死屍累々のあの光景、“私は独裁者になりたくない”の叫び

吉野 圭

先日録画した池上彰氏の番組でヒトラーの映像があり、懐かしく眺めていました。

『戦争を考えるSP』
 http://www.tv-tokyo.co.jp/ikegamiakira/
(過去の戦争を取り上げ、あの時どうして戦争となったのか、を考える番組。賛否両論あると思いますが、歴史の流れを知るには分かりやすく良い番組です)


 何故あの映像が「懐かしい」のかと言うと、私は若い頃からずっとヒトラーとその時代の悲劇を眺め続けてきた気がするからです。
 もう少し正確に言えば、20世紀の「独裁者」の所業を撮影した、現実のフィルムをです。


 ――以前書いたことの繰り返しになりますが思い出話をします。

 あれは16歳の時だったか。
 テレビに映し出された虐殺の光景と、そのバックに流れた演説に釘づけとなりました。

 大量に折り重なる死体の山。
 (その番組は独裁者の特集だったためヒトラーだけではなくスターリンが殺した人々も含まれていた。特に、ロシアの荒野に放り出された死体の山に私は釘づけとなった)
 まだ若い私の目に死屍累々の光景は衝撃だったはずなのですが、何故かとても静かな気持ちで見ました。
 吐き気も覚えず、目を背けることさえしませんでした。
 むごたらしいあの光景が、私には醜いものとは全く思えず、神聖で懐かしいものにすら見えたのです。もしあの場に立っていたとしても私は目を背けることなく見つめていたと思います。

 涙が流れ始めたのはバックの演説を聴いた瞬間です。

「私は独裁者になりたくない……!」
 ヒトラーの声音を真似たチャップリンの絶叫でした。

 理由は分からず、チャップリンの演説の意味もよく分からないまま、私は嗚咽していました。
 呼吸もままならないほどの嗚咽です。


 あれ以来、ヒトラーと第二次大戦の時代から目が離せなくなってしまった私です。

 それで一時期は、
「自分の前世はドイツ人だったのではないか」
 と思ったこともありました。

 どうやら違いましたがね。
 私が刺激されてしまうのは、独裁者が築く死体の山だったのだと思います。
 第二次大戦時のフィルムは現実としての「死屍累々」の光景なので心揺さぶられるだけです。
 (アニメ絵の歴史物語では全く心揺さぶられることがない。現実の景色ではないから)
 きっと私は虐殺の光景を現実に見たことがあったのでしょう。

 
 そう言えばヘルマン・ヘッセを非常に好きになったのも、命懸けでヒトラーに噛みついた人であったからでした。
 誰もがヒトラーに逆らえなかったあの時代に、純血のドイツ人でありながらたった一人逆らったのです。
 それは……今から考えれば誰に似た行為であったのか。涙。
 死を恐れず義を貫く、射手座の人よ。
 
 あくまでも私の中でのイメージですが、前世の光景は第二次大戦時と重なります。
 人格破綻した独裁者に支配されゆく大陸、死体の山だけが積み重なっていく日々。
 日常の隣に虐殺があり、死体があった。

 だから今も私は死屍累々のフィルムを「自分の立つ場所」と思い、「独裁者」のキーワードに激しく反応します。
 
 二度と繰り返し見たくない光景です。

 どうかこの人生で見ることがないよう願います。


祈りを篭めて再掲。

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