-
・translate 翻譯
なるべく世俗の険悪な話に触れないようにしているのだけれども。

気になったので少しだけ世俗の話を書きます。
最近、世間を騒がせている『東大祝辞』について書かれた以下の記事。

 ⇒東大祝辞の核心「日本は世界一冷たい国」
「失敗する人間は徹底的にたたくべし」「何もかもが自己責任。迷惑はかけないが、かけられるのはもってのほか」「人は自分の成功や人生に責任を持てばよく、他人のことにかまう暇はない」――。

そんな声ばかりが勢いを増しているように感じるこの国で、「利己の目的ばかりを追うのではなく、ほかの誰かの幸せを考え、支えあって生きていくべきだ」という、人間としてまっとうなメッセージが、こうして声高に叫ばれ、そして、多くの共感を集めていることに少しの安堵を覚えた。

>「失敗する人間は徹底的にたたくべし」
>そんな声ばかりが勢いを増しているように感じるこの国

そうねえ。
かつて判官贔屓(ほうがんびいき:敗者を支える日本人らしい美学のこと)が一般的だったこの国で、昨今は、誰かが少しミスをすれば大喜びで徹底的に叩く鬼畜ばかり増えた。

敗者にも一定の尊厳を持たせた美しい日本の精神はどこへやら。
勝者だけを称える、そのためにどのような残虐行為も称賛する、むしろ残虐行為に性的興奮を覚えていることを隠しもしない変態たちばかり。
あまりにも低俗で醜い民族になってしまった。
日本人の民度は地に堕ちた。
恥を知れ、恥を知れ!

……と、それは貴女がたのことだよ。
(上の記事を書いたサヨさんへ)

全く、本当に「どの口が言っているんだ」と怒りをもって思う。
“お隣さん”の思いやりを徹底的に叩き壊したのは貴女が所属する団体だ。そんな歴史も知らないのか。

「リンチをして死ぬ奴は弱い。弱いだけで悪だ」
「アイスピックを心臓に刺して、死んだのは相手が弱いから」
「権力者に逆らった者は拷問して当然。拷問は称賛される行い」
と言って拷問、殺戮を愉しんできた人々。

 参考: ある思想団体が今も行う弱者迫害、暴力行為とは(検索です。閲覧注意)

判官贔屓を嘲笑し、学校で子供たちにイジメを教えて推奨してきたのもこの人々だ。

おそらく諸葛亮などはこの左翼たちの最大の被害者。(→例えばこの左翼、記事の中ほど。wwを多用している回答者)

諸葛亮という個人への悪口は一つの例に過ぎないが……。
この者たちが日本社会の美徳や思いやりを破壊し、イジメと虐待を称賛して推奨し、日本人から教養を奪って民度を地に落とした罪は重大だ。


それにしても上のコメント欄も冷酷で鬼畜な人が多く、民度が低いな。
正しい指摘をしているコメントはあるのだけど、思いやりに欠け道義心がないことは確かに事実だ。

左翼に暴力性を刷り込まれた人々が鞍替えし、今は右翼になって暴力をふるっているからどちらも同じ態度になっている。
全くどうしようもない。
これでは日本の民族性が元々低いのだ、と言われても仕方がない。
江戸時代などの思いやり溢れる日本人を見れば全くそんなことはないのに。

判官に同情しろと言うわけではない。
でも、もう少し人としての思いやりや、リスペクト(人が人を尊重する想い)を持つべきだ。
関連記事

吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


気に入っていただけたらシェアお願いします。要パスワード記事は引用しないでください(パスワードを貼るのも禁止です)
記事にして欲しいご質問あればこちらからどうぞ:★コンタクト

管理用 anriy3@gmail.com

 カウントは2014年頃から、お休み期間もあり