ご感想・メッセージへの返信

    児童虐待ニュースに関する話、日本の法律の欠陥についてなど(返信1)

    遅くなりましたがメールの返信です。〔2023/5/15〕関連記事追加、用語修正。

    B様より。
    体調のほうはいかがですか。お疲れのこととおもいますので、ご無理をなさいませんように。
    おとうさまのご冥福をお祈りいたします。今おいでの場所、これからおでかけの場所が幸多いところでありますように。
    ありがとうございます。義父にはきっとたくさんの冥福があるだろうと信じています。そのせいか不思議とまだ哀しみを感じていません。
    私の体調についてもお気遣いありがとうございます。この週末は、存分に好きなことだけをしようと決めました。ようやくゆっくりとメールに向き合うことができています。

    吉野様のおっしゃるように虐待の言葉を失うような事件が続いていますね。記事を読んで、小学生の頃に先生から尊属殺重罰規定の違憲判決が出た話をきいたのをおもいだしました。
    ああ……本当に児童虐待のニュースは辛いです。「虐待」というより「拷問殺害」です。凶悪なテロリストでも子供にあのような拷問をしないでしょう。
    話の一つ一つに怒りと吐き気がこみ上げ、辛い。傷害致死で起訴されていることも許し難いです。確実に有罪とするためなのでしょうが、まだ「子供は親の所有物、器物だから、何をやっても許される」という日本の伝統が影響しているのではないかと勘繰ってしまいます。

    >尊属殺重罰規定の違憲判決
    戦後長いことあの悪法が存在したことが信じられませんね。
    儒教の意図的な曲解が、20世紀近代の日本に存在していたことを悲しく思います。

    【ここで話題としている記事】幼児が親の暴力を「しつけとして受容していた」と述べる、異常判決
    (儒教破壊イデオロギーのために、あえてこのような狂気の判決文が書かれているとも分析できる)

    その後、尊属殺人罪は死文化されたとはいえ、1995年の刑法改正まで削除されなかったのですね。法律からは削除されても頭のなかから「尊属」の文字を消すことができず、受容していたなどとわけのわからない説明にはしってしまうのでは、とおもいました。ひとの業の深さを思い知らされます。
    仰る通りです。
    法律はシステム的なプログラム文ですが、儒教は思想なので、なかなか人の頭から消えません。

    あの異常な判決文を書いた裁判官はおそらく個人の資質として問題があるのだと思いますが、あのような判決文を許しているのもまた東洋思想の脆弱性によります。(言うまでもなく曲解し悪用している勢力のほうが悪いのだが脆弱性修正の必要がある)
    現実を言えば、いまだ日本の民法で親権はとても強いのです。
    昨今の児童虐待増加を受け、法改正されて親権停止が可能となりましたが、それでも緊急を要する虐待には不充分です。このため児相(児童相談所)の対応が難しくなっています。
    言わば児相は法で手足を縛られた状態で活動しているようなもの。

    いつも対応が遅い児相ばかりが責められますが、その前に日本の法律を根底から刷新せねばならないでしょう。今の法律で児相だけに委ねるのは不可能です。

    何より法の古さに問題があります。
    日本はこれ以上、儒教の悪用(悪用したのは日本を戦争に引きずり込みたかった左翼です)に縛られていてはならないのです。
    義というものが民間に浸透している時代であれば、儒教が強くても「弱者虐待」をした者は責められ社会から抹殺されます。しかし、現代日本では義を理解する人が少ないので儒教の悪用ばかりが進みます。これではサイコパス天国です。子供や女性が殺され続けます。

    追記:これは儒教が悪いのではなくて、むしろ儒教の核心「仁義」を抜いて支配システムとしてだけ利用する者たちが悪い。現代では左翼が「義」を抜いた、捻じ曲げた儒教を創作して人々へ教え込んでいます。隣国での教育が典型例ですが日本でも同様です。

    もしかしたら私が関わり合っている人物も、儒教の悪用に利用された一人なのかもしれません。そう思うとたまらなく辛い。
    だからこそこれからも反虐待を叫ぶことと、儒教の欠陥(悪用されている現実)について語り続ける義務があるのだと思っています。
    このような小難しい話は嫌われるのですが……。

    >>続きの返信、記事を分けます。
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