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長文が書けないのでストレスを感じている今日この頃。笑
改めて自分が「文章執筆依存症」になっていると気付きました……。

ストレス解消のために前記事を見直して少し修正しています。

本日は当ブログ人気?記事を修正。
『テスト「あなたが権力を握ったら? どんな支配者になる?」 』

性格診断のお遊び記事なのですが、筆者に関心を持つ人もよく読んでいるようです。
ここのところ書いていた記事にも関連するせいなのか、アクセスが増えました。

それで道徳観念に関し、正確ではなかったところを修正。
【悪口ネタ集めでこの記事を漁っている方へ】
これだけは誤解のないよう言っておくと、記憶上、過去の私は少なくとも「儒教原理主義者」ではありません。(主人へ忠義を捧げたかのように見える態度について)儒教に従ったということはない、ただ心の底から主人を敬愛していただけです。
※ただし善や徳などの道徳観念では儒教に同調するものです。それは生来において本質的に、ということであって、学習によるものではないと思いますが。どちらかと言えば西洋ギリシャ哲学の善に近いものです。
ここで「主人へ忠義を捧げたかのように見える態度について」と述べているのはあくまでも私の記憶についてであり、他意はありません。つまり、ここの箇所に外部から得た情報は関与していません。
一切の知識がない17歳の頃でも同じ表現で書いていたということです。

純粋に私の記憶だけで当時、「儒教原理主義者」のように見られる誤解があったことは事実です。無論、「儒教」という言葉は思い出せませんでしたが。
そして全く儒教教育を受けたことのない今の私についても、幼い頃から「古典的な道徳家」のイメージを持たれることはよくありました。
(年配の方々からは「儒教的」と呼ばれる。現代人の私はかなり大きくなるまで意味が分からなかった)

私は確かに、善や徳に共鳴する者で、仁を愛します。
しかし悪事を行う親や君主にも盲目的に従わなければならない、と強いる歪んだ儒教の使い方はダメだと思います。
だから全面的に儒教へ賛同することはできず、「儒教原理主義者」呼ばわりは違うかなと思うのです。

うっかり忘れてしまいそうになりますが(笑)、私は現代日本に育った人間です。
儒教の素養も、おそらく五十年前の日本人に比べればほとんど無いと言って良いと思います。
(ジュキョウって何?と言う人が現代日本には多いと思うので、そのような人たちから比べれば少しは知識がありますが)

だから私の認識は間違っているかもしれません。

このブログでは、あくまでも今の私の浅い知識による直観的な考えを書いているだけであることご了承ください。
何か誤りに気付けばその都度、修正していきます。


――今日はここまで。これ以上長く書くとまたPCダウンしそう。

この件について関連記事はこちらです。
 『道徳教師か、自分? 再びのインテリ差別で激しく反応』(要パス)
公開で少しだけ内容を述べると、
「三国志英雄診断で私が少し回答を変えると、“劉備”と出る。私と価値観が似ているのは劉備であるらしい、笑」という話。

追加 もう一つ、こちらのほうが関連性が高いか。
 『儒教好き? 「許せない」という想い、この道徳観はどこから来たのだろう』
 
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吉野 圭-Yoshino Kei
Posted by吉野 圭-Yoshino Kei


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