我傍的、ここだけの話

吉野圭のプライベートブログです。自作品『我傍に立つ』裏話と世間雑記、占星術メモ
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アクセスに感謝。かつてこんな日本人もいたことを支えにする

23:30 アクセス状況を見るため立ち寄った。

皆さん、たくさんページを見ていただいてありがとうね。
特に「三国志」タグを見ていただいて、感謝。

なかには敵対者のアクセスもあるだろう。
でも見ていただけるだけで感謝する。

皆さんのアクセス跡を眺めながら過去記事を見直していて、
「吉川英治『諸葛菜』、引用と感想 」
で再び吉川氏の文に触れて涙していた。

この箇所は、やはり何度読んでも涙が出てくる。
彼は清廉であるとともに、正直である。兵を用いるや神算鬼謀、敵をあざむくや表裏不測でありながら、軍を離れて、その人間を観るときは、実に、愚ともいえるほど正直な道をまっすぐに歩いた人であった。
…… だが、ここでもう一言、私見をゆるしてもらえるなら、私はやはりこう云いたい。仲達は天下の奇才だ、といったが、私は、偉大なる平凡人と称えたいのである。諸葛亮ほど正直な人は少ない。律義実直である。決して、孔子孟子のような聖賢の円満人でもなければ、奇矯なる快男児でもない。ただその平凡が世に多い平凡とちがって非常に大きいのである。
……これほど人間的な、温かい言葉があるかな。
晋代に諸葛亮の思い出を語った老人に匹敵する。

最近の民度が低い日本人を眺めていると信じられなくなるが、かつては吉川氏のように人間性がある日本人も存在したのだった。
汚い捏造記事にコメントを寄せている人々も同じ種類の誠実な日本人だろう。
劣勢なのに知恵袋で戦い続けている人々も同じ。

今の日本は狂った暴力主義者たちの、筋の通らない言論のほうが圧倒で声が大きい。
まるでファシズムが吹き荒れたドイツや某社会主義国のブンカク時代のよう。
まともな人たちの声は、この狂った人々の「殺戮バンザイ!」「善よ滅びよ!」との絶叫でかき消されてあまり聞こえてこないが、こうして確かに存在していると知って救われた。

絶望しないでいこう。
あなた方を孤独にしないために。

まともな人たちへ、どうかできる限り声を上げてください。善や義、徳を失わせてはならない。あの人々の大声に萎縮してしまっては殺戮を許すだけだ。あの人たちは蛮行をするために善を否定しているのだから)
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Author : 吉野 圭

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