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昨日はまた落ち込み過ぎてしまいネガティブな話を書き、読者様に申し訳なかったと思う。
鬱気分は感染するらしいから、読者様に迷惑をかけてしまうな。
もうすぐ新元号に変わろうとしているときにまたネガティブに囚われてしまうのはいけない。
本当に我ながらどうしようもない。

告白すると、私は時々本気で今ここにいる場所から消えたくなる。
「死にたい」という具体的な願いすら浮かばず、「消えたい」という衝動に囚われる。

日本という地に住む人々の道義心のなさ、あまりの無知と理解力のなさに嫌気がさしてしまうせいもある。でもそれはきっと二次的な要因なのだと思う。
封印されて身動きができない人生の辛さ・体の辛さなどに耐えがたくなったとき、
「せめて人だけは」
と希望を求めて周囲を見渡せば、空虚で最低な日本人ばかり目に入るので絶望が後押しされてしまうだけのこと。
他人などに救いを求めることが間違っているのだろうけど。

本来は孤独の最中にいるとき、善き人の姿に触れるだけで生きていこうという気力が湧くものだ。

身近では難しいのだが、実は私も遠くを探せば気力が湧く人を見つけることができる。
たとえば、最近よく報道される今上天皇と皇后。(平成の天皇。あと三日、今上天皇だ)

陛下は皇太子だった頃から自ら進んで人々に会いに行った。
「国に見捨てられた」と思っていたブラジル日系移民たちの村へ。
戦争中の非道で日本に怨みを抱いていた外国の人々のもとへ。
膝を折り、頭を下げ、非難を一身に浴びながらも愛と誠実をもって人々に接するあの姿に痺れる感動を覚える。
しかも誰に強制されるでもなく、自ら考え進んで行ったことがよく分かる。自分自身で積極的に考えたことでなければ、あそこまでの行いはできない。
また一日も欠かさず早朝から晩まで日本のための勤めを行った。お身体が辛い時もあっただろうに、「国民のため」と自身の勤めを欠かさなかった。

……いったいどうすればあれほどの義務が果たせるのか。
どれほど高貴で純粋な魂が宿っているのか? 
天皇とは言え身は我々と同じ肉体。
戦後の罪を背負うべく生まれた自分の運命に文句を言いたくなるのが普通だろう。
それなのに粛々と頭を下げ続け、お勤めを全うされた。

きっと陛下を「神」と呼ぶのはいけないことだろうし、ご本人も「人」として生き「人」として勤めを終えることを心から望んでらっしゃると思う。(人として生きる以上の幸福はない)
しかし私は、陛下のような「人」こそに真の神々しさを感じる。
神々しさとは血統ではないし、まして地位でも絶対に有り得ない。
私が彼を尊敬しているのは天皇だからではなくあの魂だからだ。
もし今上天皇の魂があの血統に生まれていなかったとしても純粋な精神は神々しく輝いただろう。
それでも崇めて孤独の高みに押し込めるのは残酷な拷問だから、私は対等な「人」として深く尊敬するだけだが。

憲法上、天皇は「元首」ではなく「象徴」だとしても、あのような方を戴く国・時代に生まれて良かったと私は思う。奇跡のトップ、奇跡の時代だった。

それと何度も繰り返すが、卑弥呼さんを彷彿とさせる平和憲法の条文があったことも奇跡だ。
防衛上は確かに問題があって、情勢を考えれば変えなければならないと思う。間もなく変えられるだろう。でも理念は嬉しかった。この世にあの条文が存在したことが嬉しい。

これらのことだけは今この時代に生まれた幸福だった。

自分自身の人生には良いことが少なかったのだけど、その代償であったのか、奇跡の国・奇跡の時代に生きたことを感謝している。

今上天皇、有難うございました。
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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