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「炎上したことはない」と書いたけど、実は一度だけ掲示板から多くの人たちにお越しいただいたことがあった。
その時に高アクセスを計上したのが、自分の容貌(容姿)について少し触れた記事。

例の曹操崇拝オタが、私のブログを炎上させるため数百件の悪口を毎日2chに書き込んでいたのだが、住民に完全無視されていた。ようやく少しだけヒットしたのが私の容貌についての話だった。「どれどれお顔を拝見してやろう」と言って興味本位で見に来た人がわりといたという。

皆さん本当に、低俗な話題がお好きでらっしゃる。下衆なことなら関心を持つのだよね。

その時は「炎上」と言っても日参100件増えたくらいで、ただの興味本位と嘲笑だけで批判の一つも来なかった。しかも数日で鎮火した。
一般の基準で言えば全く「炎上」に当たらなかったのだけど、とにかく曹操崇拝のオタが気持ち悪くてたまらず、このジャンルに関わることが生理的に耐えられなくなったのでブログをやめたのだった。

あれ以来このジャンルと関わらないようにしていたが、書きたいことができたのでこうして復活している。
それと今は少しこのジャンルへのイメージが変わっている。
当時、「三国志ジャンルには人格異常の犯罪者ばかり」と一括りで批判して申し訳なかった。
よく見れば異常者ばかりなのは曹操教の信者だけで、他のマニアはまっとうな人格を持つ普通の人と今は分かった。

特に昔ながらの三国志マニアの知力の高さには舌を巻く。
偏った曹操崇拝者で溢れる現代日本、分が悪いのに真実を伝えようとしてネット上の書き込みを続けてくださってありがとう。そして、あの悪鬼たちと一括りにしてしまい、本当に申し訳なかった。
心から詫びる。


私が容姿に興味が持てないこと

三国志ジャンルの汚染問題はともかく。

このプチ炎上事件で、「人は他人の容姿について異常な関心を持つのだな」と実感として知った。

私は他人の容姿にそこまで関心が持てない。
好きになった人が肥ろうとハゲようと、事故で顔が傷付こうと気持ちは変わらない。

容姿など皮一枚のもの。
内面の個性を保っている限り、私の相手への想いは同じだ。
その代わり、内面が変わってしまったら駄目。相手が人として許されないことをすれば、誰であれ気持ちが離れる。
(前も書いたが、お世辞も効かず容姿で人を判断することさえない者はある意味、誰よりも他人を認める基準が厳しいと言えるのかもしれない。私が人格に対して「潔癖」だという評は正しい)

だから多くの人たちが容姿だけに関心を持ち、容姿で人の内面まで判断している様子を見ると理解が及ばなくて困惑する。
「魂(心)と肉体は別」
と思っている私のほうが、もしかしたら異常なのか……と思ったりもする。


陸毅さんを眺めて気付いたこと

「魂(心)と肉体は別」。
ずっとそう思っていたのだけど、意外とそうでもないのだと気付いた。
――先日、『新三国TK』で諸葛亮を演じた陸毅さんの容貌について、「許せる」などと図々しいことを書いてしまった際に。

「許せる」ということは、今まで他の人々は許せなかったということになるな? 
驚いたな。
私も意外と容姿で他人を判断する人間だったか。

いや、そうではなくて。笑

単純に、自身のイメージになるべく近い役者のほうが精神安定に良いということだ。
違和感が少ないので眺めていても耐えられるという。
(たとえば金城くんも世の中的にはイケメンなのだろうが、諸葛亮の史実イメージとかけ離れていたので違和感があった)

こう書けばごく普通に、小説やマンガが実写映画化された時のファン心理みたいなものに思われるだろう。
そういうことにして話をしてもいいのだが、私の場合はちょっと事情が違う……。

もっと深く生理的なものに関わっている。だから拒絶感も半端ではない。

/続きは低俗な興味を持たせてしまったようなのでカット。

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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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