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少々世俗の話をします。政治に関わるかもしれないことご容赦を。
中国から来ている方は閲覧ご注意ください。

※後で気付いたが、ここで引用している動画には台湾のものが含まれるかもしれない。いまいち私には区別がつかないので情報求む。ただおそらく、簡体字が使われているコメントは大陸人によるものと思う。


中国動画の感性に唸る


古琴や『TK』曲など、中国の音楽動画をオートで再生するようになった流れで、辿り着いた動画に驚いている。

下、「作詞」の名にご注目。
まさかの李白!



李白の詩に現代的な音楽を乗せるとは痺れた。
大陸人のセンス半端ない。素敵だ。

下の作詞者は「白居易」(白楽天)。
何故か「琉球唱法」?で歌っているのだが、中盤には急に京劇風で歌い始めるのがまた面白くて良い。




次。
この下の動画はニコ百科で調べたところ「腐(BL)」作品だとのことで、苦手な方は注意してください。
ただ「日本のアニメか?」と見紛う画風と、「まるで和」の世界観は馴染みがあるものだから気に入った。
秋の紅葉に浮かぶ漢文、障子の部屋で墨書きの紙が舞う景色は東洋美の極み。
これぞ和――ではなく、古代漢文化の情景を抽出している。



元は日本のアニメで中国語に翻訳しているだけかもしれないのだが、これを受け入れられるようになった大陸人は変わったなと思う。

唐代のコスプレをしていた花見客に、「日本の着物を着ている」と因縁をつけ暴行する反ニチも未だ多いようなのだが、少なくともYouTubeでコメントを書くような一般民の知識は上がって来ていると言える。


バックアップ復元?


今、中国は日本という隣国にバックアップしていた漢文化を逆輸入し、復元している最中なのだろうと思う。
日本は東洋文化保存として利用された、踏み台にされた感はある。
ただ「西に対する極としての東」文化を保全するという大局から見れば、とにかく文化が継承されることは第一に優先されるべきことだ。
「漢文化は日本が保存してきたから日本の物!」などとケチなことを言わずに、文化を本家へ返すべきでは? と思う。
私が言うと複雑な表現になるので混乱するだろうけど。今は日本人として言っている。

(もちろん、著作物のそのままパクりと技術の盗用は犯罪だから許してはならないが。中Kらしくパクり行為をしている三国志キュレーションサイトも、許してはならない)


儒教も許容されていることには背筋の寒さを覚える


ここへ来て急激に中国が古代文化の復元を始めたのは、もちろん政治的な背景があるのだろう。

政府当局が、ようやく自国の古代文化へ外国人が熱い視線を送っていることに気付き、観光資源として利用できると知ったらしい。
もう一つ、古代の儒教が民衆支配に利用できる思想だと気付いてしまったか……。

調べてみると、やはり現政府のトップは「孔子の儒教」を奨励しているらしい。それも我々が想像していた以上に強く。

ブンカク時代、激しく貶められた諸葛亮の名誉が回復しているのもこの背景がある故か。
(今の日本における三国志界隈の悪口活動はこの時代の名残り。日本と韓国の赤は、遅れてきたブンカク・リンチに今も熱中している)
諸葛亮は孔子と違って純粋な儒家ではないので、政府が主導していると言うよりも単に
「昔のように語ることを許された」
というだけに過ぎないのだと思う。いや、昔よりも現実的な評価がされるようになったのは自由の証。このジャンルに限り自由が許されている(野放しである)と分析できる。

政府や思想集団が先導している場合、史実は捏造され踏みにじられる。
歴史人物について、人間として史実をもとに語ることができるかどうかはその国の自由度を示すバロメーターだと思う。
(したがって今の日本は活動家に汚染され過ぎて、とても自由とは言えない。民度も地に堕ちている)


いっぽう、孔子は明白に中国政府によって崇拝の対象と定められつつある。
孔子学校は奨励され、子供たちは論語を暗誦させられている。
孔子はそのうち一神教の神のごとく崇められ、諸葛亮のような人間扱いをすれば「侮辱」とみなされ処罰されるようになるかもしれない。

この儒教復権はあくまでも政府のためなので、儒教の根幹である「善」や「徳」が奨励されるかというと疑問だ。
もちろん一般の人たちは、これまで抑圧されてきた儒教の精神を素直に取り戻しただけだろう。生命が本能を思い出すように、社会に深く根付いた思想が自然に蘇ってきただけだ。
しかしあの凶暴な政府に「善」や「徳」などあろうはずがない。

証拠に、政府は孔子を崇めるいっぽうで、『孟子』を禁書扱いする可能性が高いらしい。
上から民を抑圧するために利用できる孔子は推奨するが、上を縛る戒律としての『孟子』は禁書とするという。
 ※『孟子』は民のための政治を説き、為政者の心得を教える内容。法律でたとえるなら、国家を縛る憲法や行政法に近いもの。

私は儒教のうち『孟子』が最も優れていると思う。何故なら儒教の脆弱性を補う「セキュリティ更新プログラム」を含むからだ。
その『孟子』を棄て、孔子『論語』のみ採用するのは最悪の愚策。

まあ、政府は愚策と充分に分かったうえで、自己中心的な蛮行を貪るためにわざとそうするのだろうが。
自らの体である民を貪って存続しようとする。非合理極まる。


本物の文化を守って欲しい


民が純粋な気持ちで信じ始めた「善」や「徳」を、あの国はいつでも踏みにじる準備ができている。

せっかく古代文化をバックアップ復元し始めても、国の政策変更があれば容易に覆される。
特に今の政府トップS氏は、マオ・ツォトンになりたいと望む者。
マオと同じことをしたい、「ブンカクをもう一度」という野望を持っていることは想像に難くない。
このため1970年代のように、儒家や京劇の役者たちが処刑される日が再び訪れないとも限らない。

彼らは常に文化廃絶の危険にさらされている。若い人たちはそんな過去の暗い歴史も知らず、蘇った文化を謳歌している。
つくづく不幸な民だ……不憫だ。

若い人たちよ、どうか強く文化を保って欲しい。
復元しているその文化を精神深くまで根付かせ、本質を理解するように。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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