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諸葛亮の字、「孔明」という熟語の意味を解説致します。

※この記事は一人の実在人物の名について語ったものであり、名付けについての解説ページではありません。

字(あざな)とは何か

まず古代中国の名前について、基礎知識から。

古代中国の成人は、「姓(氏)+名」とは別に「字」という呼び名を付けます。
「字」は日本語で“アザナ”と読みます。
日本で言う「通称」という意味のアザナ・あだ名とは違うので間違わないようにしてください。戒名でもありません。

字は姓名とは別ですが、正式に持つ名です。
「弱冠(じゃっかん)」、つまり成人する二十歳の年に一度付けたら生涯変えることはありません。
単なるニックネームではないので、日本人のように時期によってアザナを変え、「数十、数百の名を持つ」ことになった人物はいないのです。もしいたとすればその人は正体を隠すために変名して逃亡する罪人などで、通常の身分の人にはないことです。

字の使い方はこちらを参照してください。
→『古代中国の名前、姓・名・字について。「諸葛亮孔明」は間違い』

なお字は普通、父親が本人とともに考えて付けるものですが、諸葛亮の場合は二十歳のときに父親も養父も亡くなっていました。
したがって、諸葛亮本人が自分一人だけで考えて付けた字と考えるのが妥当です。
自分で考えるのですから当然、それなりに考え込んで付けています。

はなはだ明るい、という単純解釈

本題。「孔・明」という字の意味についてです。

一般に三国志の解説書では、孔・明の意味を
「はなはだ(孔)・明るい」
と解釈しています。

学者たち曰く、
「諸葛亮は、自分の“亮(あきらか)”という名を気に入っていた。だからその意味を拡大して、“はなはだ明るい”という意味の字を付けたのだ」
とのことです。

そんな適当な解釈でいいのでしょうか? 笑
歴史学って、ラクな商売だなと思いましたね。

追記
他の場合には決して誤りの解釈ではありません。
現実には名の拡大解釈で字を付けることも多いと思います。通常は父親が考えるので、我が子の名付けをしたときの想いを自分で分かっているためにその延長で字を付けることが可能なのです。
ただ諸葛亮の場合は自分で考えた字ですから、自身の志が篭められていると考えてしかるべきです。


いくら諸葛亮が自意識の低い人間だったとしても、さすがに生涯にわたって使う自分の字について
「名に因んで適当に付けた」
ということはなかったと思います。
平易で呼びやすい字であることと同時に、彼なりの生涯の決意を持って名付けたはずです。

余談:
まあ、「はなはだ明るい」つまり
「最大級の光明」
と訳すのも、個人的には自作品の主人公の名「アテン」と一致して面白かったのですが、これは偶然に過ぎません。あるいは何か因縁ある一致だったのかもしれませんが。


孔・明を読み解いていこう

では各漢字から意味を解説していきましょう。

■孔の意味

「孔」
という漢字は、古くは燕の子を意味する象形文字です。
つまり元々は親が待ち望んだ子供という意味を表していました。
そこから、
「願いが叶う・実現する」
という意味になったものです。
なので転じて、
「願いが通る → あな(貫通する)」
と読むようになりました。

諸葛亮が用いた「孔」のイメージとしては、石を穿つ雨滴のように、長い長い時間をかけて貫き通すという意味です。
この「雨滴」になろうと決意したわけです。

■明の意味

「明」のほうは簡単だと思います。
日と月の光を表す「明」は、すべてを明らかにします。
つまり、この世を照らす真実――理(正しいことわり)のことです。

∴熟語として読むと、「明(真実)を孔(かな)える」となります。

もちろんこれが正しいかどうかは裏付けのない話なので分かりません。あくまでも解釈の一つと考えてください。なお、「そんな解釈は今までどの歴史書籍でも見たことがない」と仰るのは当たり前。この解釈は地上でただ一人、筆者独自のものだからです。

総じて、「雲間の光」のイメージ

ここからは私の異次元の想像です。これこそ裏付けのない話なので、フィクションとしてお読みください。

彼が「孔明」という字を思いついた場面はいったいどのような状況だったのか?

諸葛亮が二十歳頃を過ごした荊州、襄陽付近は比較的に雨量の多い土地でした。
日本の梅雨のように、長雨が続く季節もあったのではないかと想像します。
(ここは間違っているかもしれませんし、現代とは違う可能性があります。雨が似合う土地柄であることは確かなのですが、調べてみると今は東京のほうが雨量が多いそうです。個人的にイメージが違い、残念)

そんな長雨の最中、低く垂れこめた雲が割れて日の光が差し込む瞬間がありました。
隆中を散歩していた彼は、雲間の光を見上げて思いました。
「自分はあの光を導く者になりたい」と。
何千年かかるか分からないけれども、石も穿つ雨滴のように根気よく続けていけば、いつか真実に通る時が来るかもしれない。
そう想い、願いを「孔明」の名に篭めたのだと思われます。

おそらく彼には分不相応な願いだったのでしょう。完全に名前負けしているような気もします。
しかし文字に刻まれた望みはいつか一個の人間の存在を離れ、実現する時が来るでしょう。

私も彼と同じく、この世で真実が叶う日が来るよう祈っています。


※この記事に書いた解釈は筆者独自のものです。引用はここのURLと筆者名「吉野圭」を示してください。自分が考えたとして盗用することを禁じます。アーカイブ
ちなみにこの話は1998年から様々な場所で公開しています。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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