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(独白風の常体に戻ります)

これからは公開でも少し、具体的な前世話をしていこうと思う。
私はただ「ネタバレ」や「釣り/不当なアクセス稼ぎ」をしたくないから要パスで書いてきただけなので、批判や嘲笑を避ける者ではない。拡散は自由に。


戦争シーンは直視できない

書き忘れたけど、前々記事で紹介した『三国志 Three Kingdoms』のYouTube動画でもやはり、戦争の場面はなるべく見ないようにした。

最近の中国ドラマは技術が上がってリアルになったというせいもある。
たぶんハリウッドの、『トロイ』などの古代戦闘を描く映画技術を学んで取り入れたのだろうね。昔はお粗末だったから見かけても何も感じなかったのだけど。

これなどは曲が好みだが、聴くなら戦場シーンは見ないようにする。
(追記: 戦場シーンだけではなく実は、全体に映像を観ていない。言語は音声で分からないので曲を聴いても安心なのだが、漢字を見るとやはり駄目)


細部はともかく、遠目に整然と並んだ陣形を私はあまり見たくない。
近距離で血しぶきが上がっている場面よりも、遠目のほうが直視できないという私。きっとここが多くの人の感覚と違う。

馬・武具・旗・砂埃(特に砂埃!)……これだけで心が停止する。
あとは攻城戦。火球が飛び交う場面など……本当に昔よりリアルになったな。胸が詰まる。

私が「直視できない」と言うのは、皆様が想像しているようなPTSDを発症して「意識が遠のく」とか、頭が割れるように痛くなるとか、フィクションの記憶喪失患者みたいな感じではないのでどうか猿真似しないように。

『時の地平線』でも孔明が相手の兵士を殺したことを嘆いて、戦場でゲーゲー吐いていたがあれは無いと思った。
きっと「ヘタレ」ぶりを表現したかったのだろうし、ガラスハートは事実だから皆様は「イメージ通り」と感じるだろうが、職務として戦闘に携わる者があのような態度は駄目と思う。
死なせた相手の兵士に対しても失礼。

一見、吐いたりする態度は人道主義にも見えるのかもしれないが、実は逆。
相手を対等の戦闘相手と見ていないということであり、命のやり取りの覚悟が足りないということになる。

人が死ぬのに悼みを覚えるのは当たり前、可能な限り道義を貫くのも当たり前、でも職務を負うなら罪から逃げてはいけないと私は思う。

覚悟とは責務を負うこと。
責務を負うとは罪も負うこと。
民を守るために負う。
それは「守るため相手を殺すのは仕方がない」などというくだらない欺瞞などではなく、地上の職務を全うするために罪業を負って、自分の未来を生贄に捧げるということだ。
その覚悟があれば戦場で吐いたりなどできないはず。

だけど……今、その場を離れて眺めれば、人が死ぬ光景は辛い。当然に。
傷が疼くというのともまた違って、「心が停止する」「胸が詰まる」としか表現できない。
くっと息を詰めて堪えていた、その時の硬直した心を思い出すのかもしれないな。


眺め過ぎると、永遠に固定されそうで怖い

そんな辛さから目を逸らしてしまうということもあるのだけど、理由はもう一つあり。

それは、
「戦闘シーンを眺めていると、そのイメージが魂に刻まれて固定されてしまうのでは」
という恐れ。
固定されてしまうと世界が終わるまで永久的にその場にいて、同じ場面をループすることになるのではと想像する。

と言うのも、北欧の軍神オーディンの伝説があるから。
オーディンは死後世界にて、永遠の戦場に居て戦闘し続けているらしい。
その世界でオーディンの戦士たちは不幸なことに、戦闘で死んだはずが日没に蘇って翌朝再び戦闘を始めて死ぬ。そしてまた蘇って戦闘を始める……という地獄の永劫回帰にいる。

その伝説を知って背筋が寒くなった。

既に私は不可抗力で、過去世の場面を延々と何度も見せられるという状況にあって、もう脱けられないのだなと悟りつつある。
若い頃は必死に否定したり、忘れるために『我傍に立つ』という小説で発散したり、なるべく関わらないようにしたり。ひたすら記憶を棄て去ることばかり考えていたのだが。
今、人生の後半に至ってもまだ消え去ってくれないどころか、かえって周りが騒がしくなり目にする機会が増えた。
こちらが避けていても追いかけて来る。

この状況から逃げているうちは物凄く苦しくて、逃げられないと悟り受け入れたら楽になったが、死後世界でも続くのだとしたら地獄だなと思う。

人が死に魂が去っても、地上の人々が覚えていて地上からの呼び出しがある限り、「地上とのホットライン」は切れないという。つまり地上で記憶されている限り、死んでも同じイメージで存在し続けることになる。
私は当分、ホットラインが途絶えることが望めないので半永劫回帰は宿命なのか。


永劫回帰するなら、ラブバードのほうがいい

ネイタルに表れた五角形も「護符」であると同時に「永遠」を表す。
(プラトンの幾何学によれば、五角形は入れ子になっておりどこまでも続く。すなわち「永遠」を意味する)

どうせ逃れられない宿命なら、戦場でピン留めされてオーディンにはなりたくない。

「赤い糸」だの「BL」だのと嘲笑されても、私は「ラブバード」のほうがいい。
敬愛する魂の伴侶との絆を、どうか永遠にピン留めして欲しいと願う。

(そう、繰り返すが、TKではこちらのほうが良い)



※この記事しか読まれていない方へ解説
「オーディン」「ラブバード」とは、どちらも占星術で私(今世)の出生時に与えられたシンボルです。参照:公開版ホロスコープ

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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