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※4/6 RSSで読まれている方には通知が行ってしまっているかと思います、申し訳ありません。
この記事は他ブログへ移すために削除しましたが、ここのブログにも関連した「軍事と民主主義」の話を含むため再度投稿しておきます。なお、この記事は民主主義を完全否定するために書いたものではありません。




沖縄の住民投票結果について少しだけ苦言。
ここを政治ブログ化するつもりはないので、ふわっとした一般論だけ書く。

沖縄県民投票の瑕疵は呆れるほど多い

まずニュースによる結果から書くと、
「米軍基地の辺野古移設に関する沖縄県民投票」では
 ・投票率52%
 ・反対72%
だったという。
この結果だけ見れば圧倒多数で住民が辺野古への基地移設を反対しているかのように見える。

しかしこの反対票を投じた人々のなかに、どれだけ本気で住民の安全を考えている人がいたか
また、どれだけ軍事についてきちんと勉強して合理的な考えにて判断できる人がいたか、激しく疑問だ。

まずは投票の選択肢に問題がある。
今回の投票では「賛成・反対・どちらでもない」という三択しかなかった。
「美しい海を埋め立てるべきか。ジュゴンの棲み処を邪魔していいのか」
などという論点を示されたうえ、賛成か・反対かと問われたら反対に投票するのは普通だろう。美しい自然を汚したいと思う人は少ないし、可愛い動物を苛めることが好きな人は少数なので。
これは切迫した軍事問題であり論点は自然保護ではないというのに、悪意をもって論点をずらした。「どうすべきか」という選択肢もなく。

さらに投票権の実態にも問題がある。
反対活動をするために前もって移住した活動家も多い。その活動家たちに煽られた若者たちは、過去を全く知らされていないので、活動家たちの正体(リンチ集団であること・外国の占領を手引きする者たちであること)を知らずに洗脳されてしまった。
このため
「弱者の沖縄 VS 弱者をいじめる悪徳政府」
という単純化された構図を鵜呑みにした。

SNSで若者や女性たちが活動家の言葉を丸ごと鵜呑みにし、見事に洗脳されていく様子を私も眺めていたが恐怖を覚えた。
住民投票も蓋を開けてみればこの結果。
これでは普天間周辺・辺野古周辺に住む真の「当事者」意見が反映された投票とは言えない。

投票結果発表後のインタビューで、普天間基地周辺の住民が
「この住民投票結果のせいで、本土の人たちに“沖縄県民は全員、辺野古移設を反対しているのだ”と誤解して欲しくない」
と涙ながらに語っていた映像を観て胸が痛くなった。
ジュゴンが可哀想、などとSNSで布教活動している信者たちにこの人たちの気持ちの一ミリでも理解ができるのだろうか。

まとめると
 ・活動家を排除できなかったこと
 ・当事者の意見が反映されなかったこと 

等々でこの住民投票には大いに問題がある。
その遥か以前の問題として、軍事的な判断のため「住民投票」を用いることに激しい疑問を抱く。


軍事に「民意」を反映するのは地獄への近道

この投票結果を政府が無視することにつき、「民意を無視するのか!」と極悪人のように言う人々がいる。

住民投票に法的拘束力はない。その前に条約なので地方自治体の判断で覆すことはできない。
ただ仮に拘束力があったとしても、今回の住民投票には上に書いた通り選択肢・投票資格の瑕疵(かし)があるため無効となる可能性が高いと思う。
だから政府がこの住民投票結果を無視することは、法的安定性の観点から述べても誤りではない

しかし憲法上、我が国は国民主権の民主主義国家なので、あたかも「民意」であるかのように見える住民投票を無視することは難がある。
活動家たちが作り上げるイメージ、
「弱者の沖縄 VS 弱者をいじめる悪徳政府」
というものが浸透して人々が危険な方へ扇動されてしまう。

政府は難しい判断を迫られることになるだろう。
このような難題が生まれてしまうことこそ、今の民主主義制度の欠陥なのだが。

現実を言えば、日本は確かにお上絶対で弱者を虐める伝統を持つ国。
いつもの日本なら現場が正しく国が間違っているということが多々ある。
だが今回は違う。
政策はイメージで一括りに判断すべきものではない。一つ一つ現実と照らし合わせての判断が必要。


沖縄問題の本質

もし本当に辺野古への基地移設が、沖縄の住民を犠牲にするだけの無意味な悪策であるなら許し難い。
しかし今回の政策は軍事的観点からは誤っていない。
「いつもの日本と違って妥当」であるのは、はっきり言えば、アメリカ国の軍事プロフェッショナルたちが立てた戦略の一部だからだろう。

沖縄に米軍の基地を置くことは、広い視野で見て・合理的に考えて、妥当。それしかない。
活動家たちが必死で反対し、米軍を沖縄から撤退させようとしているのはジュゴンのためではない。中国のためだ。
(中国によるアジア支配を果たすための手引きをしているのが彼ら左翼活動家である。SNSで洗脳されているスイーツな人々よ、この現実から目を逸らすなよ)
現にこれだけ中国系活動家の反発が強いという実態を見るだけでも、戦略上の正解を導き出していることは間違いない。

この際、言葉を控えずに書くけど。
アメリカ軍が撤退すれば時をおかず沖縄は占領され、沖縄の人々は収容所へ送られ腹を割かれ、臓器を売られることになる。その次は本土の番だ。
棲んでいるかどうかも分からないジュゴンについては「可哀想」と言う皆さん、現実にそこに住んでいる沖縄の人々が殺されることは可哀想ではないのか?

沖縄の人たちは自分たちにとって不利な選択を選ばされてしまった。
もしあの住民投票が無視されなければ、沖縄も日本も終わりだ。※

※言わずもがなだけど一応書いておく。「沖縄の米軍基地面積は広いから、普天間基地が無くなってもぜんぜん大丈夫♪」との話を広めている人たちがいるが、面積だけで軍事が決まると思っていること自体が痛い…。拠点は数ではなく位置が重要で、全て連動しているので、一つの重要拠点が失われたら全て奪われることもある。(それとこれは同盟国との外交問題で、自国の軍隊をどこへ置くかという話ではないから、住民とのいざこざが米国の心証を害し全撤退も有り得る)


そもそも、軍事に民主主義は向かない

大前提として、軍事に一般民の直接投票は向かない。と言うより軍事に直接投票は絶対タブーだ。

軍事は国家政策のうち最も高度な専門性が求められる分野。
「軍事」と言うが、実は総合ジャンルだ。
外交・国内政策・経済全てが関わってくるので、たかが戦争ゲームごときで戦術知識を磨いているだけの軍事マニアにも判断は無理だと思う。(最近のゲームはわりと凄いので訂正)
まして日ごろスイーツのことしか考えていない人々が、にわかのSNS知識で判断できる世界ではない。

さらにウヨク・サヨクの偏った集団の利益しか考えていない思考が曇った人々にも判断は不可能。
軍事戦略は限りなく純粋に合理的なものだから、たとえば「どこに基地を置くか」などということは計算上導き出されるもの。状況のみでほとんど不可抗力に。
ここに偏った判断が入り込む余地はない。入り込めば計算が歪み確実に失敗する。
(思想があるとすれば唯一、「国民の保護」という目的のみ)

今回の辺野古への移設は、無理があったものの多少の政治的妥協を加味しながらピンポイントに「ここしかない」という地点を導き出したのだと思う。
既に政治的妥協が入り込んでいるので辺野古ですら危険だが、他に候補地はなかったものと思われる。

このような計算を一般の人々ができるか? 
断言していい、あなた方が正しい軍事判断をするのは100%不可能だ。
おそらく今の日本政府にも無理。

たとえ「諸葛孔明」(笑)であっても詳細情報を与えられていない一般人の立場なら判断不可能と言える。
むしろ軍事知識のある人間こそ、裏の裏まで知らない立場なら判断すべきではないと考える。
手に入る情報で分析は可能かもしれない。しかし情報による裏付けがないのでどんな分析も憶測の域を出ない。誰であっても、目隠しされた状態で決定権を持つべきではない。

現代の民主主義は数々の欠陥があるが、特にこの直接投票は大変な危険をはらむ。

専門的で最高度の判断力が必要な軍事について、素人の一般人が判断しなければならないこと。
さらに広く情報が開示されないこと。開示するのは不可能なこと。等々。

大前提として軍事は敵対国へ情報が知られてはならないジャンル。知られた時点で作戦は終了してしまう。
つまり国民に広く伝え、詳細を説明することは絶対不可能。
と言うことは、機密性の高い軍事を一般国民が判断するのはそもそも不可能だということになる。
そんな軍事を直接民主主義で決定することは暴挙でしかない。


民主主義をどうするか、再び

このブログでたびたび書いているように、嘘の情報を鵜呑みにして洗脳されてしまう人はとても多い。

たとえば誰がどう読んでもファンタジーでしかない三国志の設定すら、フィクションを本気で現実だと信じ込んでいる人々が多い現実がある。

 フィクションを鵜呑みにする人たちの例:
 その1 フィクション知識で占う著名占星術家
 その2 思い込みで書いた低次元な記事をばらまく素人ライター
 その3  一度も記録を読まずにネット知識で執筆する歴史作家

一般の皆さんは、「歴史マニアのキモオタのことなんか自分たちとは関係ない。どうでもいいジャンルの話」と笑うかもしれない。
でも私が示したいのは、フィクションをそのまま鵜呑みにする人々がこれだけ多いという恐怖の実態だ。

この人たちの悪影響は歴史ジャンルだけに留まらない。
現在現実に関することでも、彼ら彼女らはこのままの態度で言われたことを鵜呑みにする。そして投票する。

さらに言えば、歴史ジャンルだけではなくありとあらゆる所で「考えないで鵜呑みにする」人々は散見される。
スピリチュアルも宗教も健康法も、金融やビジネスセミナーでも多いし、科学信者もそう。
根本から考える力が欠如しているうえ、「自分の目で記録文を見ない(団体外部の資料と照らし合わせない)」「考えない」という習慣ができてしまっているので、政治判断でも同じ態度をとる。

SNSで
「ジュゴン可哀想」
というキャンペーンが展開されたなら、ろくに調べず鵜呑みにして賛同するし、「反戦」のイメージだけで流され政治集会へ通う。
ポップで流行りというだけで、そちらを選択して投票する。

ヒトラーはこのように洗脳されやすく流されやすい民衆たちの投票で生まれた。
日本が太平洋戦争に突き進んだのも実質的な「民意」による。

「民意」は暴走しやすい。
凶暴な戦争に突き進みやすいのも「民意」だ。
いつの時代も戦争は民が起こす。
政府が民を主人として仕えるのは当然のことながら、ただ翻弄されるだけでは民自身を自滅させてしまう。

この安易で穴だらけの民主主義を改めない限り、第二次大戦の悲劇はこれから何度でも繰り返されるだろう。そしていずれ人類を破滅させる。


これからの民主主義

民主主義の理念は素晴らしい。
何度も書くように、私も「民のための政治」が行われるべきだと思う者。
だけどそのためにはシステムの改善が必要。
安易な民主主義は絶対に「民のため」にはならない。
現代の民主主義はシステム上の欠陥があり、「民のため」どころか逆行して民を地獄へ追い落とす。

もし民主主義を続けたいなら、上のように判断力が欠如した人たちには選挙権を与えるべきではないと思う。
「投票権を資格制度にすべき」という意見へ、私はやや賛同。
(ただその場合、試験の基準を権力者が自分の都合の良いように左右する危険もある)

判断能力の低い人たちから選挙権を奪うのは人権侵害だ、と言うなら、投票する対象を制限すべきだ。
少なくとも今回のように軍事判断を住民の直接投票に委ねる、などということはあってはならない。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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