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いただいたメールの信じ難い温かさや、人柄の純真さや美しさに触れ、また泣いたりしている今日この頃です。

ここまで魂の美しい人々がいるということが嬉しい驚きで、自然に涙が出てしまうものです。
反対に魂の底から汚く卑しい人とは、どうしてここまで差があるのだろうと今さらながら驚かされます。

純真な人はどこまでも美しい考え方をするし、卑しい人はとことん悪事が好きで他人を虐げて貪ろうとする。
魂は善悪の二元論では分けられないとは言え、光と闇とで遥かに差がついてしまっているのが地上の現実です。
(あらゆる次元の魂が一つの場に存在する、「ハブ空港」に喩えられる地上だけで目の当りにする差異)

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昨年は狂った歴史捏造や、理屈の全く通らない悪口(陰謀)という暴力に接して、「人の汚さ・卑しさ」を思い知った年となりました。
彼らと戦うために私自身も険悪となってしまったことを反省しています。

私も記憶上の前世で「軍事」に携わった者ですから、自分自身、善良なだけの人間ではないと思っています。
いつの時代も「戦争」は醜いもので、「軍事」は険悪です。
戦闘を指揮するためには自ら汚れ、暴力愛好家と同じ土俵に立って防波堤とならなければなりません。
それがこの世の悲しいところ。
ただ平和を愛でるだけの日々を送りたいけど、花鳥風月だけでは暴力から大切なものを守れないわけです。

凶悪極まる暴力から家族や友人を守りながら、険悪になり過ぎないためにはどうすればいいのか?
多くの日本人がやるように「見て見ない振り」でスルーするしかないのか?

未だに答えは見いだせずにいるのですが、今年はなるべく対立を煽り過ぎないように気を付けたいと思います。

これが今年の目標です。
とても実行するのが難しい目標。苦笑

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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