「平和構文」でも、やはり私は洗脳なしでいきたいです(返信)

吉野 圭-Yoshino Kei

伊藤計劃『虐殺器官』のレビューにて私が書いた、
私は長年思ってきたけど、これと逆のことはできないのだろうか?
人を100%狂わせ虐殺に向かわせる地獄の聖書があるのなら、それと真逆に、100%穏やかな気持ちにさせて虐殺を抑えさせる構文が。
「虐殺器官」ではなく
「平和器官」や「生存器官」を発動させる構文。
という考え。これに対していただいたB様のご意見に瞠目しました。
引用:
虐殺構文について興味深く読みました。読み進めながら「虐殺構文が可能ならその逆もできるのでは?」と思っていたら、吉野様が同じことをおっしゃっていたので笑ってしまいました。
でも、わたしは虐殺構文とおなじくらい生存構文もいりません。洗脳による平和なんてほしくないです。あなたには虐殺の風景の記憶がなくお花畑だからそう思うのだ、と言われてもです。
常々、物語には、言葉には力がある、と思って生きてきました。何度でも言いますが「我傍に立つ」はわたしにとっては未来にむけての希望です。また、先日偶然にもテレビでクイーンへのインタビューをみることができ、そのなかでのブライアン・メイの静かな、しかしきっぱりした言葉に、やはり未来への希望を感じることができました。今は山羊座冥王星の時代で、ナショナリズムが台頭する息苦しい時代かもしれないけれど、この時代を生き延びれば個人が尊重される水瓶座冥王星の時代がくるよ、というメッセージとしてうけとめました。お花畑すぎるとお笑いになられるでしょうか。
吉野様の小説やブライアン・メイの言葉には「生存構文」がふくまれているのでしょうか。わたしは洗脳されたのでしょうか。そうではないと願いたいです。
>わたしは虐殺構文とおなじくらい生存構文もいりません。洗脳による平和なんてほしくないです。

!!
その通りです!

本当に申し訳ない。

>あなたには虐殺の風景の記憶がなくお花畑だからそう思うのだ、と言われてもです。

お花畑? とんでもない。B様のお考えは全く正しいと思います。

平和目的であれば、生存のためならば、魔術に近い構文を使っても構わないと思っていた自分を恥じます。
それもまた洗脳であるのは事実です。
平和目的ならどんな手を使っても構わないと言うのは、
「目的のためなら手段を選ばず」
と同じことでした。

ディストピアSFや猟奇的ミステリでは、たいてい極端な理想を持つ主人公が「手段を選ばず」で大殺戮などの人道に反する行いをしますね。
『1984年』と同じくK産国やファシズムの恐怖を投影しているのでしょう、現代には多い設定です。
歴史観でも、
「始皇帝の非人道的行いは天下統一のため、平和のためだった。たくさんの人を虐殺したが真に人道主義なのは始皇帝様だ。スバラシイ神様のような善人だ」
「我らが曹操様が女子供を虐殺したのは……(以下同じ)」
「我らがヒトラー総統が虐殺工場を造ったのは……(以下同じ)」
などと称賛して酔いしれる人が多い。
(こちらはディストピアに警鐘を鳴らすオーウェルと反対に、ディストピアに憧れ実現を心待ちにしている者たち)
虐殺の王を賛美するこの暴力崇拝者たちは、虐殺に興奮してスバラシイと称賛する自分の異常さを、「偏見のなさ」と勘違いして酔っているのです。さらに非人道的な行いを責める人を「偏見がある者」と呼び、口汚い言葉で叩いて実力行使で潰すのだから処置なしです。
最近ではISという集団が全く同じ論理にて蛮行を続けました。

でも蛮行のために掲げられる「正義」の看板は全て偽物の言い訳だし、その者たちの「正義」そのものも勘違いに過ぎません。
正義のために許される蛮行などあろうはずもない。

同様に、正義のために許される洗脳もありませんね。

K産思想書の害悪があまりにも強力なので、対抗する強力な構文はないかと私はずっと考えていたのでした。
現に今、虐殺が繰り広げられている現場に投げれば一瞬で平和になるというほどの構文が。燃え盛る火に投げられる消火剤のように。
でもそれは夢に過ぎません。
敵と同じやり方で対抗しようとすれば同じ種類の者になるだけです。
やはり時間はかかるけど、我々の側はもっと本当に強い力、本心からの信念を持ち抵抗していくしかないのでしょう。その前に殺されてしまったとしても、言葉が強ければ強いほど永遠の抵抗として彼らの前に立ちふさがることができるのではないでしょうか。
(こう言うことこそ「お花畑」と言われそうですが)

私自身は、自分が平和構文を発見できるほどの専門知識もないし、今から身に付けるほどの技量がないと分かっているのでもとより洗脳など考えていません。
ただ本能にしたがって想いや考えを発信することしかできない者です。
それで共鳴してくださった方々が、本心からの信念を抱くようになってくれたらいいなと期待するのみです。

先日のAI診断結果や、B様などからいただくメッセージが勇気をくださいました。
自分の言葉に力があるなら使わなければ……と今ようやく使命感をもって思います。
太陽サビアンシンボル、「メッセージを持ち運ぶ伝書鳩」が自覚されたような気がします。


>ブライアン・メイの静かな、しかしきっぱりした言葉

たぶん、私も同じ番組を観たのだと思います。
衝撃的に素直で強い言葉でしたね。私も感動を覚えました。今の世ではなかなか遭遇することのできない言葉で、嬉しくなりました。
インタビュー回答を正確に記憶していないので引用できないのですが……もしネットで見つけたら引用してみます。
あのようなメッセージは伝えていかなければ。

>吉野様の小説やブライアン・メイの言葉には「生存構文」がふくまれているのでしょうか。

いえ、ただ素直に発言するタイプというだけだと思います。笑

>わたしは洗脳されたのでしょうか。

それは大丈夫かと。
少なくとも私は(たぶんブライアン・メイも)洗脳目的で発した言葉ではないので、洗脳されることはないはず。
もし共鳴して同じ信念を抱いてくださったのなら、それはご自身のなかに元々備わっていた信念です。

/逆に言えば、天性サイコパスの「虐殺の王」へ共鳴する人々は元々暴力欲求が強いのだということになります。共鳴している対象でその人の本性が分かりますね。
いっぽう、どんな人も100%暴力的にしてしまう構文が「魔力」と呼ぶべきもので、どうやらK産思想書はその力を持つようですが……。それも今のところ深層構文ではなく、表層の言葉で洗脳する仕組みですから現代視点で危険だと知っていればシャットアウトは可能です。

※閲覧されている全ての皆さんへ: 古いK産思想書が危険だということは現代から見れば分かりやすいので、読む人は少ないでしょう(勉強のため読んだとしても鵜呑みにする人は少ないはず)。ただし今は、見せかけの「平和」や「人権」主義、「原発反対」「辺野古基地建設反対」などの運動で釣った後に暴力構文を教え込むという手法が取られています。セミナーへ行って罠にかからないよう注意してください。
→念のため。これらの主義主張に私が賛同してこなかったのは上の団体を引き寄せたくなかったからというだけであり、内容としてのウヨ思想、「原発賛成」「基地賛成」の主張に賛同する者ではありません
上の団体が掲げる「平和」や「人権」は「正義」と同じくらい、完全なる嘘です。(これはあたかも危険なカルトが、ヨガ教室など一見善良で無害そうな入り口を用意していることに似ています)
よく観察してください。彼らは始皇帝や曹操、墨子を賛美しているはずです。それが正当な歴史談義だと信じて鵜呑みにしていると隣の暴力が押し寄せ、殺戮が始まるでしょう。

 再度おススメ。三国志ジャンルの捏造記事について +蜀ファンへメッセージ【拡散希望】  


その他のお話について、
三国志関連の記事はトップにあげられないとのことでしたので、タグのトップページをブクマしました。これで死角はありません!(大笑
す、すみません……まさかあんなTHE歴史記事まで読んでくださっているとは。
『我傍』の素材帳、メイキングの一種と思って読んでいただけると読みやすくなるかと思います。

私もこういう運命でなければ絶対に三国志へ興味を持たなかったはず…… 三国志ファンの方には本当に申し訳ない。
元々歴史ジャンルが苦手な人間だったので、一般の目から見た印象がよく分かるのです。以前の私ならトップに東洋の歴史記事があるブログは即バックですから。笑
今年も残り少なくなりましたね。今年いちばんよかったことは吉野様のブログに出会えたことです。いろいろなことを考えることができ、とても実りある年となりました。ありがとうございます。これからも楽しみにしていますね。
なんて嬉しいお言葉……最高のクリスマスプレゼント。
私は本当に幸せ者です。
来年も体と身辺に気を付けて(笑)、マイペースに続けていくつもりですのでどうぞよろしくお願い致します。

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