますが、「正義」などというくだらないレッテルを貼ったことは一度もありません。心から尊敬する人に対し、そのように物として扱うかのような失礼なことは絶対にできません。
まして諸葛亮に「正義」だとか「善良」だといった恥ずかしいレッテルを貼るわけがないでしょう。

そもそも私は「正義」と「悪」という幼稚な分類が大嫌いです。
そんな分け方をする人は相当に頭が悪いと思うし、危険人物だとも思います。

だからこそ昨今の
「曹操だけが正義で、絶対崇拝すべき素晴らしい教祖様」
「劉備陣営は悪でバカでクズなダメ人間ども」
という極端な宗教に吐き気を催すわけです。
あまりにも危険なカルト信者たち。暴力的で犯罪も平気で行う性質など、ナ×ス崇拝者そっくりです。
いずれ曹操崇拝の聖書のもとC国侵略の手引きをし、大虐殺を行う可能性を感じて危機感を覚えます。日本国政府はこの人たちに注意しておいたほうが良いと思います。

 参考:・独裁者萌えな人たちが、悪行を完全無視できることの不思議
 ・これが曹操崇拝者たちの日常の行動で、本質。実体験報告


狡猾に曹操を称え、諸葛亮を貶める歴史家たち

上の曹操信者たちは逆説を述べることで承認欲求を満たしていますが、今までチヤホヤされてきた(らしい)諸葛亮には個人的な嫉妬心から憎悪も抱いていて、ネットや創作で彼の悪口を言いふらしています。

典型的な人が、『蒼天航路』の作画担当者、王氏です。
彼は「ぶっちゃけ三国志ってよく知らない」と言う無知な人ですから、原作者が突然死んだ後はK党の指示も知らず、創作の隠れた目的も読めなかったはずだろうと思います。しかし原作者から
「毛沢東同志(曹操)を称え、蜀を貶めろ」
との遺言だけは受けていたのでしょう、登場人物の名すら知らないほど無知なのに一人前に嫉妬心を発揮して蜀と諸葛孔明を侮辱することに力を注ぎました。
 参考:あの創作の隠れた目的について

と、『蒼天航路』原作者・作画者の出自、こちらURLから引用
マンガによる韓流の捏造を最初に感じたのは、TBSで去年放送されたドラマ『ドラゴン桜』でした。教師から「マンガから歴史に対する興味関心を高めるのも良い」といわれた生徒(小池鉄平)が、マックで『蒼天航路』を読み耽るシーンがありましたが、これは原作にはないストーリーでした。横山光輝の『三国志』を読むならまだしも『蒼天航路』を読んでも何の役にも立たないと思います。このシーンを見た時、明らかに何者かの意思を感じました。
同意。

無知な漫画家と同じく、ネットの書き込みは根拠ゼロの幼稚な悪口ばかり。
ですが、学者がこの「逆説」を書籍にしているケースもあります。
学者たちはあたかも真実であるかのように装っているので、なおさらたちが悪いと言えます。

最近、SEOに力を注ぐ三国志キュレーションサイト「はじめての三国志」などもこの説を転載しているようですが、元になったのはこういう本でしょう。
(実は大元になったのは、C国K産党がばらまいた捏造論文なのですが。皆そんなことも知らないのだろうな)

 ネットで見つけた書籍レビュー:⇒曹操の歴史的役割を認め、諸葛孔明の虚像を暴いた本

おそらく私には耐えられない捏造本だと思うので読みません。上の方の感想を読んだ限りではかなり歪んだ空想のようです。
以下、上URLを参考にして少しだけ私の意見を書いていきます。


フィクションが生まれた背景、伝説の真相

上のレビューから引用します。
「(日本における『三国志』人気が)基本としているものは『(三国志)演義』であり、三国時代の史実とは大きく異なる。先の見えない今日を生きるわれわれの規範として、乱世に挑んだ三国時代の人々の真実の姿を『演義』の虚像に求めることはできまい」。全く、同感である。
まあ、これはそうですね。
私はフィクション三国志を一度も読んだことがないのですが、伝え聞いた設定だけでも好きになれません。
何故、あんなファンタジーを現実にあったことだと信じている人々がいるのか理解できないです。何度も書きますが、あの人たちの存在はホラーですね。

ただ一点、言っておくと、歴史のファンタジーが生まれる背景にはたいてい真実の理由があります。
アーサー王伝説然り。聖書伝説然り。

三国時代で言えば、そもそも蜀人物たちが生きていた当時から絶大な人気を集めていたという現実があったので蜀に好意的な民間伝承が数多く生まれたのです。
(一般の『三国志』フィクション、演義はこの民間伝承がベースになっています。三国志マニアたちが勘違いしているように「演義は正史が原作」なのではありません

つまり「蜀が善で曹操は悪」という設定はある意味、一般人民にとっては「真実」だったということです。

歴史学者の頭が悪いところは、一般人民の存在を完全にカットして考慮に入れないことです。
たとえば陳寿などの歴史家一人や、司馬懿一人だけが称賛したから諸葛亮はチヤホヤされるようになったのだ、と本気で信じている。
それこそあり得ない空想・妄想です。
三国志創作や、歴史学者たちの話を聴いていると、あの時代にはせいぜい数十人~数百人程度しか人間がいなかったかのように感じます。お粗末。

 関連記事:宇山先生、諸葛亮を「天才」と祭り上げたのは司馬懿ではありません

たった一人の意図だけで生まれる伝説などこの世にありません。
伝説を生み出すのはいつの時代でも必ず、圧倒的多数の民たちです。
それは同時代を生きた人々の「肌感覚」から生まれます。
無辜の民を虐殺し数々の粛清を行った曹操へ恐怖を抱き、対抗しようとした蜀陣営へ敬慕を抱くのは、一般民として当然のことではないでしょうか。

あなたは今この時代に自分自身や家族が虐殺される危険を覚えたら、その虐殺主に萌え萌え叫ぶことができますか?
それでも萌え萌え叫んでいたら相当の変態ですね。虐殺拷問されたいと望むとは。

繰り返すと、三国時代の人々は人間として真っ当の感覚から、曹操を憎み蜀人物たちを愛しただけです。一般的な意味での「正義」や「悪」のレッテルなどではありません。もっと身に迫った本能的な危機感です。
いつの時代も、同時代の人々自身の「肌感覚」が伝説を生み、後々まで伝えられることになります。
これが伝説の真相です。


三国志ファンが知らない真実。陳寿は蜀を貶めようとした

現代歴史学者による捏造話はここからです。
「しかし、陳寿の『三国志』を読めば、三国時代の史実を理解できるわけでもない。陳寿の『三国志』は正史と呼ばれるが、正史はしばしば誤解されるように、『正しい歴史』を記録したものではなく、史書を編纂した国家にとって『正統な歴史』を描いたものだからである」というのだ。
私も常々言ってきたように、陳寿の正史は「全て史実」というわけではありません。
本編はほとんどフィクションです。そして、フィクションとした理由は
それでは、陳寿が置かれていた環境・立場とは、いかなるものだったのか。「曹魏を滅ぼして建国された西晉(265〜316年)の史官であった陳寿は、曹魏から西晉への革命(権力奪取)が正統であることを示すため、三国の中で曹魏を正統とし、蜀漢・孫呉を曹魏の臣下として扱う必要があった。また、(曹魏から権力を奪取し)西晉を建国する(臣下の)司馬氏に対して、曹魏を守るために戦った諸葛誕や毌丘倹を、曹魏の臣下でありながら、忠臣として記述しない。陳寿が著したものは、曹魏の正史ではあるが、あくまで西晉の正統を示すための曹魏の正史であるために、曹魏に忠誠を尽くして西晉と戦った者は、悪く書かれるのである」
全くその通り、陳寿の正史は司馬氏のために書かれたものです。
だからこそ、魏が正統な王朝であったと示す必要があったわけです。

であるなら、曹操を崇めることこそすれ、「貶める」と言うのは理屈に合わない。
陳寿はあれでも精一杯、曹操の正しさを表現するために苦心してフィクションを描き込んだと言えます。

つまり、どちらかと言えば正史には曹操の虚像が描かれていると言ったほうが正しくなります。

曹操崇拝者は、正史に嘘が書き込まれていると信じることで曹操の行いから目を背けているのですが、実はあれでも控えめなほうなのです。現実はもっと酷かったということです。
さらに、『三国志』には、陳寿の別の動機も隠されていたのである。「旧蜀臣であった陳寿は、蜀という地域とその歴史を愛していた。旧敵国である、もと蜀漢の臣下たちは、西晉において不遇であった。陳寿は、蜀漢を代表する宰相として諸葛亮(孔明)の忠義を強調し、諸葛亮と劉備との関係を関羽・張飛とのそれ以上に密接に描こうとした。・・・『演義』に虚構が含まれるように、『三国志』の記述にも、陳寿が生きた西晉という国家のための、そして著者である陳寿の考えに基づく偏向が存在するのである」。こうして、私の思い込みは根拠を失ったのである。
これが現代の歴史学者の思い込みであり、曹操を崇めるための捏造話です。

先の
「陳寿は曹魏を崇めなければならなかった」
という理屈から矛盾しているではありませんか?

正史のなかで蜀は高められていません。
むしろ貶められています。
その貶めの典型的な箇所が、
「諸葛亮を三国時代のA級戦犯に仕立てたこと」
です。
 参考: 天下三分の計は捏造? 「梁父の吟」の真実

皆さんは『演義』のフィクションを経た後なので思い込みを棄て去れないのだと思いますが、晋の時代から見て
「三国時代は戦争ばかりの不幸な時代」
です。
その不幸な時代、
「三国時代を計画した者は悪」
ということになります。
陳寿は晋政府に気を遣い(あるいは具体的な命令に従って)、その不幸な時代を創った罪を、諸葛亮一人に負わせたわけです。
これはあたかも、大東亜共栄圏構想の責任を負わされ、A級戦犯として処刑された東条英機のごとき役割です。

だから私には現代の歴史学者たちが、いったい何をもって
「陳寿は蜀をひいきした」
と仰るのか理解できません。
陳寿が蜀をひいきして創作したと思われる箇所は、せいぜい身長設定だけです。
※人物を高身長で記録するのは、歴史家たちの通常の礼儀であるらしい。身長を信じてはならないのは常識。陳寿もまさか後世の人々が鵜呑みにするとは思わなかったでしょう。

ここは重要なポイントだから覚えて欲しいのですが、陳寿は実際は冷静な歴史家であり、自らの感情に基いて評価を歪めるような人ではありません
証拠が諸葛亮の評価です。
当時、蜀の英雄とされていて「天才軍略家」と呼ばれていた諸葛亮に対して、冷静で厳格な評価をしている。
このことで陳寿は後世、かなり責められてしまったのですが、歴史家としての矜持が表れた見事な箇所だと私は思います。
もし蜀をひいきしたいという感情があるなら、責められることが分かっていてあのような評価文を残すことはしなかったはずです。
本編のフィクションは義務だから創作したものでしょう。

前出はじ三のライターは
「陳寿の正史は私的な編纂物だから、晋王朝からの圧力があったなどあり得ない」
と主張して、どうしても陳寿が蜀を崇めるための嘘を書いたのだ・それ故に諸葛亮伝説は全て嘘だと主張したいようです。
しかし現代のC国一般人でも政府に監視されているため、本音は書けないのですよ?
どうして正統な史書扱いの書物で、政府の圧力を意識せずにいられるなどという空想を信じられるのですか。
歴史マニアは空想世界に閉じ籠もってばかりなので現実が分からなくなるのです。
もっと現実を見るべきです。


諸葛孔明の虚像、という誹謗中傷

ところで、逆説を得意げに語る歴史家やマニアたちが得意になって使うのが
「諸葛孔明の虚像」
という言葉です。
あたかも諸葛亮自身が虚像を創ったかのように捏造するのが、昨今の歴史学者たちによる最大の犯罪行為です。

魔法が使える、などといったイメージのフィクション諸葛孔明が嘘だったと知ってショックを受ける人は、価値観が幼稚過ぎてお話になりません。
ですが、たとえば
「諸葛亮の死後に調べたところ、僅かな財産しか持っていなかった(私腹を肥やすことがなかった)」
というリアリティある記録まで
「捏造だ! 何がなんでも捏造に決まってる!」
と主張している歴史学者たちがいることに私は怒りを覚えます。もちろん根拠はゼロです。

本人の死後、しかも別政府のもとで編纂された記録文書について、どうやって捏造するのでしょう?
まさかまた、「諸葛亮は魔法が使えたから死後に捏造できたんだ」などと愚かなことを言うのでしょうか。

仮に生前に編まれた記録書だったのだとしても、諸葛亮には記録を捏造する力などありませんでした。
何故なら、北伐以降の諸葛亮は蜀政府内で実権を持っていなかったからです。

歴史学者たちが諸葛亮の当時の権力をお隣の大国首席、Sキンペーさんと同等に考えているのだとしたら、愚か過ぎると思います。
記録を冷静に読めばそこまでの実権がなかったことが分かるはずです。
近現代人物で諸葛亮の立場を表すなら、旧ソ連ゴルバチョフさんの状況に近いと思います。ゴルバチョフさんはペレストロイカを断行し、結果的にソ連と社会主義の呪縛から世界を解放したことで外国からは高い評価を得ています。しかし残念ながら国内、特に政府内でゴルバチョフさんの評価は低く、政権にあった当時もほとんど実権を持たなかったと言われています。
晩年の諸葛亮の状況はこの時のゴルバチョフさんのようなものだと考えるのが現実的です。

たとえば裏付けとして、諸葛亮は死後も成都に骨を埋めることはできませんでした。
本人が「自分の骨は成都の外へ埋めてくれ」と遺言したとされていますが、それこそ捏造です。
実際は、諸葛亮のアンチたちが成都に墓をつくることを許さなかったのです。
墓をつくることを許さなかったどころか、本当は諸葛亮の記録すら残したくなかったはずです。彼らは記録から諸葛亮の名を抹消するつもりでいたと思います。
しかし民衆が記憶していたために記録から名を消すことができなかった。というのが真相です。

私はこのことを異次元の手段で知っているのですが、プロの歴史学者なら記録文を読むだけで分かって然るべき簡単な話です。
この程度の推測もできない歴史学者たちは、学者を名乗ることをどうかやめていただきたいものです。


まとめ

まとめると、正史と呼ばれている陳寿の『三国志』は、
曹操の評価を高めて
蜀・特に諸葛亮を貶め、A級戦犯に仕立てるために

描かれたフィクションの物語です。

これこそ、晋の時代に編まれた文書として理屈に合う唯一の解釈です。

ただし何度も書くように、陳寿には歴史家としての矜持があったため、人物評に関しては一切の嘘がなく客観性を貫いています。
また、引用文書である『出師表』には僅かの改ざんもないだろうと言っておきます。

晋王朝のご機嫌を損ねないよう神経をはらいながら、フィクションと事実を分かりやすく明白に分ける高度な技術には唸りました。
陳寿より遥かに能力の劣る現代の歴史学者たちが、陳寿をバカにすることが私には許せません。

★お心ある方はどうか、この記事の拡散をお願い致します。


関連記事

吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


気に入っていただけたらシェアお願いします。要パスワード記事は引用しないでください(パスワードを貼るのも禁止です)
記事にして欲しいご質問あればこちらからどうぞ:★コンタクト

管理用 anriy3@gmail.com