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<<前記事『人間同士の信愛が現実だったこと』からの続きです。

昨今、蜀に対する下劣な悪口を書いている人々が、なんと
「劉備と諸葛亮は、実はそんなに信頼し合っていなかった。仲が悪かった」
と主張し始めています。
悪口が言いたいからと言って、人の信愛まで否定しますか。人間として悲しいですね。

『はじ三』の無知な歴史ライターに至っては、
「諸葛亮は劉備を操ったのよ! サイテーな悪人だわ!」
などと言っています。
劉備が言うなりになるほどのバカだと思っている。驚きました。

これらの人々はきっと生まれてこのかた、誰かに愛されたことも愛したことも一度もなく、孤独のなか悪口だけを楽しみに生きているのでしょう。
精神の地獄に棲んでいる人々です。


私はどのような悪口よりも、これら二人の仲を否定するような誹謗中傷が許せませんでした。
諸葛亮のことはともかく、劉備をバカにして悪口を言うことが本当に許せない。
何より、人と人が信じ合える奇跡を「現実のこと」と信じていた人を悲しませ、絶望させるような悪口をばらまくことは最大級の犯罪です。

言わば人間性の否定。
全人類の、愛情の否定です。

彼の子孫に苦労を負わせたくないのですが、あの犯罪者たちを国際裁判で訴えて欲しいと思ったくらいです。

これがモンゴルなら政府がクレームをつけてくれて国際問題化してくれていることでしょう。
残念ながら、今のところ、この誹謗中傷を扇動している張本人はC国政府ですからC国に頼むことはできません。
しかしいつか義の心を持つ中国国民が、自国の人物を貶めているあの人非人・悪口中毒マニアたちを断罪してくれるであろうと信じます。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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